ウォーレスの「ダーウィニズム」 第8章

Darwinism: An Exposition of the Theory of Natural Selection With Some of Its Applications

Darwinism: An Exposition of the Theory of Natural Selection With Some of Its Applications


さてウォーレスによる「種の起源」の解説は第7章までで一旦終了だ.第8章からはダーウィンの学説を元にしたその後の理論・知見の進展を紹介する内容になる.もちろんウォーレス自身の興味のある部分が中心になる.



第8章 The Origin and Uses of Colour in Animals 動物における色彩の起源と効用


最初は動物の体色を自然淘汰で説明するという問題になる.ダーウィンも「種の起源」で一見有用性とは何ら関係ないと思われる形質が実は有用である例として体色の問題を取り上げている.ウォーレスはアマゾンとマレー諸島で長らくフィールドワークをしたこともあり動物の体色については並々ならぬ関心を抱いていたようだ.


最初に色についての簡単な解説があり,色は光の波長を受けた心と神経系が感じる主観的な現象であること,そのような波長を生みだす物理的な説明とは別に,なぜ動物の体表がある構造を持っているかは適応によって答えられるべきであることが説明されている.色についての正しい理解がされ,また現代でいう「至近要因」と「究極要因」の区別がはっきりされているのがわかる.


最初は保護色の説明だ.ホッキョクグマの白さ,砂漠地方の動物の体色,緑のオウムなどの鳥の色,例外(例えば,なぜ北極地方に分布するにもかかわらずワタリガラスが黒いのか)の説明も行い,これが保護色という目的で進化した適応形質であることを力説している.当時は動物の体色はその地方の熱や光に反応した結果だという説がまじめに唱えられていたようで,これに反論している.
次に一見動物を目立たせていると思われる模様(縞模様,まだら模様など)が実は保護的であることを解説している.


また同じく隠れるために自分を何かに似せているという現象としてナナフシ,ガの幼虫,コノハチョウなどが説明される.葉食の昆虫について,草(イネ科のものを指しているのだろう)を食べるものは縦縞で,普通のはを食べるものは斜めの縞だと説明している.あまり注意したことがなかったが今度からよく見てみようと感じさせる.
次は敵をびっくりさせるという模様.スズメガの眼紋,アゲハチョウ類の幼虫の角などが説明されている.
さらに誘惑色というジャンルも作っている,これは隠れるためではなく餌を自分のところにおびき寄せるためのものだ.(保護的類似と似た現象だが適応目的が違うのだというこだわりだろうか,そうすると保護色だって2種類あるような気もする)ハナカマキリ,一部のクモなどが紹介されている.このあたりは様々な動物の様々な色を適応現象として大変楽しく議論していて,読んでいても大変面白いところだ.


ここで鳥の卵の色彩,模様についても論じられている.鳥の卵の蒐集が結構人気のあった博物学的趣味であった背景が窺える.ウォーレスは敵に卵が直接見えないような巣にある卵は普通白く,そうでないものには保護的な模様があるとしている.カッコウの卵が宿主の卵に似せていること,宿主ごとに対応して変異があることにもコメントしている.それぞれの宿主に対応した模様がどのように進化しうるのかという問題については,自分の卵の色に合わせた鳥の巣に産み付けるのだろうとのみコメントしている.
現在の知見から見ると,単に変異の中で選ぶだけでは(選ぶ行動は適応と言えても)卵擬態は適応とは言えないし,実際にはそれで説明できるよりは遙かに洗練されたそれぞれの宿主に対する擬態だと思われる.
しかしそうすると,明解に何種類の擬態卵があるという遺伝形質が,自由交配している集団でどう保たれるのか,自分がどこに卵を産むべきなのかを知るにはどのような仕組みが必要かなど面白い問題が多く浮上する.さすがに変異している中で似ている宿主を選ぶという説明以上深くはウォーレスも考えられなかったということだろう.


次にウォーレスは同種識別のための色や模様を議論している.様々な理由で同種識別のための模様や色が進化したという主張だ.ここはなかなか面白いトピックだ.現在から見ると様々な現象をウォーレスはごちゃ混ぜで議論している.


最初に取り上げられるのはウサギやシカが捕食者から逃げるときに非常に目立つ白いマークを見せるという現象だ.ダーウィンはこれを説明されるべき謎として提示したが,ウォーレスはこれは同種個体が彼についていくときの目印として進化したのだろうといっている.ウォーレスはこのような模様がみられるのは群れを作る草食獣に多いことに注意を喚起している.そのほかの草原のガゼル類の種特有の模様,また渡り鳥の翼にある模様(翼をたたんでいるときには見えないチドリ類の初列風切り羽の模様,タシギ類の尾羽に見られる模様,カモの翼鏡など)は渡りの時に群れからはぐれないように同種識別のために進化したのだろうといっている.またさらに種識別模様は別種と交雑しないための交雑忌避のためにも進化しうるだろうとして森林性の鳥の鮮やかな模様やチョウやガの模様の例を挙げている.ウィーレスは捕食者が少ないところではより識別模様が派手になると指摘している.


現在の知見でいうと,最初の白いマークは捕食者向けのハンディキャップシグナル(私を捕まえようとするのは無駄ですよ)なのかもしれない.ウォーレスは淘汰の単位についてはあまり関心を払っていないので,他個体がついていくための信号という説明は文字通りには群淘汰的で成り立たないが,血縁でグループを作っているなら血縁淘汰的利他行動としてこのような信号が生じる可能性はあるだろう.
渡り鳥の翼の模様についてはなかなか難しい問題のように思われる.確かによく似たシギ類は飛び立ってもらって翼を見なければ識別しにくいことがある.ウォーレスの説明はやはり群淘汰的になっているが,信号を受ける側に利益があり,かつ信号を出す側から見ても,多くの同種個体が群れに参加してもらって群れが大きい方が利益があれば,そのような信号は進化可能だろう.飛び立つまでは保護色的な理由の方が大きく,そのようなコストのない翼に識別信号が現れると考えればよいのだろうか.
ガゼルや森林の鳥やチョウやガの模様についてはむしろ性淘汰形質の側面が大きいのだろう.ウォーレスは性淘汰を認めていなかったのでこのような説明をするほか無かったわけだ.しかし交雑忌避行動は進化しうるし,信号を出す側からみても,別種から求愛されてややこしいことに巻き込まれない方がよければ,このような信号システムは進化しうるだろう.


いずれにしても,捕食者に追われたときのマークが草原の草食獣によく見られることや,水辺の(遠くから見つかりやすい)渡り鳥の翼に種特有模様がよく見られることなどに目をつけているところなど,ウォーレスのナチュラリスト振りが良く出ていてなかなか興味深い.



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