日本進化学会2009 SAPPORO 参加日誌 その3


大会第3日 9月4日(金)


三日目も札幌は気持ちの良い天候が続く.今日も最初は国際シンポジウム.テーマはいかにもダーウィン生誕200周年にふさわしい「種の起源」だ.


The Interenational Darwin Bicentennial Symposium「The Origin of Species 150 Years after Darwin


まずチェアの藤山直之よりイントロがある.

ダーウィン種の起源における議論を要約し,そこでは異なるニッチへの適応放散による(同所的な)種の分岐が主張されている.しかし実際にいつ,どのように分かれるのかが本シンポジウムのテーマである.
そしてマイアの生物学的種の定義に従うなら,交配の隔離があり,遺伝子フローが別の方向に分かれていくことが重要になる.

またダーウィンは種と変種に本質的な差はないと主張し,証拠として,その雑種における不稔性が連続的であることを示している.しかしこれは様々な交配隔離の内,受精後の部分を見たに過ぎない.配偶前,あるいは配偶後受精前の隔離機構も見ていかなければならないだろうという内容だった.


ローワン・バレット「The genetics of adaptation in stickleback」


遺伝子の視点から種分岐に迫りたいとコメントし,「適応の遺伝子と種分岐の遺伝子は同じか」と問題提起する.
ここでトゲウオについて説明.トゲウオは北太平洋に分布しているが,氷河期以降何度も北米大陸内水部に侵入している.その場合,身体の大きさが小さくなり,防御用の大きなウロコに覆われる部分が減り,棘が小さくなる.これらは海洋における方が捕食圧が高いために生じると考えられる.(ここで一旦カマスに飲み込まれたトゲウオがはき出される映像が紹介される)
様々な遺伝子が同定されているが,本日はウロコにかかるEda遺伝子に絞って紹介する.Edaは通常型Cホモだとウロコが身体の多くの部分を覆うが,内水型Lホモだとごく一部しか覆わない.またヘテロCLでは半分ぐらいになる.実際に海洋においても1000個体に1個体はヘテロ型が見つかる.このようなヘテロ型を集めて交配させ,F1(当然表現型は1:2:1になる)を実験室の水槽と,実験用の野外の池に放す.野外の池では捕食圧等の自然淘汰がかかる.
様々な計測の結果,このEda遺伝子にはウロコ以外に成長を早める効果がある.池と水槽の結果を比較すると,身体の大きさとウロコについてそれぞれの淘汰圧があることがわかる.また身体の大きさが異なるほど交配確率が下がるために,配偶前隔離効果を生じる,ということが示された.

単一遺伝子が表現型を複数変えて(これが多面発現なのかウロコに回すリソースを成長に回せるためなのかはよくわからなかった)捕食淘汰圧への適応と配偶隔離に効いていることが示せていてなかなか興味深かった.これは例外的なケースなのだろうかそれともかなり普遍的なのだろうかということも気になった.


ダニエル・オーティス=バレントス「Sexual selection drives the evolution of reprodutive isolation in flowering plants」


植物においては性淘汰が働き,それが種分岐に効いているだろうというトピック.植物の性淘汰の具体的に仕組みとか例が示されるのかと期待して聞いていると,そうではなく,植物にも性淘汰は当然あるという前提のもと子房の種子数の多さを性淘汰の強さの代理変数として様々な植物群で種間比較を行ったという内容.
確かに種子数に比して花粉数は圧倒的に多いので,さらに種子数が少ないほうがより種子は花粉を選り好むのかもしれない.しかし本当に選り好みの強さが異なるのだろうか.
さらにこのような選り好みは様々な交配隔離を強める方向に働いているのではないかということを調べている.
示されたデータはなかなか興味深いもので,雑種の不稔性は確かに種子数が少ない種の方が強くなっている.またそれは受精前隔離においても遺伝的な多様性においても種子数との相関が見られている.またこれは種内の比較データでも同じ傾向が示された.

本当にそんなことがあるのかというテーマについてきちんとデータが示されていてなかなか面白かった.


