ダーウィン生誕200周年記念シンポジウム「ダーウィンを超えて 21世紀の進化学」


昨日8月22日にダーウィン生誕200周年記念シンポジウムが,日本学術会議主催,日本進化学会,日本動物学会の共催で開かれた.ダーウィンファンの私としては見逃せない.早々に事前登録して,昨日参加してきた.場所は本郷の東京大学安田講堂.この中に入るのはずいぶんと久しぶりだ.なかなか独特の趣がある.

シンポジウムは「ダーウィンを超えて」と題されているが,特にダーウィンを超えるかどうかという視点ではなく,進化学周りの興味深い話題をそれぞれの講演者が20分の持ち時間でプレゼンするというもの.聴衆としては生物学に興味のある一般の方々というところを想定しているのだろう.肩の凝らない導入的なプレゼンが多かった.



第1部講演 21世紀の進化学の最前線とその教育


最初に進行の嶋田正和から簡単なイントロダクション.ここでダーウィンを始祖として,フィッシャーから進化の総合説が,ライトから木村の中立説が生まれたとして,この両説がまるで対立するかのように紹介されていたが,若干の違和感がある.ことさら対立しているかのように紹介するのはいかがなものか.まず1930年代にフィッシャー,ライト,ホールデンによってダーウィン自然淘汰学説とメンデルの遺伝学説とが総合され,さらにやや遅れて木村の中立説によって進化学がさらに豊かになったということではないのだろうか.


植物になる進化 井上勲

2007年の進化学会の公開講演会(http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20070907参照)でも紹介された,様々な光合成生物の起源と進化の物語.
真核生物は大きく分けると6つから8つの巨大系統群(スーパーグループ)が認められるが,このうちシアノバクテリアと内部共生して生じた一次共生はいわゆる植物のみ.これ以外に独立に7回光合成生物は生じているが,すべてこの一次共生植物と他の真核生物がさらに二次共生したものだという内容.そして二次共生には捕食から完全内部共生まで様々な段階のものが認められることが美しいスライドで紹介された.
最後に陸上は一次共生植物の卓越する世界だが,逆に海洋は二次共生光合成生物が卓越している.そしてこのような二次共生光合成生物が様々な物質の循環に大きく影響を与えていることが紹介されていた.なぜ海洋で二次共生光合成生物が卓越するのだろうか.なかなか興味深い現象だ.


ダーウィンを超えて植物進化を解く 長谷部光泰

動物においては発生に関与する遺伝子としてHox遺伝子が大きく共有されている.しかし植物でどうなっているのかは,ごく最近にコケ植物,シダ植物の全ゲノムが解読されてようやく分析が可能になったという話.
調べてみると植物においては動物と異なって発生調節遺伝子は系統間で大きく変異していた.これは自家受粉で増えるものが多いこと,倍数体変異による進化が多いことと関連しているだろうということだった.
ここまではよいのだが,長谷部はさらにコケ植物は通常あまり伸びず枝分かれしない体制だが,遺伝子操作により伸びるようにすると枝分かれもするようになることから,これには何か自己組織化や,正のフィードバックが絡む生命システムの特質であり,さらにハナカマキリやハエトリソウのような新奇複合形質がどうやって生まれたのか(つまり自然淘汰では説明できないという前提)の秘密に関連するのではないかと示唆していた.
この後半部分には非常に違和感がある.ハナカマキリやハエトリソウが単純な形質の自然淘汰の累積で説明できないとなぜ思うのだろう.これはドーキンスのいう想像力欠如の議論そのもののように思われる.またコケの遺伝子操作の枝分かれ現象ももっとよく調べないと何も言えないのではないだろうか.とりあえず私にはコケ植物の祖先形質に枝分かれする性質があったと考えればいいだけのように思われた.いずれにせよ,具体的なメカニズムを考えずに自己組織化で何か不思議な性質が創発するかのような議論は筋悪に感じられる.


共生と生物進化 深津武馬

ダーウィン自然淘汰の前提の1つ「変異」を作り出すメカニズムとして内部共生は大変面白いのだというイントロから,様々な内部共生現象を次々に紹介する内容.なかなか大量な情報をコンパクトに詰め込んでいて中身の濃いプレゼンだった.


脊索動物の起源と進化 佐藤矩行

脊索動物の起源と進化については最近ホヤとナメクジウオギボシムシのゲノムが解読されて,これまでの通説が間違っていたことが明らかになったという内容.これまではホヤの幼生に現れた脊索が,その後ネオテニーを経て脊椎動物につながるという理解だったが,ナメクジウオのほうがより分岐が古いということから,脊索は成体の遊泳のための心棒として適応進化し,ホヤにおいてはその後定着生活に適応して脊索が成体で失われたという理解になったという説明だった.なおギボシムシの半索と呼ばれていたものは,脊索とは相同器官ではないと説明された.


