性淘汰による同所的種分化の初期段階としてのシクリッドにおける色彩多型と性比歪曲


Color polymorphism and sex ratio distortion in a cichlid fish as an incipient stage in sympatric speciation by sexual selection

O. Seehausen, J. J. M. van Alphen and R. Lande, Ecology Letters, (1999) 2: 367-378


「これからの進化生態学」の冒頭で取り上げられていた性比淘汰による同所的種分化にかかる論文だ.「これからの進化生態学」においては冒頭で性比淘汰による同所的種分化の話が出てくるのだが,その記述は簡潔な紹介に止まっている.該当部分はこんな感じだ.(一部省略)

(Seehausenらは)新しい色彩型と他の形質が一緒に遺伝するならば,たとえ生態的な分化がなくても急速な種分化が結果として生じる可能性があることを示した.
メスの色彩多型はオスからメスへの性転換を引き起こす遺伝子によるものであり,明瞭な色彩パターンと関連している.ここで,新しい色彩がメスだけに見られる場合を想定してみよう.この色彩を好むオスが現れたとすると彼等は次の2つの理由により有利になる.(1)彼等はまれなオスの表現型なので,普通のオスが避けるようなまれな色彩を持つメスとの交配を独占することができる(2)もし性転換遺伝子が普及していれば,彼等はより数が少ない方の性に変われるのでより多くの配偶機会を得られる.
この過程は性比淘汰と呼ばれる.

しかしこれでは簡潔すぎてよくわからない.(1)の記述は普通のオスがなぜまれな色彩のメスを避けるようになるのかがわからなければ理解できない.(2)の記述も性転換遺伝子は自分の色彩や配偶選好がどうであろうとも有利になるように思われるのでこれもよくわからない.まんまとつられた私は原論文に当たってみることにした.(なお原論文はこちらhttp://www.eawag.ch/kuerze/personen/homepages/seehauso/pub/1999_ecology_letters_november


ヴィクトリア湖においてシクリッドが極めて短期間のうちに爆発的な種分化が生じたことはよく知られている.Seehausenはこの中には同所的な種分化が生じたのではないかと考えて,様々なメカニズムについて検証している.本論文は体色にかかる遺伝子が性決定形質を多面発現しているか性決定遺伝子と緊密に連鎖している場合に,性比にかかる自然淘汰圧から分断淘汰が生じることを説明するものだ.


問題意識を概説したあと,Seehausenはヴィクトリア湖のシクリッドNeochromis omnicaeruleusという単一種内の色彩多型と性比の具体的な状況を示している.
(実際の色彩についてはこのページhttp://www.kennislink.nl/publicaties/cichliden-in-oost-afrikaがよくわかる)


このシクリッドの色彩は「プレーン」と呼ばれる体色に対し,「白黒型」と「オレンジ黒型」の3種類,(細かく分けると白黒,オレンジ黒の中にそれぞれ4種類あり全部で9種類となっている)しかし白黒型とオレンジ黒型は性比が大きくメスに傾いている.
(白黒:プレーン:オレンジ黒 の比率は,オスが0.3:98.8:0.8,メスが15.8:42.9:40.8)
次に様々な色彩型の交雑結果が詳しく示されている.
また各表現型同士の配偶選択について同型配偶を好む偏りがあることもデータとして示されている.


このことから推測されるもっとも単純な遺伝モデルをSeehausenは次のように提示している.(なお,白黒とオレンジ黒は基本的に同じシステムなので,プレーンとオレンジという形で簡略化して示す)


まずこのシクリッドの色彩決定はA遺伝子がオレンジ色を決める性染色体上の優性遺伝子であり(AA, Aaにおいてオレンジ色,aaはプレーン),常染色体上にあるM遺伝子はその効果を強調する効果を持つ.(オレンジ色がmm, Mm, MMの順で濃くなる)
性決定システムは性染色体上にあるx遺伝子とy遺伝子によるxy型の決定システムである.ここでWと呼ばれる性比歪曲遺伝子があり前述のA遺伝子と強く連鎖しており,Aがあると色彩決定のほかにメスへの性転換を生じさせる効果を持つ.論文にはこれ以上の説明はないが,WはおそらくX染色体上にある減数分裂の際に分離比を自分に有利に歪ませる利己的なマイオティックドライブ遺伝子であるということを指しているのだと思われる.(このドライブがオスの精巣内で生じれば結果的に精子はxが多くなり,子孫の性比がメスに歪むことになる)*1

また常染色体にあるM遺伝子は,色彩強調効果のほかに,ホモの場合のみこの性比歪曲遺伝子の効果をキャンセルする効果がある.これに関しては同じ遺伝子の多面発現だということのようだ.(このキャンセル効果に関しては劣性の遺伝子ということになる)これも論文では触れられていないが,このような減数分裂歪曲遺伝子に対する防衛機構がY染色体や常染色体上に現れるのはよくあるシナリオだ.


このような遺伝システムのもとではメスは以下の4種類が現れる

  • AAMMxx オレンジ
  • AaMMxx オレンジ
  • AaMmxx オレンジ
  • aammxx プレーン

オスは以下の3種類となる

  • AaMMxy オレンジ
  • aaMMxy プレーン(ただしオレンジメスから生まれたもの)これをPOオスと呼ぶ
  • aammxy プレーン これをPPオスと呼ぶ

(性比歪曲のためにAを持つ個体はMMでなければオスにならないことに注意,また以下に述べるような配偶選択の影響でaaMm型などの遺伝型はまれになる.表現型・遺伝型の頻度がハーディワインベルグ平衡からずれていることは配偶選好が同型好みにずれていることで説明できる.)


