「生物にとって自己組織化とは何か」

生物にとって自己組織化とは何か―群れ形成のメカニズム

生物にとって自己組織化とは何か―群れ形成のメカニズム


スコット・カマジンほか6人の共著による生物系における自己組織化についての本である.原題は「Self-Organization in Biological Systems」.*1
「自己組織化」という言葉は,私のような生物の進化適応に興味のあるものにとってはちょっと怪しい言葉である.それは自己組織化という概念で自然淘汰では説明できない進化現象を代替的に説明できるという主張が,進化についての怪しい言説に時折見られるからだ.*2


本書はそういう書物では全くない.というより第7章でそういう主張がいかに誤っているかを論じていたりする.本書において説明されているのは,中央における制御がなくても何らかの秩序が現れるような現象は,特に不思議なものでも何でもなく,一定の条件下で観察することができ,生物系においては自然淘汰の結果それを利用したような現象が観察されやすいということだ.つまり自己組織化を至近的に説明可能な面白い仕組みと捉え,それは進化の要因における自然淘汰の代替説明ではなく,自然淘汰が材料の1つとして利用する現象だと説明しているのだ.


具体的には自己組織化は,システムの中に短期的な正のフィードバックと長期的な負のフィードバックが組み込まれたときに生じる.正のフィードバックは初期条件にある揺らぎを実体化させ,負のフィードバックはその現象が発散することを防ぐ.これはベロウソフ−ジャボチンスキー化学反応にその典型が見られる.最も単純には2種の拡散方程式の組み合わせでこれらの縞が説明できるのだ.シマウマの縞などはまさにこの反応と同様の仕組みで説明できる.
生物系においては,自然淘汰はこのような意味での自己組織化を進化適応の1つの材料として利用している.何らかのスイッチを作るときに相転移現象を利用できて便利であるし,集合性の生物においては中枢神経系を経ずに個体が協同して何かを作り上げるもっとも経済的な方法になるからだ.


本書ではここから各論に入り次々と様々な生物現象を自己組織化で説明していく.そして本書ではそのアプローチは(共著にしては)大変統一がとれており,まず個別部分の振る舞いについてできるだけ観察した上でモデルを立て仮説検証する.手法的には微分方程式によるモデル,シミュレーションモデル,セルオートマトンモデルなどだ.(とにかくモデルを立ててパラメーターをいじりにいじって実データにあわせようとする手法を厳しく戒めている)そしてその際に,リーダーシップ,青写真,レシピ,テンプレートという代替仮説の検討をきちんと行うという手続きを踏んでいるのだ.このあたりは大変誠実な議論であるし,またある現象が自己組織化によるものかそうでないかについての検証手続きというのがまだ確立されていないということを反映しているのだろう.


いずれにせよ本書では次々に魅惑的な生物現象が説明されていく.粘菌の作る縞模様や唐草模様のパターン(cAMP分泌制御にかかるモデル),穿孔性昆虫の摂餌集合(フェロモン濃度勾配への誘因とフェロモンの拡散によるモデル),ホタルの同調発光(コンデンサーと抵抗による電気発信器をモデルにした同調モデル),魚の群れ(隣接個体との距離に関する重み付け平均値に関する反応モデル),ミツバチによる蜜源選択(採餌したハチによるダンスの確率とダンスに誘引される確率によるモデル),アリの蟻道形成(蟻道フェロモン濃度にかかるモデル),グンタイアリの集団襲撃(蟻道フェロモン濃度に進行方向決定確率が影響を与えるというモデル),ミツバチの温度調節(周囲の温度に応じての密集形成行為と発熱について特定の関数を考えるモデル),ミツバチの巣版パターン(産卵確率と蜜と花粉の持ち込み確率,消費確率を用いたモデル),アリの壁作り(石を持ち上げる確率と石をおろす確率のモデル),シロアリの塚作り(土壌ペリットの拾い上げと積み上げ確率にかかるモデル),狩りバチの巣作り(そこまでに建設された巣形状の局所的特徴に対して異なるセル形成確率を与えて全体の成長を見るモデル),アシナガバチの順位制(過去の対戦結果に応じて次に勝つ確率と対戦を積極的に求める確率が変化すると考えるモデル)という具合だ.社会性昆虫の研究が多いのはある意味当然なのだろう.


読んでいて感じるのは,まず多くの現象が正のフィードバックと負のフィードバックの組み合わせという視点で説明できるということの面白さだ.また個別の様々な謎についての探索物語もたのしい,そのなかではホタルの同調発光とミツバチの温度調整の研究物語が楽しかった.(ミツバチではベルンド・ハインリッチの執念が窺える)私が個人的にシステムとして面白いと感じたのは魚の群れとグンタイアリの襲撃だ.シロアリの塚形成はそのごく初歩のみリサーチされていて,あの大きな塚の全体形成の説明までは遙かに道が遠いことも実感できる.ともかくもそれぞれの個別ストーリーにそれぞれの面白さが詰まっている.


全体ではなかなか大部であり,お値段も6800円と相応だが,中身は充実しており,じっくり読んで飽きさせない作りだと評価できるだろう.



関連書籍


原書

Self-Organization in Biological Systems (Princeton Studies in Complexity)

Self-Organization in Biological Systems (Princeton Studies in Complexity)

  • 作者: Scott Camazine,Jean-Louis Deneubourg,Nigel R. Franks,James Sneyd,Guy Theraulaz,Eric Bonabeau
  • 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
  • 発売日: 2003/08/28
  • メディア: ペーパーバック
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*1:なぜ邦題には「にとって」「とは何か」などという余計な言葉がついているのだろう.本書は「自己組織化」が「生物」にとってどんな意味を持つかを論じているわけでは決してない.そのような印象を与えるのは本来想定される読者にはマイナスではないだろうか.少なくとも私はちょっと引いてしまった

*2:この主張はカウフマンにその萌芽が見られるし,進化をミステリアスにしたい向きに結構受けが良いようだ