ゲノムから見た脳・神経系の起源と進化 五條堀孝

脳・神経系にかかるゲノム研究の最前線の紹介.
イントロとしては2年前にゲノム解読技術の革命が生じて,これまで部屋いっぱいの80台のマシンで行っていた分析が小さな1つの機械に収まったことが紹介された.15年の歳月と600億円かけて進められたヒトゲノム解読は今やたった2分でできるそうだ.遺伝研で15年かけて集めたゲノム情報の30倍の情報が1年間で得られる見通しであるという.当然ながら関連分野では研究がすごい勢いで進展するのだろう.
さて本題に入って,系統的にいうと刺胞動物から扁形動物の分岐の際に神経節が生じている.この2つの動物プラナリアヒドラについて神経系にかかわる遺伝子をリサーチしてみたもの.
プラナリアについてクローン500匹使って23000の遺伝子を解読,そこから頭部の脳で特異的に発現する250の遺伝子を特定する.そのあとでこの250の遺伝子をよく調べるとそれぞれ脳内で,領域特異的に発現していること,ヒトやマウスとは半分程度が共通していることなどがわかったというもの.
次にヒドラで同じことを行う.ヒドラでは身体全体に神経細胞が分布しているが,神経系がノックアウトされているエピヒドラとの比較で,やはり神経系に特異的に発現する遺伝子174を特定.これも調べると,やはりヒトやマウスとは半分程度共通しているが,驚いたことにヒドラの身体に対して領域特異的に発現していたということがわかった.
なかなか興味深いものだった.


危機から生まれた哺乳類:脳進化 岡田典弘

哺乳類型爬虫類から哺乳類に進化したのはちょうどペルム紀末の大絶滅のあとだ.ここでは地上の酸素濃度が大幅に下がっており,恐竜類では気嚢システムが発達.哺乳類は横隔膜や二次口蓋などの適応を生じたが,気嚢システムにはかなわず,小型化,夜行性の生活ニッチに入ったのだろうと考えられる.
一方最近のゲノム的な研究でわかってきたところでは.タンパク質コード領域ではないが系統的によく保存されている領域があり,これは何らかの適応形質にかかわっている可能性がある.そこで脊椎動物全体と哺乳類を比較して哺乳類に特異的な保存領域を調べれば上記大進化関係のゲノム情報であることになる.調べてみるとこれにはSINE領域が多く含まれ,過去何か別のことの適応していたものが,低酸素濃度に適応するために利用された「外適応」にかかるものではないかと思われる.その中で1つわかりかけているのはマウスの頬にある感覚毛にかかるもので.どうやら平面上に並んだ感覚毛のパターンを二次元の平面情報として捉えるために視床下部トポロジーを作るためのものであり,まさに夜行性への適応と見られるものだということであった.なぜ「外適応」を強調するのかよくわからなかったが,最近の技術がリサーチを広げていることがよくわかる面白いプレゼンであった.


迅速な適応性:昆虫の学習と進化ゲーム 嶋田正和

行動生態と進化ゲーム理論について簡単なイントロをしたあとで,学習と遺伝的な進化について,進化が学習を規定する現象と,学習が進化を規定する両方の現象がありそれを示したいというプレゼンだった.
実験は2種類示されていて,ひとつは餌動物種2種と捕食者1種の生態系では餌種の数に振動が生じるので,捕食者はまずどちらが多いかを学習し,それが当てはまらなくなったらすぐ忘れるという学習システムが有利になるというもの.もうひとつは植食性昆虫にオレンジとパイナップルの餌を与えてどちらを好むかを選別するのだが,その際に片方の餌にキニーネを混ぜて学習促進するようにした場合に,学習効率が変化するというもの.
嶋田先生はこれを学習が進化に影響を与えた例だと紹介していたが,これはボールドウィン効果とかニッチ構築とかなかなか直感的な把握が難しい話で20分では初学者に正しい理解を求めるのは苦しい内容だったように思う.基本的には「学習という現象が存在する状況では,神経系がそうではない状況と異なった遺伝的進化をする」ということを説明したいのだと思うのだが.単純に環境によって学習能力が(一定時間で忘れる能力とかキニーネを餌選別に関連づける能力とかが)進化するというというだけのフレームでも理解できるように思われる.その後の聴衆の反応から見ても「獲得形質の遺伝」みたいな理解とぐちゃぐちゃになっていたのではないだろうか.


中高生にどのような進化を教えるか? 中井咲織

次期学習指導要領では中高生の生物については進化を軸に教える方向になったそうだ.大変喜ばしい.発表者は,しかしこれまで高校大学でも進化は教えられていなかったこと,独習しようとしても巷にはあまりにも怪しい本に満ちあふれていることから,正しい理解は高校教員のあいだでもあまりないのではないかと懸念されるという.
そしてこうすればいいのではという初歩の進化教育のプレゼン案を紹介していた.
意欲的な取り組みで良い方向だと思うが,中には単純化しすぎでちょっと危なっかしい内容もあって微妙な感じもある.短い時間ではどうやっても微妙なところは出てくるので,割り切りということもあるのだろう.それにしても高校教員のあいだに正しい理解がないというのはなかなかつらいものがある.


第2部パネルディスカッション 進化教育と生物多様性条約の動き

生物多様性条約とは何か(190の国の間で成立している条約で多様性の保護,持続的利用,利益の配分を約しているもの.アメリカはまだ参加していない)および,その状況説明(2002年に立てられた目標の最終年度が2010なので,そこから評価と次の目標を立てる作業が始まる)について簡単に説明があったあとでパネルディスカッション.
時間があまりなかったこともあって,各学会が条約についてどう取り組んでいるか,高校の進化教育についてどう取り組んだらいいか,進化を研究するに至った個人的経緯,もう一度研究者をやり直すとすれば何に取り組むかあたりを順番に述べるという感じだった.印象的だったのはゲノム解読の技術進展に関して今研究のフロンティアが大きく動いているということを各研究者が実感しているということだった.


ということで記念シンポジウムは終了である.普段あまりマークしていないゲノム関係の面白い話が聞けたのは収穫だった.