「How Women Got Their Curves」

How Women Got Their Curves and Other Just-So Stories: Evolutionary Enigmas

How Women Got Their Curves and Other Just-So Stories: Evolutionary Enigmas


本書は行動生態学者バラシュと,精神科医でバラシュ夫人であるリプトンによる,ヒトの女性の(ほかの哺乳類にはあまり見られない)様々な特徴の究極因についての本である.取り上げられているトピックは,(1)生理は何故あるのか,(2)排卵隠蔽は何故あるのか,(3)胸が大きいの何故か,(4)オーガズムは何故あるのか,(5)閉経は何故あるのか,という問題だ.これらはなおヒトに関する進化的な謎であり続けていて,本書でも確定的な答えが出ているわけではない.しかしバラシュが伝えたいのは,仮説を構築してそれについて様々な事実を集め議論して物事を理解を深めようとする知的営みの面白さだ.そして興味深い仮説は重要な出発点であり,単にジャストソーストーリーだと切り捨てるべきではないというのが本書に繰り返し現れるメッセージだ.ヒトについての適応仮説を提示して検証しようという営みが批判的に扱われることへのいらだちが見えるようだ.死後7年たっていてもグールドの呪縛は残っているということなのかもしれない.


題材となっている上記5つの問題はいずれも大変興味深いものだ.バラシュの議論を見てみよう.


(1)生理
生理があるのはヒトだけではない(旧世界ザルやイヌなどに見られる)が,哺乳類ではきわめて少数派であり,さらに出血量の多さでは非常に独特だ.そのコストの大きさからこれが副産物であるとは考えにくい.
まず何らの信号(妊娠していないこと,自分が成熟していること,現時点では妊娠できないこと)であるという説がある.コストが大きいのでこれは難しそうだ.
プロフェットは性感染病原体を洗い流すためという衛生仮説を提示した.これは検証可能なので検証が望ましい(まだあまりなされていない).性交しなくても生理になること,出血の量と感染の相関が得られていないことから懐疑的.
ストラウスマンは古い子宮内膜を着床可能なように維持するより,一旦捨ててそのたびに新しいものを作った方が効率的だというメタボリック効率仮説を提唱している.面白い仮説だが,何故出血というコストが必要なのか,もっと効率的な方法がありそうではないかというところが難しい.
バラシュは,生理は着床可能な受精卵に対するテストだという説を支持している.ただこれは検証が難しく,またほかの仮説と同じように出血のコストの高さを完全に説明できるわけではない.いずれにしてもこの問題に対してはまだリサーチが必要だとまとめている.


(2)排卵隠蔽
ほとんどの哺乳類は排卵のサインを出す.ゴリラやオランウータンは目立たないが,いずれにせよ隠そうとはしていない.ヒトの女性がなぜ排卵を隠蔽しているのかもやはり謎だ.ヒトが非常に独特であること,隠蔽がユニバーサルで変異がないことからこれが副産物であるとは考えにくい.
まずペアボンドの強化のために隠すという説がある.隠蔽した方が男性をより長く惹きつけられる(セックスを報償にした子育て奉仕,あるいはメイトガード期間の長期化)という考え方だ.しかし子育てを手伝うのにセックスが必要になっている動物はいないし,動物間で子育てと排卵サインの明瞭さに一貫した関係はないようだ.
排卵が隠蔽された方が男性同士の競争が抑制されて社会が安定化するという説もある.しかしこれはグループ淘汰の誤謬にはまっている.隠蔽する女性自身に利益がなければならない.


女性が夫の目を逃れて浮気しやすくするための適応であるという考え方がある.ハーディは子殺しの保険として多数のオスと交尾するための適応だと考えた.また良い遺伝子を得るため,夫以外からも子育て支援を得るためという考え方もある.これらは,排卵が明らかであると,男性から嫉妬とメイトガードを受けてしまいコストが高く,女性は性的に不誠実である方が様々な利益があるからだとまとめることができるだろう.
女性が女性間の競争を避けるために隠蔽しているという説もある.(排卵がばれるとその時期のみいじめられる可能性がある)
男性の性的スタミナのテストのためという説もある.
バラシュは,互いに排他的でない仮説はすべて正しい可能性もあるのだと言いつつ,この謎もまだ解決しているわけではないとまとめている.


