Bad Acts and Guilty Minds 第2章 犯罪行為 その2

Bad Acts and Guilty Minds: Conundrums of the Criminal Law (Studies in Crime & Justice)

Bad Acts and Guilty Minds: Conundrums of the Criminal Law (Studies in Crime & Justice)


構成要件に関して次にカッツが取り上げるのは「法の衝突」の問題だ.
例えば前回見た魔法禁止法では,誰かを魔女と名指しして非難すること,魔術そのものを使うこと両方を禁止している.それぞれの規定は問題ないが,あわせてみると,誰かを魔術を使ったとして訴追するためには,被告を魔女と名指しすることになるという問題が生じる.


カッツは現代アメリカにあった事例としてカリフォルニアの事例を挙げている.
カリフォルニアでは強制の法理は「生命」に対する脅迫に限られていた.ただし「強姦については身体傷害の脅迫があれば同意がなかったとみなされる」と規定されていた.また異常性行為も犯罪だとされていた.これらの規定について(妥当性について議論はあるだろうが)単独では論理的におかしなことはない.
しかしあわせてみると,女性が男性に身体傷害を脅迫されて異常性行為を行わされた場合に,当然ながら男性は強姦で罪を問われる.しかし女性も強制法理の適用外で異常性行為で有罪になってしまう.


要するに複数の法が一貫していないと様々な問題が生じるということだ.
刑法の適用で特に問題になるのが「罪数」の問題ということになる.ある行為が2つの犯罪に該当する場合にどう考えるか(2罪で重複して処罰できるか,また一事不再理の原則が適用されるか)などの問題だ.カッツがあげるのは以下のような例だ. 

  • 日曜日に酒を売ることが禁止され,別の条文で未成年者に酒を売るのが禁止されているときに,日曜日に未成年者に酒を売ったら2罪で重複して処罰すべきか
  • 娘を強姦したら,インセストアメリカでは現在も犯罪である州があるらしい)とレイプの両方で処罰すべきか
  • 違法に所持している銃で脅した場合,銃刀不法所持と脅迫の2罪で処罰すべきか


カッツはこれには様々な議論があるのだとしている.まず「行為」の数の数え方.「イベント」は同じ場所で同時に2つ以上生じうるのか.人を3回刺して死に至らしめた場合何回殺人を犯したことになるのか.A病にかかった人を差別することを禁止する法律とB病にかかった人を差別することを禁止する法律があって,A病とB病を同時に発症した人を解雇して訴追されたが,その後AとBは同じ病気の2つの症状だとわかったらどうなるのか.あるものと別の時間のあるものとの同一性はどう考えられるべきか.「同一性」の多義性.
このあたりはピンカーが「The Stuff of Thought」でイベントの数について持ち出した議論と同じだろう.


アメリカには,連邦政府のスタンプのないパッケージで麻酔薬を禁じる規定と売った相手のレコードなく麻酔薬を売ることの禁止規定があった場合に,1つの罪で無罪になった後,もうひとつの罪で訴追され,一事不再理の適用を否定した判例があるそうだ.


カッツは裁判所はあまり言葉の意味論にとらわれるべきではないと警告している.結局一般人が理解できる解決になるように解釈すべきだということだろう.ここでは私が期待したようなヒトの認知的傾向がこうであるから「犯罪」というものがこのように認知され,それが一般人の納得感につながるという議論はなかった.そこはちょっと残念だ.



日本においては,何を持って1罪とするかという問題は,刑法には規定がなく,罪数論として議論されているようだ.行為標準説,意思標準説,法益標準説,構成要件標準説などがあって,おおむね構成要件標準説が有力なようである.

複数の規定がある場合どう処罰されるべきかは法条競合,観念的競合の問題として議論されるようであり,なかなかテクニカルな議論だ,結局はどう解釈すれば妥当な結論が得られるかという解釈論にように思われる.いずれもさすがに法解釈がある程度裁量的なせいか,意味論にとらわれたおかしな判例はあまりないようだ.