最適採餌捕食者は偏利共生的ベーツ型擬態を促進する

Optimal-Foraging Predator Favors Commensalistic Batesian Mimicry
Atsushi Homma, Koh-ichi Takakura, Takayoshi Nishida, PLoS ONE, 2008 3(10): e3411


大崎先生の「擬態の進化」では「ベーツ型擬態はモデル種にとって寄生ではないのか」という問題について,そうではないのではないか,つまりベーツ型擬態種の存在はモデル種にマイナスの影響を与えないのではないかということが示唆されて本間淳の論文が引用されている.しかしそれはいかにも反直感的であり,納得しがたい.というわけで原論文を読んでみた.なお論文はここで読める.http://www.pubmedcentral.nih.gov/articlerender.fcgi?artid=2565832


要約として示されているのは,パブロフ的な学習を行う最適採餌戦略をとる捕食者による捕食を考えた場合で,かつ代替的な餌がモデル種,擬態種のほかにもある場合には,多くの場合に擬態種の相対的な頻度はモデル種の捕食リスクに影響を与えないというシミュレーション結果を得たというものだ.特に代替的な餌があるかないかが重要であること,モデル種の捕食リスクはモデル種の絶対的な密度が重要であり擬態種との相対的な密度は重要でないことが強調されている.


本文では,まずこれまでの学説の流れが述べられている.
これまで直感的な想定として,モデル種とベーツ型擬態種の比率によって捕食者は捕食頻度を変えるだろうと考えられてきた.しかしHuheeyやSpeedのより実際にモデル化されたものを見ると,ミュラー型擬態が不可能になったり,相当味のまずい擬態でもモデル種に負の影響を与えたりすることが示されていて反直感的だった.


本論文では,擬態種がモデル種にどのような影響を与えるかを調べるべく,以下の特徴をもつモデルによりシミュレーションを行った.シミュレーションは学習を1000回行うものを1試行とし,各パラメーターごとに5000回試行を行って,モデル種密度を一定にし,擬態種密度を変えた場合に,モデル種への攻撃確率にどう影響を与えるかを見る.

  • モデル種,擬態種のほかに代替的な餌種を加える.それぞれの密度は独立しており,パラメーター設定する.
  • 擬態種の味のまずさはパラメーターとして様々な値がとれる.
  • 捕食者は,モデル.擬態種について学習し,これまでの経験からモデル・擬態種の餌の価値(E)を数値化する.また一定確率で学習経験を忘却する.代替餌の餌価値は一定値(T)と置く.

餌価値は最適採餌理論から(遭遇確率*栄養価)/(1+遭遇確率*処理時間)で表され,0から1の値をとる

E_{n}=E_{n-1}+a(X_{n}-E_{n-1}) : aは学習効率,Xは経験した実価値,nはn番目に遭遇したことを表す
\Delta E=\phi(E_{0}-E_{n-1}) : \phiは忘却率(シミュレーションでは一定に置いている),E0はデフォルト値(シミュレーションでは1と置いている.つまり学習経験を忘れるとより攻撃するようになる)

  • 最適採餌を行う捕食者を想定し,モデル・擬態種の餌のまずさ,学習からの時間,代替種の入手確率に応じて攻撃確率を変える.

なお最適採餌捕食者なので,モデル種・擬態種の餌価値(En)が一定(代替餌の餌効率(T))以上で攻撃確率は1,一定以下になると攻撃確率が0になる.)

シミュレーションの結果は,擬態種の味のまずさを,うまい(餌の価値0.5超),中立(0.5),まずい(0.5未満)に3分割し,擬態種の密度を上げた場合のモデル種(密度一定)への影響を見てカテゴリー化する.
うまい擬態種でも影響がゼロの場合(中立種,まずい種は正(つまり攻撃確率が減る)の影響)を「no harm」,うまい擬態種は負の影響,中立,まずい種は正の影響を与えるものを「偽ミュラー型」,うまい種は負,中立は0,まずいものが正というものを「古典的ベーツ=ミュラー型」,うまい種,中立種が負,まずい種のみ正という場合を「偽ベーツ型」とする.表にするとこうなる.