排卵隠蔽についてはさらに,何故自分自身からも隠す必要があるのかという問題がある.
他人を欺くには自分も知らない方が良いという標準的な考え方のほかに,ヒトの場合は,意識的に性交と妊娠の因果を理解できるので,妊娠を避けようとした可能性があり,排卵が自分でわかった女性のほうがより妊娠しなかった(つまり淘汰された)可能性があるという説がある.バラシュは後者の可能性は十分あるだろうと言っている.


(3)胸
何故女性の乳房は授乳前から膨らみ,男性は胸にこだわるのか.
まず,乳房の大きさは脂肪で決まっており,それは授乳能力とは関係がない.ほかのどの哺乳類もそうなっていないし,胸にある脂肪が乳生産に使われることもない.


デズモンド・モリスはアイコンタクトによるつがいの絆型性のための「尻擬態説」を提唱した.これはかなり乱暴な推測の上にあるし,検証も難しい.
エレイン・モーガンはアクア説に関連して浮力装置だというアイデアを出している.バラシュはただ「怪しい」とコメントしている.


男性がそれを気にすることから見てそれは男性に何かを伝えているシグナルであると思われる.では何を伝えようとしているのか.これには様々な説があって混乱している.
だまし仮説では,授乳中の女性に食料を与えるキーとして胸の大きさを使う男性に対して,女性はだましサインとして胸を大きくしたという仮説になる.
正直仮説では健康状態や遺伝的な素質を表す正直な信号だということになる.ソーンヒルは胸が大きいことは対称性にかかるシグナルであり,対称性は健康や遺伝的な素質を強調するサインだと説明している.フランク・マーローは性的魅力仮説を提唱した.これによると胸の大きさは女性の残存生涯繁殖成功度を表す正直な信号だというのだ.つまり発達してない胸は未成熟を表し,垂れると年増を表す.男性はふっくらと突き出た胸を選べばいい.そしてこれはフェイクしにくい正直な信号だ.
ここもやはり決着がついていない問題だ.


バラシュは関連して何故女性は文化的に飾り立てるのかも考察している.女性がより一妻多夫的に良い男性を選ぼうとするのが進化的に最近のことで,肉体的なシグナル進化には間に合わなかったなどの仮説が考察されている.


(4)オーガズム
かつてオーガズムはヒトに特有と考えられていた.実はそうではないことがわかってきたが,依然として謎は残る.何故女性はクライマックスに達する必要があるのか.


デズモンド・モリスは,オーガズムは女性がセックスの後,横たわり続けてより受精確率を高めるための適応だと提案した.バラシュは横たわる方が受精確率が高まる証拠はないし,カンガルーはそんなことしていないと切って捨てている.


次は女性がセックスをするための報酬という説だ.ほかの動物との比較を少し考えるとばかばかしいが,妊娠を避けようとする意識が生じたヒトにかかる特別な適応だとすれば可能性はある.バラシュは不感症の女性とそうでない女性でセックスの頻度を調べると面白いかもしれないとしている.

ドナルド・サイモンズはオーガズムは男性の適応であり,女性にも現れるのは副産物だという説を提唱した.これはグールドが熱狂的に支持したことで知られる.これはかなりの支持を得ているがバラシュは懐疑的だ.女性のオーガズムは副産物にしてはしっかり作られている.(クリトリスはまさにオーガズムのための器官のようであり,その感覚器は男性の倍もあるのだ)そのほかの副産物説の主張についてもずいぶんと詳しく議論している.支持者が多いのは,もしかすると「自分は副産物説にも理解があり,がちがちの適応主義者ではない」ということをディスプレーするためのポーズではないかとまで言っていて,グールドへの対抗心があらわで面白い.

