Darwin Loves You: Natural Selection and the Re-enchantment of the World
- 作者: George Levine
- 出版社/メーカー: Princeton Univ Pr
- 発売日: 2006/09/15
- メディア: ハードカバー
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本書は19世紀英文学専門の英文学者ジョージ・レヴァインが書いたダーウィンに関する本だ.あくまで英文学者として,ダーウィンの書いた文章から論じたいという本だということで,ダーウィンファンの私としては思わず購入して読んでみたものだ.
レヴァインの問題意識は,ダーウィンは自然淘汰による進化の主張を行うことによって,自然に関するEnchantmentを奪い去ったのかどうかということだ.Enchantmentをなんと訳せばいいのかは難しいが,自然が神によって作られたと考えることによって感じられる美しさ,荘厳さ,慰めなどの感情とでもいったことだろうか.
ここは日本人には良く理解できないことだが,自然の美しさ,精妙さに打たれることと,それが「神」から由来することは欧米キリスト教文化の中ではそれほど深く結びついていると考えられているということなのだろう.
そしてレヴァインの結論は,ダーウィンの文章をよく読めば,ダーウィンが自然を深く観察し,その仕組みを考察していく中で大きなEnchantmentを感じていたことは疑い得ないというものだ.
レヴァインはまず通常ダーウィンが自然から意味を奪ったと考えられる背景を説明している.いろいろ説明されているが,一番大きいのは「神」が私達と私達の世界を作ったのでなければ,私達の存在に「意味」がなくなるのではないかということだろう.
レヴァインは,デズモンドとムーアなどに見られるダーウィンの考えと自由市場資本主義の結びつきの指摘について,この結びつきは論理的必然ではないと反論している.そしてある科学的主張から,様々に異なる政治的主張をひねり出すのは容易であることを示している.当時の社会や政治的状況をある学説の背景とか隠れた動機として理解することと,それが論理的に結びついた主張だと考えることは別だ.レヴァインはダーウィンの主張の本質的重要さは,当時の社会や政治とは別のところにあるのだと強調している.この反ポストモダニズム的なレヴァインの主張には大変説得力がある.同じ主張はダーウィニズムと優生学の結びつきについて,また保守主義と帝国主義についてピアソンとキッドを引きながら繰り返される.
またマックス・ウェーバーの「合理的な科学は世界から意味と価値を追放した」という主張に対しても,世俗的な実証主義の立場からそう考えるべきでないと主張したいと議論している.なかなか難しい議論だが,要するに自然の驚異を解き明かすことにより(宗教から由来しなくても)様々な価値を感じることができるし,自然淘汰の主張と人の幸せは両立できるという主張になるのだろうか.そしてダーウィンの書いた文章はロマン的で,世界を気遣いEnchantmentを感じる心と科学が両立しているのだと主張している.このあたりはいかにも文学者らしい.
次にレヴァインは,「モラルの根源を進化的に理解できるか.その際に還元主義は妥当な分析方法か」という議論を行っている.モラルの根源を進化した社会心理として理解すること(社会生物学,進化心理学)については科学としては問題ないが,それはダーウィンの考えていたことのごく一部だという言い方をし,還元主義,デネットのいうアルゴリズムとしての進化のとらえ方,ドーキンスやピンカーの説明振りも,やはりダーウィンの言いたかったことのごく一部だと懐疑的だ.このようなとらえ方ではEnchantmentが失われてしまうということのようだ.このあたりは詰め方も甘く,私としては賛成できないところだ.アルゴリズムとして進化を捉えたからといって自然に対する美しさや感嘆の念がなくなるとは思えない.もっともこのあたりは感覚の話なのだろう.少なくとも英文学者の目から見て,ダーウィンの語り口はドーキンスやピンカーのような即物的なものではないということかもしれない.(ピンカーがヒトの心の説明にコンピューター用語を使うのは特にお気に召さないらしい)
ここまで前整理をしてから,レヴァインはダーウィンの自伝をはじめとする著書を読み込んでいく.ダーウィンがシェークスピアを面白く感じないといっていることや,ビーグル号航海記の文章が当時大変好評であったことなど面白い話を交えながら,ダーウィンのEnchantmentは自然の仕組みの詳細を丁寧に追っていくことで得られるものであることを繰り返し繰り返し示している.フジツボやミミズの物語はそのよい例だ.また1851年のアニーの死はダーウィンに大きな影響を与えていることにも触れている.レヴァインは,ダーウィンが研究を続けることにより,事実は死とも宗教とも相容れないことに気づかざるを得なかったのだろうと考察している.ある意味で科学こそがダーウィンの慰めであったのだと.
レヴァインはダーウィンが自らの理論をヒトについてどう適用したのかについても考察している.ダーウィンは基本的に自然の観察から得られた理論をそのままヒトに適用しようとしたが,一部擬人的な表現を用い,性淘汰においては「意図」を理論に持ち込んだというのがレヴァインの読み方であり,メスが選ぶことによって世界が変わっていくと考えることの意味とか女性の劣等性についての当時の考え方とダーウィンの関係を延々と議論している.しかしここはかなり違和感がある.レヴァインは性淘汰理論を理解できていないように思われて残念なところだ.もっとも「ダーウィンのヒトの進化の理論はヴィクトリアンのセクシストイデオロギーに染まったものだ」という読み方も多いようで,レヴァインはそれに対してはそうでないと議論している.ダーウィンの議論はイデオロギーや政治ではなく真実の解明のためににあったことは明らかだというのがレヴァインの読み方だ.そしてダーウィンは文化的な制約(ダーウィン自身が男性と女性の能力について当時の偏見から自由でなかったことは事実だろう)の中からも革新を生み出せるいい見本だと結論している.
最後にレヴァインはダーウィンの文章にはロマンティックなEnchantmentな魂があるのだと強調している.ダーウィンの文章には自然の複雑さ,変異,美について魅せられていることがよく現れている.ダーウィンは通常できるだけ客観的であろうとする文体で書いているが,時に個人的な自然への敬い,畏れを表す文体にスリップする.様々なダーウィンの文章を紹介しながらレヴァインはこのことを力説している.単一の由来,果てしない時間,生命の多様性,自然の精妙さへの畏れと愛こそがダーウィンの文章の芯にあるのであり,デネットのように乾いたアルゴリズムでダーウィンを説明すべきではないという英文学者の読み方へのこだわりがよく現れているところだ.
要するに本書はこう主張しているのだ.ダーウィニズムは保守反動で世界から意味とEnchantmentを奪うものではない.ダーウィンは自然を観察することでその美しさを愛し,そしてあなたも愛しているのだと.
というわけで,普通の日本の読者にとって,本書の主題におけるダーウィニズムが世界の意味を奪っているのではないという結論はむしろ自明なものだろう.本書では似たような主張が円環をなすように繰り返し繰り返し現れ,冗長だ.その文学的な味わいを楽しむべき本だということなのだろう.私的には,本書の読みどころはダーウィンの人柄に敬愛の情を抱き,その散文を愛するレヴァインによる,ダーウィンの文章の味わい方の解説ということになろう.
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