カテゴリー うまい擬態種 中立の擬態種 まずい擬態種
no harm 0 + +
ミュラー + +
古典的ベーツ=ミュラー 0 +
偽ベーツ型 +


シミュレーションの結果

学習効率(a)はあまり大きな影響を与えない.
代替餌の価値(T)は大きな影響を与える.
論文における結果はおおむね以下の図のようになる.



上部の黒い部分が「no harm」の部分で,要するに T値が0.8より高い,つまり代替餌が魅力的なときには擬態種はモデル種に悪影響を与えないということになる.しかし0.8より小さいときにはうまい味の擬態種はモデル種に悪影響を与えていることになる.



著者達はまた攻撃確率を決めるのは,モデル種/擬態種の比率ではなく,モデル種の絶対密度の方が重要だと主張している.それは捕食者の攻撃確率を下げる「まずい味」の経験はモデル種の絶対密度で決まるからだと説明している.
こはちょっとよくわからないところだ.うまい味を経験すると攻撃確率は上がるはずではないだろうか.もっとも通常予想されていたより絶対密度が実は重要だぐらいの主張だと言うことであれば理解できる.


さて,本論文を読むことになった,もっとも関心のある,「ベーツ型擬態種はモデル種にとって寄生なのか」という論点を見てみよう.著者達は自然界における状態は代替餌が豊富にある状態であり,T値が0.8以上のことが通常であるだろう.だから一般的にベーツ型擬態種はモデル種に悪影響を与えないのではないかと主張している.


私には納得できない.この主張は自然界でT値が本当に高いことが常態であるかどうかに大きく依存しているが,それを示すデータは何も添えられていない.
確かに無害なおいしい餌がたくさんあれば,毒かもしれないモデル種を攻撃するような捕食者はいなくなるだろう.その場合には擬態種が現れたとしても相当頻度が上がるまでは何も悪影響を与えないだろう.もともと攻撃されないものが攻撃されるようになるまではある閾値を越えなければならないというのが最適採餌理論から予想されるからだ.そのような理論的な可能性があることを示したという点でこの論文は興味深い.
しかし実際の自然において,特に進化的な長期間を考えた場合にこのようなことが常態であるとは思えないところだ.おいしい餌が豊富にあれば,それは短期間では捕食者を増加させ,長期間ではそのような捕食者をさらに進化させたり,また餌種も餌価値が低くなるように進化するだろう.そしてモデル種・擬態種と餌種の餌価値は同じ程度になり,捕食者は頻度に応じてスイッチするようになるのではないだろうか.これはこのシミュレーションではT値は0.5近辺に向かって淘汰圧を受けるだろうということになるのではないだろうか.


だから私にとってはこのシミュレーションはベーツ型擬態が寄生的であることを立証しているように思われる.ただし過去考えられていたより複雑な動態を持つ現象であることは理解できるし,また代替的な餌が豊富にあるという「例外的な」状況では寄生的でない状況も存在しうるということを示したものであり,ベーツ型擬態とミュラー型擬態が連続的な現象であることもよく示しているものであると評価できるだろう.


ただし著者達は自分たちの主張の1つの傍証として,もしベーツ型擬態が寄生的な現象なら,モデル種がそこから逃げようとし,擬態種が追いかけるアームレースによって警告色は非常に不安定な形態を持つようになるはずだが,実際にはかなり安定しているように見えることを挙げている.
ここは面白い論点かもしれない.しかしミュラー型に比べてベーツ型の方が地域変異が大きいと言われているようであるし,それはむしろアームレース的状況であることを示しているのではないだろうか.また警告色に何らかのハンディキャップコストがかかっているなら*1ある程度の安定性は期待できるような気もする.このあたりは今後の興味深い論点だと言えるだろう.

*1:「擬態の進化」における書評で述べたように,なぜ警告色が種内擬態でつぶれてしまわないかと言うことに絡んで興味深い論点だと思う