「How and Why Species Multiply」

How & Why Species Multiply: The Radiation of Darwin's Finches (Princeton Series in Evolutionary Biology)

How & Why Species Multiply: The Radiation of Darwin's Finches (Princeton Series in Evolutionary Biology)


これは2009年の京都賞受賞者であるピーター&ローズマリー・グラント夫妻による30年にわたるガラパゴス諸島ダーウィンフィンチにかかる研究の総まとめの本だ.グラント夫妻によるダーウィンフィンチの研究はジョナサン・ワイナーによる「フィンチの嘴」によって広く知られるところとなっているが,そこで紹介されていたのは,環境の変化に対して,わずかな時間で集団の形質が自然淘汰によって変化することだった.しかしもちろん夫妻の研究はそれだけではない.本書では様々な知見が紹介されている.私は夫妻の京都賞受賞の記念講演会があると聞いて予習のために読み始めた.講演時にはおおむね読み終えており,おかげで大変良く理解できた.(講演会についてはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20091118 参照)


夫妻の30年にわたる研究の問題意識は,ダーウィンフィンチはどこからきて,どのように分岐し,何故これほど多様になったのかということだ.
本書では,まずガラパゴス諸島のあらまし,ダーウィンフィンチの分類と分布,その生態から説明される.ダーウィンフィンチはムシクイフィンチ,ツリーフィンチ,ベジタリアンフィンチ,地上フィンチに大きく分かれ,(このほかに遠く離れたココス島にのみ生息するココスフィンチがいる)それぞれ,昆虫と花蜜,昆虫,植物,種子・昆虫.果実を食べるようにクチバシの形態が適応している.全部で14種(諸説あるらしい,本書ではその分類の論争になっている点についてもきちんと解説されている)生息し,多くの種は複数の島に分布し,ヒトによる環境攪乱で絶滅した種がいない.


次は起源と系統樹だ.起源は南アメリカの種子食のTanagerの仲間であり,飛来したのはおおむね2百万年前と新しい.単系統と見て間違いなく,大陸からの飛来は一回だけ,遺伝的多様性から見てある程度の集団で飛来したのだと思われる.(分子的なデータからの系統樹には,ムシクイフィンチとココスフィンチの分岐,地上フィンチの1種に形態からの分類と合わないところがある)またこの期間のガラパゴス諸島は火山活動が活発で,気候は徐々に寒冷,乾燥化が進み,最近ではエルニーニョによる気候の振動がある.分岐のスピードは前半ではゆっくりで,後半の百万年では加速している.


では分岐はいかにして生じたのか.ここではダーウィンフィンチ研究の先駆者デイヴィッド・ラックの異所的種分化モデルを紹介し,ダーウィンフィンチがそれに適合しているかを調べていく.ここは本書の中心部分であり非常に詳しく5章にわたって論じられている.
まず環境に対するクチバシの形態の適応については「フィンチの嘴」でも紹介された通りに強い証拠がある.ニッチを巡る競争についても検証されている.このあたりはデータも詳細で大変説得的だ.素速い適応が生じている点については分岐時にも当然そうなっているはずで,分岐は環境の振動に合わせて行きつ戻りつしながら進んだだろうとも示唆されている.またクチバシの形態変化についてはその遺伝子についてもある程度わかってきている.
次に交雑隔離に関しては異所的モデルでは,異所的に隔離されているうちに交雑に関する遺伝的不適合(つまり交尾後交雑隔離)が完成していることが想定されているが,ダーウィンフィンチでは同所的に分布する種間において交尾前隔離はあるものの,遺伝的不適合は生じていない.またマイアのいう小集団の創始者効果や近交弱勢も予測ほど観測されない.交尾前隔離としては,主に父親のさえずりに対する刷り込み学習による隔離メカニズムが効いている.しかしこれは完全ではなく,同所的な種間には実際に1%程度の交雑が生じている.そしてここは非常に興味深いところだが,さえずり学習による隔離メカニズムがあるので,交雑雑種F1はどちらの親種とも簡単に交雑するということにはならずに99%父親種とのみ交配することになる.つまり一度交雑してもその後は繰り返し戻し交配が生じる形になり,集団の分離は維持されながら遺伝子は交流し,両種ともに遺伝的多様性が保たれるというのだ.遺伝的多様性が保たれることにより,ダーウィンフィンチは環境変化に対して素速く自然淘汰を受けることができる.また上述の系統樹についても交雑により形態からの分類との食い違いを説明することができるかもしれないと主張されている.


次の章では,ダーウィンフィンチ全体の適応放散の歴史を再構成して見せ,また適応地形の変化が与える影響について,追随して分化するケース,ドリフトで飛び越えるケース,別の島から飛来するケースなどをあげて議論している.その中では島ごとの種子分布から適応地形を予測し,その通りに種が分布しているかどうかを検証している分析が紹介されていて,大変興味深い.


またダーウィンフィンチは,何故これほど多様なのかも問題にしている.ガラパゴス諸島には様々な動物が分布しているが,これほど分化した種はいない.次に分化しているのはマネシツグミの4種だ.著者たちは,これには,諸島という条件,最初に飛来した動物群であるという理由もあるが,それだけでは説明できず,ダーウィンフィンチの固有の特質が影響を与えているのだと議論している.
それは,学習による行動の可塑性があること(これによって様々な種子をトライアンドエラーで食べることができ,クチバシの形態進化を速めることができる)そして上述した学習によるさえずりの交尾前隔離があり,交雑しつつ分離できることだという主張だ.この議論はなかなか説得的で面白い.*1


著者は種分岐の統合理論に向けての試みを行った後で,最後に今後のリサーチの展望についても語っている.分布域の歴史,より完全な系統樹の構築,異所的分布種の交雑可能性,分岐率の要因,交雑の長期的影響,温暖化の影響,さらに遺伝的な技術を用いた様々な展望をあげており,30年を経てなおダーウィンフィンチに魅せられている著者たちの情熱がよくわかる.


とにもかくにも30年の総まとめという充実した一冊だ.そのリサーチの徹底ぶりがよくわかるし,挟み込まれている写真も美しい.ダーウィンファンであり,かつバードウォッチャーとしての私に,「死ぬまでに是非一度はガラパゴス巡りをし,14種すべてをこの目でチェックしたい」という果てない野望あるいは妄想を抱かせてくれた一冊でもある.



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フィンチの嘴―ガラパゴスで起きている種の変貌 (ハヤカワ・ノンフィクション文庫)

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The Beak of the Finch: A Story of Evolution in Our Time

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*1:そもそも日本には留鳥であるフィンチはカワラヒワしか分布せず,シベリアなどから飛来する広域の渡り鳥を含めても通常観察できるフィンチは20種に満たない.それに比較するとガラパゴスのフィンチは非常に多様だ.もちろん競合する鳥類がいないからこそ適応放散しているのであって単純な比較はできないだろうが,ほぼ同時期に飛来したと考えられるマネシツグミと比較しても何らかのダーウィンフィンチの特殊性がキーになっているという主張は頷ける