HBESJ 2009 FUKUOKA 参加日誌 その1

 
第2回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日 その1
shorebird2009-12-21
長らく研究会だったHBESJが学会化され,日本人間行動進化学会となって昨年立ち上がった.第1回は国際大会をかねてHBES 2008 KYOTOとして開催され,今年は第2回ということで福岡で12月12日(土),13日(日)と開かれた.

福岡は何度行ってもこの空港からのアクセスの良さが感動的だ.今回の会場は九州大学のキャンパスではなく,九州大学西新プラザというこぢんまりとしたところ.中州,天神からはちょっと西に入ったところで,地下鉄の駅では「唐人町」と「西新」の間ぐらい,ちょっとぶらついてみた感じでは東京でいえば「唐人町」が「日比谷」で「西新」は「新橋」といった感じだろうか.今回は会場から最も近いところにあるので奮発してヤフードームとなりのJALリゾートシーホークホテルに投宿してみた.リゾートと名打つだけあって30階から見える海辺の風景はなかなかだ.



学会初日


12日土曜日の午後1時からスタート.最初に会長の長谷川眞理子先生から挨拶に代えて,マーゴ・ウィルソンへの追悼のお言葉があり,マーゴとマーチンのご夫妻と長谷川ご夫妻は,1990年頃,最初にシシリー島の国際学会で知り合い,そのときに人間の研究を強く勧められて現在に至っていることなどを話されていた.昨年の京都大会では元気でご夫婦で発表されていたと思うと残念でならない.私もここで謹んで哀悼の意を捧げたいと思う.




口頭発表


さて初日は口頭発表セッションから始まる.ここからは敬称は略し,発表者のみ表記させていただくこととする.


「群盲象をなでる」 西條辰義


経済学の制度デザイン研究者西條からの方法論的な批判にかかる発表.原題は「Blind Men and the Elephant: A Critique of Model Building on Cooperation in the Provision of Public Goods」

ヒトの行動を説明するのに,心理学は感情から,政治学は権力から,経済学は動機から,社会学は規範から考察している.それぞれ同じ題材を違った角度から見ているのだが,制度デザインの立場から見ると別の畑の研究者のとっているフレームが適切に思えない,具体的には公共財の供給問題を例にとって現在の進化心理学者の多くとっているモデル構築の妥当性に問題があるのではないかという内容.
通常の進化ゲーム的な分析では各当事者の選択肢は2つしかないものが多いが.これを連続的に拡張してやるとフリーライド的戦略,ナッシュ均衡的戦略,パレート最適的な戦略,すべて協力戦略に移り変わっていくようにできる.こうやって眺めると通常のゲーム分析ではこの中からナッシュ均衡的戦略とパレート最適的な戦略だけを恣意的に切り取っていることがわかる.
また利他的なパニッシャーを説明しようとスパイト的な戦略をよく取り上げているが,これもおかしい.そもそも社会は私的制裁を認めていないのだから何故これを取り上げるのか疑問というのが主な内容.


前半はいかにもゲーム理論経済学的な視点で面白い.途中ではジョークとして,生物学者はこのような分析でもネイチャーやサイエンスに載るので経済学者にはエンヴィーがあるのだと笑わせていた.
後半は良く理解できない主張で,社会が現在制度的に認めていないとしても,ヒトの感情に懲罰的なものが事実としてあるのだから,その進化を説明しようと分析するのは当たり前で,西條の主張は理解できなかった.


「なぜ男性は女性の身体形質に強い好みを示すのか?」 中橋渉


何故男性は女性を獲得する競争は激しくなるのにもかかわらず,女性に美しさを求めるのか?というのが問題意識.繁殖にかかる性的二型形質があって,より繁殖向きの女性への線形の好みが男性にあると,その結果女性から見て本来の最適な位置より,より女性的な形質の方にピークが移動するというもの.

単に非常に粗い性淘汰モデルであるだけのような印象だった.何故男性の好みが線形でなければならないのかも説明されないし,遺伝子の質を何らかのシグナルで表しているという視点もなく,さらにフィッシャー,ザハビ=グラフェン的な分析もないというように思われる.


「文化にかかる系統樹的手法が人類の政治的組織化の通常の課程を解明する」 Thomas Currie


原題は「Cultural phylogenetic methods reveal regular sequence in the evolution of human political organization」.これまでの政治組織化はラダー的な観念で,狩猟採集社会から一直線に高度な政治形態に向かって進むというフレームであったが,これはダーウィン的な分岐による系統樹的な見方の方がよいのではないかという問題意識.
実際に示されたのはオーストロネシアの諸言語に見られる移行をベイズ的に分析して系統樹を作ってみたもの.地域によって系統樹の形が大きく異なる結果が出ていて興味深い.


「内集団偏向の進化に関する文化進化モデル」 井原泰雄


ヒトにおける内集団びいきは民族標識のような何らかの標識をキーにして行われることが多いので,その進化をゲーム理論的に分析したもの.まず調整ゲームではそれは進化できること,そしてタカハトゲームでも可能だと議論されていた.

しかしここでは信号の正直さが前提となっていて「だまし」の問題が考えられていなく,あまり意味はないように思われる.


「ヒトとチンパンジーにおける要求に応じた利他行動」 山本真也


チンパンジーの利他行動を調べた研究.
2頭のチンパンジーを,互いに自分のケージにある投入口にコインを入れると相手のところに報酬が出るという形に設定すると,最初はコインを入れる行動も見られるが,そのうち入れなくなる.では明示的な要求行動があればどうかを調べたもの.
ケージ間に手を差し入れられるような穴を開けておき,とって欲しいものを手で指し示すことができるようにするとチンパンジーは相手の欲しい道具をとってあげるという行動をとる.
とってあげた場合の3/4は要求行動があった場合で,母子間では相互に要求行動をとるが,そうでない場合は要求行動を行うのは優位個体がほとんどということになる.
またどの道具をとって欲しいのかについて,状況が見えていればわかっているようだ.


「サンクション行動の種類とそれが後続の相互作用に及ぼす影響」 渡部幹


社会的ジレンマ状況での解決には,非協力者に対する罰や報酬が有効とされるが,そのような罰や報酬を与えるものはどのように報われるかに関する研究.特にパニッシャー(罰を与えるもの)についてはどのようなものがあるのかについて問題が指摘されている.

この研究はヴィニエットを用いたアンケート調査によるもの.
先行研究(堀田&山岸)ではパニッシャーはそうでないものよりフェアだと周りから思われるという結果がある.今回パニッシャーとリワーダー(報酬を与えるもの)を比較して調べてみると,パニッシャーは特にフェアだと思われるわけではなく,タフだと思われている(チキンゲームの相手として避けられる)という結果を得たというもの.

つまり,このようなパニッシャーは,タフな相手であるのでカモられにくくなるという利益があるという説明になる.このパニッシャーの利益は何かという問題は本大会では後にも現れ,大変興味深いことがよくわかった.


「選好と行動選択の相互作用を考慮した社会規範の進化ゲーム理論的分析」 関口卓也


調整ゲームにおいては他人と同じ戦略をとることが重要であるが,自らの好みとずれるという状況が生じるかどうかを調べたもの.単純な遺伝モデルでは自分の選好と戦略が一致した方が適応度が上がるという形にすると当然ながら一致した個体のみに進化するが,ここで同世代からの文化伝達,上の世代からの斜めの文化伝達をモデルに入れると選好と戦略がずれた状態に進化しうるというもの.




ここまでで初日の口頭発表は終了だ.





これは昼食にいただいた西新にあるラーメン屋さんの博多ラーメン




この項続く