ではこのようなシステムの場合に配偶選好に関してはどのような淘汰圧が生じるだろうか.
Seehausenは以下のように議論している.
PPオスにとってみればオレンジ型のメスと配偶すれば,子供の性比はメスに偏り,集団全体がメスに傾いている中で性比のゆがみの不利益を受ける.
POオスは,(直接の子供は特に性比上の不利益を受けないようにみえるが)孫まで考えると逆にプレーン型と配偶した場合に性比による不利益を受ける.


これも簡略化した記載でわかりにくいが,以下のようなことだろう.

  • AaMmやAAMm型の子孫(つまりAを持ち,Mに関してヘテロ)ができると性比がメスに偏って不利益を受けてしまう.だからaamm 型のオスにとってはオレンジ型のメスは避けるべきことになるし,aaMM型のオスにとっては孫まで考えると逆にmmになっているプレーン型を避けるべきことになる.またオレンジ型のオスも自身がMMだからmm型のメスとは配偶を避けるべきことになる.
  • 要するにマイオティックドライブの性比歪曲遺伝子の効果が高く,防衛遺伝子が劣性でホモでなければ効果がない中では,防衛遺伝子がヘテロになると不利になるという超劣性効果が生じ,防衛遺伝子に対してのホモ同士の同型配偶選択が適応的になる.そしてこの遺伝子が,色彩型などの知覚できる特徴を多面発現(あるいは強く連鎖)していればそれぞれの個体はその色彩型をキューにして配偶選択を行うことができるというわけだ.


これでオスもメスも自分と同体色の配偶選択をすることが基本にあり,POオスのみは逆ということになる.そしてPOオスはインプリンティングなどの機構によって自分とは体色の異なるメスを選好することができるだろう.
そしてこのような配偶選好は色彩に対して分断型のダイナミクスをもたらす.*2


Seehausenは以上の機構により色彩多型が保たれているのだが,それが分断して別種になっていないのは,これに対抗する進化的な力が働いているのではないかと議論を広げている.

まずWが固定しないのは強く連鎖しているオレンジ黒のまだら模様は目立つので,特にテリトリーを持つオスには捕食圧に対してデメリットがあるからだろうと推測している.これによりオスの配偶選択の効果が自然淘汰により打ち消されるし,AとWの連鎖が保たれることも説明できるだろうと議論している.後者の議論は組み替えられた場合にオレンジ黒のオスがより生じるがこれが不利になるために連鎖が保たれるのだろうという趣旨のようだ.

またオレンジメスのオレンジオスへの配偶選好は,オレンジ型の性比が遺伝子によるもの以上にあまりにオスに傾いている場合には不利になる.このためオレンジ型のオスへの捕食圧が高ければこの配偶選好は崩れるだろうと議論されている.


本論文はこのような性決定遺伝子と色彩遺伝子が結びついている場合には配偶選好機構により同所的,かつ生態分化がない状態での種分化を生じさせるメカニズムになるだろうと結んでいる.




これを私なりにまとめると以下のようになる

xy型の性決定システムを持つ生物において,性染色体上に性比歪曲遺伝子(オスの精巣内での減数分裂時により分離比をxに歪ませるもの,これは利己的な遺伝子として広がりうる)Wがあり,それに対抗したオス側への性比歪曲防衛遺伝子が常染色体上にあるとする.これはよくあるマイオティックドライブとそれへの対抗遺伝子の図式だ.
ここでこの常染色体上の防衛遺伝子がホモでのみ発現するもの(劣性遺伝子)である場合,かつこれらの遺伝子が何らかの目で見てわかる色彩型のような外形的特徴と多面発現(あるいは強く連鎖)している場合には,この性比歪曲是正遺伝子は性比を巡るダイナミクスの中で適応度的には超劣性となってヘテロが不利になる.そして個体にとってはその外形的特徴を手がかりに配偶選好をする方がヘテロを避けることができて適応的になる.これが外形的特徴にとって分断型の淘汰圧になり,同所的種分化を可能にするメカニズムになりうる.


しかしこの防衛遺伝子が優性発現するようになれば,このメカニズムは失われ防衛遺伝子は速やかに固定されるだろう.あるいは別の優性の防衛遺伝子が常染色体かY染色体に現れればそれが速やかに固定するだろう.さらに外形的特徴とリンクしていなければ,劣性防衛遺伝子でも配偶選好が生じずに速やかに固定するだろう.
だからこのような状態は非常に例外的なのではないかというのが私の感想だ.*3
いずれにせよなかなか興味深い理論的可能性が実際に観察されているという内容で面白い論文だった.



関連書籍


本論文が紹介されている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090517

これからの進化生態学 ―生態学と進化学の融合―

これからの進化生態学 ―生態学と進化学の融合―


性比歪曲遺伝子やマイオティックドライブについてはなんといってもこの本だ.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20061127

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

Genes in Conflict: The Biology of Selfish Genetic Elements

*1:もっともこの論文の記述としてはxyの遺伝子型でもWによってメスに転換させる遺伝子だというようにも読める.しかしそれでは連鎖しているAに強い適応的なメリットがない限り(そしてオレンジ型は目立つので捕食に対して非適応的だろうとあとで議論されている)何故Wが淘汰されてしまわないのかの説明が難しいように思われる.

*2:論文の標題は性淘汰だが,このシクリッドについていえば厳密には配偶選好と表現した方がよいのではないかと思われる

*3:実際Seehausenは最近ではむしろオスオスの競争メカニズムによって色彩多型が生じるのではないかという論文を多く発表しているようだ.