グラント夫妻「京都賞」受賞記念東京講演会

shorebird2009-11-18 

"Evolution of Darwin's Finches" by Peter & Rosemary Grant


今年の京都賞受賞者で,ガラパゴス諸島のダーウィンフィンチの研究で有名(もっと正確に言うとジョナサン・ワイナーの「フィンチの嘴」で有名な)ピーターとローズマリーのグラント夫妻の講演会が東大本郷キャンパスで11月16日に開かれた.ご夫妻は昨週から京都で授賞式や受賞講演,さらに京都観光などを楽しまれ,訪日最後の日に東京でも講演を引き受けてくださったということらしい.主催は日本動物学会と日本ガラパゴスの会の共催で,日本進化学会,日本鳥学会,日本生態学会が後援している.場所は先日の日本人類学会のシンポジウムと同じ東大の赤門脇の理学2号館の講堂だ.


最初に主催者を代表して樋口広芳先生から挨拶とともにグラント夫妻の紹介がある.研究者になってからは常に同じ大学に所属し,すべての研究を共同で行い,すべての賞を同時受賞しているそうだ.今日の後援も最初の半分をピーターが,残りの半分をローズマリーが行うという段取りだった.


講演


「Peter Grantの部」


講演は近著「How & Why Species Multiply: The Radiation of Darwin's Finches」のスライドを映しながら始まる.主題はダーウィンフィンチの適応放散についてということで,その種分岐は,どのように,どうして起こるのかを解説しようということだと説明がある.


ダーウィンは進化のコアは種分岐だと考えていた,そしてそれがどうして始まるのかについてはある程度クリアーな考えを持っていたが,どのように完成するのかについてはよくわからなかった.どのように完成するかについてはマラーは集団遺伝学の立場から,長い期間集団が分離することから遺伝的な隔離が生じることによって完成すると主張した.


この点についてガラパゴス諸島のダーウィンフィンチで研究してきた.ダーウィンフィンチは,大陸の近縁種と分岐してから2, 3百万年と若く,14種が異なる生態ニッチに適応し,これまでヒトの攪乱による絶滅が生じていないという点で独特だ.


環境への適応による多様化について
ダーウィンフィンチはクチバシ以外の形態や色は似通っており,配偶行動も同じだ.しかしクチバシはその食性に応じて多様化している.餌である種子のサイズとクチバシの深さは相関し,種子のバイオマスとフィンチのバイオマスも相関する.またクチバシの深さを横軸に取り,種子の大きさから期待される個体密度を縦軸にとると,それぞれの島に1つから3つの個別のピークが現れ(つまりこれが生態的ニッチになる),そして実際に予想されたピークの近くにフィンチが見つかる.またこの際にピークごとに別種が,1つのピークには必ず1種のみが対応する.
同じ種でも別の島では別の餌をとる.例えばウルフ島では,昆虫食の種が,夏期にはカツオドリをつついて吸血する.


このプロセスを見るためにダフネ・メジャーという島で,捕獲して標識をつけて全数調査を長期間行っている.
まず集団の中のクチバシの変異には遺伝率がある(h2=0.74)そしてクチバシの発生についてはその太さと長さに関する2つの独立の遺伝子が見つかっている.
クチバシは大きなクチバシの方が大きな種子を割れるので,干ばつの時には大きなアドバンテージになる.観察期間中に干ばつがあったがそこでは有意にクチバシのサイズが大きくなった.これは明瞭な自然淘汰の例であり,これを聞いてもダーウィンは驚かなかっただろう.(ここでエルニーニョとそうでないことに降水量のグラフ,エルニーニョ時の降水の多い時期と干ばつ時の植生の様子の差などがスライドで紹介される)降水があり食べ物が豊かなときにはクチバシの小さな方が有利なので,クチバシの大きさは環境変化につれて振動している.また競合種が侵入した場合にはそれと離れた方向にクチバシの大きさが動く,これも観察できた.


「Rosemary Grantの部」


ここで講演者が交替

さて変異はどのように保たれ,そして生殖バリアは何かが後半の主題だ.
交雑のバリアについてはダフネメジャーのGeospiza fortisGeospiza magnirostris の間で調べた.結論から言うと,さえずりとクチバシの大きさなどの形態の両方で交尾前隔離効果がある.しかしさえずりの方が圧倒的に重要だ.
さえずりと形態のそれぞれについて,自分と同じ種かどうか区別できるかを実験で確認した.どちらもできる.クチバシは遺伝によって決まるが,さえずりは生後10日から40日の間の刷り込み学習によって決まる.実際には父親のさえずりを聞いておぼえるのだが,父親の死亡や巣の乗っ取りやうるさい隣人などのために1%程度の誤刷り込みが生じる.そして実際の交雑の事例を見ると,まずさえずりについて誤刷り込みを生じていることが必要条件になっていて,その中で形態が似ているものが交雑しやすい.このため誤刷り込みの後に戻し交配が連続し,遺伝子交流がありながら,おおむね隔離は保たれるという状況が生じる.