ハーディは,オーガズムは複数男性とセックスするするための適応であり,かつより親しい男性とのセックスで感じることにより一夫一妻制の絆を強めるための適応であると論じた.前半のおなじみの子殺しへの対抗仮説の一環だ.後半部分は種間比較データからは肯定できない.

バラシュはオーガズムを女性が男性を評価するための適応だと考えている.男性が女性が達したかどうかを気にすることはこの説で説明できる.そして一体男性の何を評価しているのか,検証するにはどうしたらいいかということを長々と論じている.さらに男性のオーガズム自体も何のための適応かはよく考えなければならないとも指摘している.ここの議論は充実していて読んでいて大変楽しい.


(5)閉経
何故女性は閉経するのか.
まず寿命が伸びたことが進化的に新しいからだという説がある.確かに平均寿命は最近大きく伸びたが,それは幼児死亡率の低下が大きな要因であり,実際には進化的な過去にも60,70,80まで生きた女性は多くいたはずだ.

次にあまりに男性中心的な仮説がある.社会性の進化とともに中年を過ぎた男性にも繁殖のチャンスが増え,長寿適応が生じ,女性の長寿はその副産物としておこったというものだ.男性の長寿適応も疑わしいが,それで女性の寿命が延びた後何故閉経を生じなくさせる進化が生じないのかが説明できなければこの仮説に価値はない.


ハーディは慎重な母仮説を提唱した.閉経により体力衰えた後の最後の子供の子育てをよりうまくやれるようにする適応だという考え方だ.これはあり得ることだが,量的に検証されているわけではない.
次におばあちゃんとして孫育てをする方が包括適応度上有利だという説がある.(この2つの仮説は排他的ではない.だから厳密には区別できない)これも量的に検証されていない.さらに血縁集団のグループへの知恵の伝達上も有利ではないかという仮説も加わる.
バラシュはこのようなおばあちゃん仮説は,話としてはあり得るが,自分が繁殖をやめるコストを埋めきれないのではないかといっている.
バラシュは最後にマイケル・カントのメス分散社会における血縁度と繁殖コンフリクトの回避から説明する仮説を紹介している.バラシュはこれも十分にあり得るが,検証は難しいだろうとコメントしている.


以上がバラシュの議論のあらましだが,これら5つの謎はなお解決されているわけではない.バラシュのこの本は,このような普段当たり前と思うような問題が,よく考えてみるといかに不思議であるか,またそのような知的チャレンジに対し,様々な適応仮説を提出し,その有利不利を考察し,どのように検証すべきかを検討することが,いかに知的に実り多いかを示してくれている.
それにしても私達は自分自身についてさえ,わからないことをこんなにも多く抱えているのだ.そしてそれを突きとめようとする努力から生まれる様々な適応仮説を巡る議論は本当に興味深い.この世界は,このような身近な問題についてもなお知的にオープンに開いていて,私達を魅了してやまないのだ.そのことがよくわかる読んでいて楽しい知的にエキサイティングな本である.



関連書籍


バラシュの本

バラシュはたくさん本を書いているが代表作はまずこれだろう.

Myth of Monogamy: Fidelity and Infidelity in Animals and People

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邦訳 それにしてもひどい邦題だ

不倫のDNA―ヒトはなぜ浮気をするのか

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これは文学を進化心理学的に解釈してみようという本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060219

Madame Bovary's Ovaries: A Darwinian Look at Literature

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これは近刊.Mith of Monogamyの逆に,どのような場合に一夫一妻制になるかが主題のようで面白そうだ.

Strange Bedfellows: The Surprising Connection Between Sex, Evolution and Monogamy

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ヒトの女性の特徴についての究極因については,ズックのこの本の後半でも取り上げられている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20081103

性淘汰―ヒトは動物の性から何を学べるのか

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