「ネット評判社会」

ネット評判社会 (NTT出版ライブラリーレゾナント057)

ネット評判社会 (NTT出版ライブラリーレゾナント057)


山岸俊男と吉開範章によるネット社会における「信頼社会と安心社会」にかかる本である.
山岸俊男は著名な社会心理学者であり,ヒトの社会において相手からだまされずに取引する仕組みとして「安心社会」と「信頼社会」があると提唱している.簡単に言うと「安心社会」とは,そこから出入りが難しい集団を形成し,その中での裏切りコストを高くしてこの取引における裏切り問題を解決している社会であり,「信頼社会」とはオープンな社会の中で,人と人が互いに信頼できる関係を個別に築いていくことにより解決しようとしている社会だということになる.そして山岸は日本社会はこれまで安心社会型であったが,世界情勢の中では,そのコストの高さからこれを維持していくことは難しくなっており,今後は日本も信頼社会型に変わっていくべきだと過去の著書で主張している.
では現在進行中のインターネットの社会への浸透を踏まえると,この問題はどう捉え直すべきなのかということが本書の主題になっている.


本書では,まず第1章で過去の山岸の主張をおさらいしている.安心社会について「針千本マシン」を持ち出して解説していていかにも社会心理学者らしい例えで面白い.
第2章では過去の歴史からこのような安心社会と信頼社会の例を示している.11世紀地中海貿易で栄えたユダヤ人商人(マグリブ商人),江戸時代の株仲間は,エージェント問題に対して,集団を閉ざしておいてその中で評判を回すという安心社会型の解決システムを使っており,マグリブ商人に取って代わったジェノバ商人は法律や裁判所の制度を整備するという信頼社会型の解決を用いていたという.ではもう一方のベネチア商人はどうだったのかについては興味が持たれるがここでは触れられていない.


第3章,第4章ではネット社会でここがどうなっているかを見ていく.様々なオークションサイトは基本的に参加者を閉鎖的なシステムに取り込むことができない.(いつでも新しいIDで再参入できる)そして様々なサイトは様々な評判システムを導入してこの問題を図っており,ある程度効果を上げているようだ.
著者たちは仮想的なオークションゲームを構築してこれが何故ある程度うまくワークするのかを調べている.調査の結果,評判情報がネガティブ情報「こいつは信用できない」であれば,いつでもIDを変えて再参入されるためにワークしないが,ポジティブ情報「こいつは信用できる」であれば,その評判を作り上げるのに時間とコストがかかるためにワークするという結論を得ている.

しかしこれらは完璧ではない.著者が指摘する最大の問題は評判をつける人に正しい評判をつける動機付けを与えることが難しいことだ.これを「大学の教授の授業評価を学生にやらせると必ずしもよい授業を行う教授が高得点が得られるとは限らない」という例を挙げて説明していたりして面白い.
アマゾンやeBayではレビューワーに対してさらに評点をつけるシステム(メタ評価システム)を導入することによりこの問題を極小化している.(もっともこれは原理的にはどこまで行っても最後の評点者の動機付けの問題として残るだろう.)
これに対して学術誌では査読者がピアレビューすることになっているが.査読者に対しての評価は編集者に頼っていることになる.著者たちは学術誌を電子化し,投稿論文は(最低限の基準を満たしていれば)全部公開して,読者はそれまでの自分が得た評点によって重み付けされた年間ポイント分だけ評価できるというメタ評価システムにすればいいのではないかと提案している.

またネットオークションについては,小さな取引でポイントを上げて大きな詐欺という手法への対抗策,オークションを合理化するビックレー方式,スラッシュドットモデレーションシステム,ネットワーク解析,テキスト分析による評価情報抽出の技術なども解説されている.このあたりはちょっとした蘊蓄で面白い.

最終的な結論という形にはまとまっていないが,実社会とは異なるうまい評判システムを構築していけば,ネット社会においても信頼社会を築けるはずだというのが著者たちのメッセージであろう.


最後の第5章では中国人と日本人の,「一般的な他者への信頼感」の調査の結果を取り上げている.メラミン事件などを見ると中国人の方が一般的他者への信頼感は低いように思うが,調査結果ではロバストに中国人の方が高いという結果が出る.著者は様々な考察を行った結果,日本は集団閉鎖的な安心社会であったので,外集団の人に対しては非常に低い信頼感しか持たないという生き方をしてきたが,中国人の場合には大家族的血縁,個人的なコネしか頼るものがなかったために,個人個人で相手が信頼できるかどうか見極めなければならず,そのためにデフォルトではまず信頼してみて相互関係を作りに行くのだろうと推測している.なかなか面白い考察だ.最後に著者は信頼社会を築くには相手に対する目利きが必要になると強調して本書を終えている.


山岸の「安心社会と信頼社会」の主張は一貫していて,もう一度今日的に復習するにはとてもよい本だと思う.ネット社会における信頼社会の構築については,ポジティブ評判が重要であること,評価者への動機付けがポイントであることがよくわかる.ネットのちょっと面白い話題もちりばめられていて楽しく読める軽めの本だ.




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