では交尾後隔離はどうか.中間形は安定した環境下ではニッチ間に落ちるために不利になる.しかし環境が大きく変化したときには死亡率に差はない.つまり遺伝的な隔離はまだ生じていない.


ある種 Geospiza scandens について交雑程度を経時的に測ってみたが,交雑を起こしている近隣種との遺伝的距離は20年間で60%まで減少していた.つまり実際に種分岐が逆転しかけていることがあるのだ.
片方ではこのような交雑による遺伝子交流は集団内の変異を大きく保ち,自然淘汰が効くのに非常に重要であると思われる.


結局鳥類で遺伝的な隔離が生じるためには平均32百万年程度かかるという研究もあるように,それまでの間は交尾前の隔離が重要であるようだ.ダーウィンフィンチの場合にはこれはさえずりによっている.またダーウィンフィンチの場合には時折生じる交雑が,変異を多く保つ効果を上げている.進化プロセスは環境の影響を受けて非常にダイナミックなのだ.



なかなか面白い講演だった.当然ながらガラパゴスの植生やダーウィンフィンチの美しい写真が多く使われ,提示されたグラフもわかりやすい.素速く環境に追随する適応進化という内容は有名だが,今日の講演では遺伝子発現の詳細や,交尾前隔離,交雑の重要性なども説明されていてなかなか興味深い内容だった.


講演後の質疑もたっぷり時間をとっていて楽しめた.英語オンリーであったが,なかなか鋭い質問も飛んで面白かった.(これはラマルク進化でも説明できるのではという的外れの質問だけはちょっといただけなかったが)興味深かったやりとりをいくつか紹介しておこう.

  • クチバシの形態はさえずりに影響しないのか:さえずりには個体差が大きく,それは大変興味深いところなのでいろいろ調べた.残念ながら影響は検出されなかった.
  • 交雑が多様性にどこまで影響を与えているのかを島の位置や同所種数によって検証できるのではないか:面白い問題だ.ダフネへの侵入では最初は数個体で後に多くが飛来した.このときには近交弱勢も観測できた.離れた島に1種のみという状況はココス島で実現しているが,残念ながら個体数が多く,様々なニッチに適応した個体群がいるので多様性も高いという結果になっている.
  • 性淘汰は:これもいろいろ調べた,ダーウィンフィンチのオスはなわばりを構え,それをメスが訪れるという形をとる.これまでのところは年齢以外の配偶選好は見つかっていない.
  • 地球温暖化の影響は:温暖化でエルニーニョとそれに続く干ばつがきつくなるだろうと予測されている.これまでのところそのような影響は出ていない.実際にきつくなれば当然様々な影響があるだろう
  • 種識別は,繁殖期前の群れ段階でも生じるのではないか:実際には混群になっている.食性も個体ベースで試行錯誤して適応しているようだ.
  • 侵入種やヒトの影響は:局地的にも絶滅した個体群は,一部の島のマングローブフィンチのみ.これはヒトによる攪乱というよりもマングローブ自体が縮小した結果だと思われる.病原体を運ぶ昆虫などについては心配なものが2種ある.


最後にホスト役の樋口先生から今後の研究の進む方向を聞かれて,どのように生殖隔離が進化するかをまず研究していてこれはまさに今日論文が掲載される予定だ.遺伝学的に知見も増えていて,たくさんのアイデアとたくさんの疑問があって時間が足りないのだとうれしそうに答えていたのが印象的だった.


その後に開かれた懇親会にも参加して,グラント夫妻の人となりを近くで拝見できた.大変穏やかで気さくな方であり,仲のよいご夫婦ぶりであった.






Darwin's finches or Galapagos finches. Darwin, 1845. Journal of researches into the natural history and geology of the countries visited during the voyage of H.M.S. Beagle round the world, under the Command of Capt. Fitz Roy, R.N. 2d edition.


関連書籍


本日の講演のもとになった本だ.




最近ご夫妻の娘さんが書いたダーウィンとガラパゴスに関する本だということだ.

Darwin in Galapagos: Footsteps to a New World

Darwin in Galapagos: Footsteps to a New World



樋口先生の翻訳