「The Greatest Show on Earth」 第5章 私達の目の前で

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution


通常進化が生じるには時間がかかる.しかしヒトの寿命の範囲内で進化が生じていることが目撃できる場合がある.ドーキンスのいう探偵の比喩であればこれは現行犯ということになり強力な証拠になるだろう.第5章はそのような証拠に関する章だ.
通常そのような例として思い浮かぶのは,細菌,ウィルスなどの薬剤耐性進化とか,魚の大きさにかかる漁業規制が対象魚類を小型化させる例,あるいはグラント夫妻によるダーウィンフィンチのクチバシの形態進化の例だが,ドーキンスはゾウから始めている.これは世代が長く,わずかな増加率であっても,淘汰が働いたに違いないことを示すためにダーウィンが「種の起源」で使った例と同じであり,本書のオマージュとしての性格を良く示している.


ウガンダアフリカゾウは1925年から1958の間に牙が有意に小さくなっていて,これは象牙を狙う狩猟圧による自然淘汰の結果である可能性がある.アジアゾウの牙が小さいのは長年の狩猟圧の結果という推測も紹介されている.もっともアフリカでこそゾウは人類と長く共存してきたわけだからやや説得力には欠けるだろう.アジアの方がより象牙を珍重してきたということなのかもしれないが.
わかりやすい脊椎動物例としてはこの後クロアチアの小島のトカゲの例(昆虫食のトカゲが新しく島に放されたことにより夏期に植物食を強いられ,頭部が大きくなったもの)が紹介されている.


その次はレンスキたちによるエレガントなバクテリアの実験例が紹介されている.ドーキンスはこの20年以上にわたる実験を大変高く評価していて非常に丁寧に紹介している.当初同じクローン系列から12株のバクテリアを取り,フラスコで1日増殖させ,その一部をまた翌日増殖させるということを20年間12系列行い,その際に少量のサンプルを冷凍して「化石」を残しておくという念入りなものだ.
様々な突然変異が各系列に様々な順序で生じて適応進化を起こしている様子が見事にわかるいい実験データになっている.その中には,一定の前提条件の下でのみ生じる変異によりクエン酸利用が可能になる進化もあり,それを「化石」を用いて検証可能な予測,そしてその検証というステップを踏んだものも含まれている.
この実験をドーキンスは「ランダムな突然変異とそれに続くノンランダムな自然淘汰,個別のルートを通る適応,有利な突然変異が与える影響,ある遺伝子のある効果が別の遺伝子の存在に依存していること,それらがすべて短い時間の中で生じた」ということを見事に示していると総括している.


なおこの実験にかみついた創造論者(創造論者御用達のウィキペディアのパチもの「コンサーバペディア」の編集者シャラフライ,彼は法律家であって論文の主旨も理解できていないにもかかわらず実験のデータを全部見せろと執拗に要求している)とレンスキのやりとりが有名な科学ブログ,PZマイヤーズによる「Pharyngula」で紹介されたことも伝えている.これはレンスキが前段にその要求に対して丁寧に答えたにもかかわらす執拗なシャラフライの態度にぴしゃっと返している返事を全文にわたり紹介しているもので,出だしは「Once again, Richard Lenski has replied to the goons and fools at Conservapædia, and boy, does he ever outclass them.」となっている.「もう一度,リチャード・レンスキはコンサーバペディアのならず者とアホどもに返事をしたようだ.あいつらより圧倒的に優れているじゃないか」というところだろうか.

原典「Lenski gives Conservapædia a lesson」http://scienceblogs.com/pharyngula/2008/06/lenski_gives_conservapdia_a_le.phpに当たってみたが,この徹底的な内容には笑える.
なおシャラフライはこれに懲りずになお論文の掲載雑誌にまで要求を繰り返し,慇懃に断られているようだ.このブログを読む限り,サラ・ペイリンと並ぶ厚かまし創造論者の代表格ということらしい.


ドーキンスバクテリアの話題に関連して耐性菌のことも触れている.ここでは病院の待合室の「抗生物質を使い切りましょう」のパンフレットに「細菌はクレバーで,抗生物質の処理を学習する」と書いてあることにかみついている.「こんなことを信じるお馬鹿はいないし,もし細菌が学習するというなら抗生物質を飲みきることにどんな意味があるのだろうか」というわけだ.せっかくの自然淘汰のきちんとした説明の機会を無駄にしているということへのいらだちというところだろうか.


日本ではどう説明しているのだろうか?あまり注意して待合室のパンフレットを見たことはないが,まさか「細菌が学習する」とは書いていないだろう.いやそれともそのようなパンフもあるのだろうか?


ドーキンスが最後に紹介するのはエンドラーによるグッピーの実験だ.(ここでは,エンドラーが飛行機の中でとなりの紳士から話しかけられ,自分の研究について話したところ,その理屈を全部理解して興味深そうにしていた紳士が,その理論の名前がダーウィン自然淘汰と聞いたとたんに真っ赤になって顔を背け二度と口をきかなかったというエピソードが語られていて面白い.真っ赤になったのは怒りのためか恥ずかしさのためかまでは書かれていないが,知的好奇心まで制限されるとは信仰を持って生きるのも大変だ)
グッピーのオスの派手な色調は,捕食圧による保護色への淘汰圧と性淘汰による派手な色調への淘汰圧のトレードオフの上にあることはよく読むことがあるが,それをエレガントな実験で示したものだ.面白いのは,一部野外でも実験を行っていて9年後に行ってみるとさらに進んだ結果が観察されたというところだ.これも目の前で進化が見えるいい例だろう.


ドーキンスは本章の最後で,進化は上記のように非常に早く進むこともあるが,非常に遅いこともあるのだといい「生きた化石」についても触れている.ドーキンスのお気に入りはカブトガニでもシーラカンスでもなく腕足類だということだ.化石の話は次章への導入ということだろう.


関連書籍

The Evolution Explosion: How Humans Cause Rapid Evolutionary Change

The Evolution Explosion: How Humans Cause Rapid Evolutionary Change

ちょっと古いがヒトの介入により目の前で進む進化についての本.
耐性菌,HIV,殺虫剤耐性昆虫,漁業規制の与える影響,遺伝子技術,現代のヒトにかかる影響などが書かれている.