デイヴィッド・ローリー「A chromosomal inversion is responsible for ecological reproductive isolation between annual
and perennial races of the yellow monkeyflower, Mimulus guttatus」


種内で細かな環境差に適応したような「エコスピーシーズ」と呼ばれる変種は,そのような適応にかかる遺伝的変化そのものが受精前の隔離になっているのかを植物で調べたという内容.
ここでは北米太平洋側におけるMimulus guttatus(ミズホオズキの一種)についてのデータが示された.この中には海岸亜種,内陸亜種,山脈亜種と3亜種ある.ここでは海岸亜種と内陸亜種を分析.海岸亜種は通年見られ,背は低く塩水に耐性がある.内陸種は雨期である5ヶ月間のみ見られ,背が高い.これらはかなり明確に生息地によって形態的に異なり,遺伝分析をするとそれぞれクラスターを作る.(内陸亜種の方が多様性があり,最近海岸亜種がその一部から進化したらしい)生存率,繁殖力を比べるとと,それぞれの生息地で有利不利が逆転する.塩水耐性と,通年性は別の遺伝機構が絡んでいて,特に通年性は染色体の一部の逆位によって生じている.単純にミクロな環境への適応による交雑不利に加えて染色体逆位も交配隔離に効いているという主張のようだった.



松林圭「Divergent host plant adaptation and the origin of species」


昆虫がホスト植物を切り替えることにより種分化しうるか.これについてはアップルマゴットフライの例が有名で,サンザシからリンゴに切り替えた個体群とサンザシのままの個体群においてほとんど交雑が生じずに集団として分岐しつつあるという報告がある.
ここではテントウムシについての研究の紹介.東南アジアにするテントウムシの一種で食草を異にしているが同所的に生息する集団がある.それを混ぜて,それぞれのホスト植物を飼育ケースの端に入れると,きれいに分かれる.遺伝的な解析をすると,遺伝子フローは大きく制限されており,ある程度分岐していることがわかる.また日本のある種のテントウムシでも同じ結果が得られた.
この日本のテントウムシと食草についてさらに調べていくと,それぞれの地域集団で,AとBという食草を利用,AとCという食草を利用などという多様性が見られる.仮にここでAが絶滅すれば,まったく異なった食草に依存した集団に分かれていくだろうという種子の発表だった.
なかなか面白そうなテーマであり今後の進展が期待できる印象だ.



午前の部はここまで,午後はワークショップ「血縁vs群:なぜ真社会性は膜翅目に多いのか?」という大変面白そうなのもあったのだが,沓掛先生の夏の学校に参加した.行動生態で時間がかち合ってしまったのは残念だ.



夏の学校 進化・行動生態学


沓掛展之 「動物の行動・生態から適応進化を探る」


夏の学校ということで,まず自然淘汰による進化適応の説明から.題材にはオオヒキガエルのオーストラリア侵入からの脚の長さの変化,都会に侵入したハキリアリの暑さに対する耐性の進化などという例が取られていて,かなり短い時間でも形態的な適応が観察できることが説明されていた.


次は性淘汰.オス同士の競争とメスにより選り好みに加え,オスメス間のコンフリクト,精子競争,メスのクリプティックチョイスなどのフレームワークが示されていた.クリプティックチョイスの例にクシクラゲの二重受精時に卵核が片方の精子に寄っていって,直前で向きを変えて別の精子に向かうという例が説明されていて,面白かった.

ここで「性拮抗淘汰」概念について説明.オスの性淘汰形質が娘の身体では不利に働くというものでダーウィンの時代から議論されているが,実際に証拠が見つかっているといい,2007年のアカシカの研究例(父の適応度と娘の適応度が逆相関している)が紹介された.
またヨツモンマメゾウムシで,メスが実際に良くないオスの精子を選んでいることが見つかったという2009年の報告も紹介された.このあたりは最新の知見の紹介がうれしい.


次は血縁淘汰の説明.


