「博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスの生涯」


博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスの生涯

博物学者アルフレッド・ラッセル・ウォレスの生涯



英国の伝記作家ピーター・レイビーによるアルフレッド・ラッセル・ウォレス*1の伝記(原題は「Alfred Russel Wallace. A Life」)である.様々なダーウィン本とあわせてダーウィン年の今年読むのにふさわしいと思った次第だ.


ウォレスはアマゾン,マレー諸島を標本採集しながら探索し,ダーウィンと独立に自然淘汰説を考えついたことで有名だ.そしてそれをダーウィンに手紙で知らせたことが,リンネ学会でダーウィンと連名で自然淘汰説の発表につながり,さらにダーウィンが「種の起源」を著すきっかけになったこと,そして終生,自然淘汰説はダーウィンの業績だとしてダーウィンを立てたことでも知られる.しかし実際にウォレスがマレー諸島からロンドンに帰ってきて以降どのような活動をしていたかはあまり知られていない.本書ではよく知られた前半生とともに後半生も詳しく語ってくれている.


前半生は生い立ちから始まり,アマゾンとマレー諸島での冒険がメインになる.ベイツの本でも感じることだが,標本採集への勤勉さとその蒐集にかける熱意とその結果取っている相当なリスクはなかなか印象的だ.本書ではその探索の日々に出会った様々な人との興隆についても詳しく書かれている.アマゾンからの帰りの船が沈没して数年間の努力が詰まったすべての標本,資料を失う(それどころか命まで危なかったのだ)が,すぐにマレー諸島に出発する不屈の闘志は後半生を暗示するものになっている.最後になんとかマレー諸島からフウチョウを生きて連れて帰ろうとする試み(もちろん相当な価格での買い手があってのことだ,インドでゴキブリが餌に最適であることを発見して安堵するくだりなどもある)も描かれていて,その努力とリスクの象徴的なエピソードになっている.


後半生はウォレスの人柄がよくでていてなかなか面白い.ウォレスは控えめな人柄だが,一旦正しいことだと信じると一歩も引かない性質で,激しい論争をいとわず,しかし論争をしても根に持たない,一言で言って善意と信念の人だということがよくわかる.
片方で生物分布についての優れた業績を上げ,自然淘汰説についても擁護者として名をはせながら,一方で社会主義者として土地国有化など社会改革について強い主張を持ち,さらに何故か心霊術にはまってしまう.心霊術については詐欺の可能性があることを理性ではわかっていながらも,そのうちのいくつかは真実だと信じてしまった.そしてそれはヒトの道徳や理性が自然淘汰では説明できないと考えたこととつながる.それらの混然とした主張はウォレス自身の中では一本筋が通った生き方であったのだ.
妻を愛し,家族を愛し,自然を愛し,(心霊術のこともあり)なかなかよい就職口に恵まれず苦労しながらも,最後は信念の人として,また自然淘汰説の共同発表者かつダーウィニズムの擁護者として認められる.(80歳を超えてからは世間の目は大変やさしくなったようだ)ある意味充実した生涯であったと言えるだろう.


本書では最後にダーウィンがウォレスの手紙の到着日付をごまかして何らかの細工をしたという疑惑*2について,ウォレスの終生一貫した態度とあわせ,ダーウィンの性格から考えてあり得ないと一蹴している.これは私も同感だ.ダーウィンの様々な伝記を読むと,彼が,学説の先取権より紳士としての名誉をはるかに重く考えていたことは明らかだと思われる.


全体としては特に奇をてらうわけではなく,淡々とした記述の正統的な伝記に仕上がっている.ウォレスの生物進化についての考えが特に詳しく書かれているわけでもないが,その人柄,そして最終的な考え方の背景が浮かび上がる仕掛けになっている.冒険の前半生,そして不屈の信念と善意の生涯の歴史として読むべき一冊だ.


関連書籍


原書

Alfred Russel Wallace: A Life

Alfred Russel Wallace: A Life



マレー諸島についてはやはりこの本を読まねば.

マレー諸島―オランウータンと極楽鳥の土地〈上〉 (ちくま学芸文庫)

マレー諸島―オランウータンと極楽鳥の土地〈上〉 (ちくま学芸文庫)

マレー諸島―オランウータンと極楽鳥の土地〈下〉 (ちくま学芸文庫)

マレー諸島―オランウータンと極楽鳥の土地〈下〉 (ちくま学芸文庫)

*1:Wallaceは昔は確かにウォーレスと表記されていたことが多かった.ちくま学芸文庫のマレー諸島などはウォーレスと表記していたし,教科書などでも東南アジアの地理区分境界線はウォーレス線だったはずだ.しかし最近ではウォレスが主流のようだ.本ブログでもこれからはウォレスと表記することにしよう

*2:マッキニー1972,ブラックマン1980,ブルックス1984などで表明されている