ここで,適応の研究における前提としてアラン・グラフェン1984年に提唱した「Phenotypic Gambit」が説明された.これはリサーチプログラムにおいては,現在見られる表現型について,それは最適であり,単純な遺伝機構を持つと仮定してリサーチプログラムを組み立てていい(そういう賭けを行っていい)という宣言で,ある意味荒っぽいが,1984年当時ではそれ以外では研究を進めることも難しかったし,実際に豊かな実績を上げている.
これについては,今のところOKという認識で良いが,ドリフトについても常に可能性は考えておくべきだし,だんだん複雑な遺伝機構がわかってきているのでそういう方向へシフトしていくものだろうというコメントがあった.オーエンスはもっと行動生態の研究にモデル生物を使うべきだ(遺伝的な仕組みがよくわかっているから)という提唱をしているが,実際には行動遺伝学者は興味深い動物を研究したいのでなかなかそういう方向にはなっていないそうだ.


ここから研究のアプローチについての話題に.
まずティンバーゲンの4つのなぜの解説.
その後で,実証研究,理論研究,概念研究という視点を提示し,日本の研究者は実証研究に傾きがちだが,実は概念研究(様々な実証研究の背後にどのような共通の法則があるのか,それはどれほど一般的なのかという視点)という方向は非常に重要だと強調した.
確かにダーウィンにもそういう視点は濃厚だし,ハミルトンなどを読むとその傾向が強く感じられる.私の印象ではこれは研究だけではなく,一般向けの科学啓蒙書にもそういう傾向があるように思う.


最後の話題としては「面白い研究」をするにはどうしたらいいか.
もちろんそれぞれに異なるが,と前置きしつつフリーマンの5条件と沓掛の追加2条件を挙げ,それぞれの例も紹介された.

  1. ナチュラルヒストリー
  2. 仮定,前提を疑う
  3. 伝統的知見を疑う
  4. 疑問を平行移動させる
  5. 適応だけでなく制約にも目を向ける
  6. 革新的な技術を使う
  7. サンプルサイズを増やし,力業をかける


1.のナチュラルヒストリーとしては,シュモクバエの性淘汰形質,ダーウィンマダガスカルのランとスズメガの予言,田中,上田によるジュウイチの翼の模様による複数ヒナの口の擬態の研究,岡部ほかのドロバチに寄生していると思われたダニが実は相利共生だったという研究などが例としてあげられた.


2.3.4.は先ほどの概念研究には欠かせない視点だと強調.いくつかの研究が紹介された.

  • 鳥の協同繁殖のヘルパーは繁殖を助けているはずなのに,親の繁殖成功が実は上がっていないというデータがかなり得られる.通常はテスト失敗として捨てられるのだが,ここで実は親はヘルパーが多いと最初から手を抜いているのではないかと前提を疑ってそれを実証した研究
  • 種間比較の系統間補正について,それまで皆が受け入れていたフェルゼンシュタインの理論的前提(分岐後の形質の離散にブラウン運動を仮定)に疑問を呈し,様々な過程を入れ込んだモデルを使った解析法を提唱した研究
  • ヒヒのオス間協同における非対称を経済学の理論(veto game)を拡張してbiological market theoryとして理論化した研究


エピソードとして沓掛自身ミーアキャットの非血縁ヘルパーオスに対する優位オスの行動の研究(群れのヘルパー数と攻撃性が相関するだろう)を発表したところ,そのような理論的進展をを18年前に予言していたノイエからお礼のメールをもらったことも語られた.


もちろんこのような概念的な研究は結局一般化できずに消え去るものも多い.例として一世を風靡した「繁殖の偏り理論」「性淘汰は誤りだ」理論などがあるが,しかしこれらを批判検証することで寄り近いが深まったと評価できるという.


5.の制約に関してはトレードオフや発生的制約には十分注意が必要だと前置きし,アメリカ大陸のプロングホーンが非常に足が速いのは,絶滅した捕食者に対する適応だろうなど,淘汰圧が緩和されても表現型の変化が追いつかない例をいくつか紹介していた.


6.の技術については,GPS,ネットワーク分析,ロボットがあげられていた.時間がなく個別研究には触れられなかったのが残念だった.


ということで2009年の日本進化学会は終了である.国際シンポジウムは充実していたが,行動生態系のワークショップはやや低調だったという印象だった.また来年を期待しよう.