「The Greatest Show on Earth」 第10章 親戚関係の樹 その2

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution

The Greatest Show on Earth: The Evidence for Evolution


ドーキンスによる進化の証拠としての「系統樹」.本章の前半で形態から見た相同を議論したドーキンスは後半で分子的証拠に移る.これはもちろんダーウィンの時代には知られていなかったところだ.ドーキンスは今回の本書のキャンペーンインタビューで,進化の最も強力な証拠は何かと聞かれて,地理的分布と並んで分子系統樹をあげている.確かにその意味がわかればあまりに強力な証拠ということができるだろう.


ドーキンスはゲノムに何が書き込まれているかに軽く触れた後,現生動物間の近縁性を知りたいならゲノムデータを比較すればいいのだと説明し,ヒューマンゲノムプロジェクト,将来的にはすべてのゲノムが安価に全部解読できるだろうこと,現状のわずかなサンプルでも素晴らしい結果が得られることと進んでいく.

ここからこれまでのゲノム比較方法の科学史に入り,ウィルソンとサリッチの頃のウサギ抗体を使った方法,DNA配列を直接調べる最初の方法であるDNAハイブリダイゼーション法,最近の直接解読法と並べる.


次に近縁性のデータをどう使うのかの説明に入る.調べたい動物を縦横にしたマトリクスを作りそこに類似度の数字を入れていく.そしてここから系統樹を作っていく(この方法的数学的詳細については「祖先の物語」のテナガザルの章でかなり詳しく書いているということもあって省略している).そして最も強い進化の証拠は,同じ動物群から得た,異なるタンパク質や遺伝子から作った複数の系統樹が見事に(誤差の範囲内で)一致することだ.具体例としては1982年のペニーのリサーチが紹介されている.


ここまでのドーキンスの説明は一気に進み,まことによどみがなく見事だ.あまりに強力な証拠であり,創造論者はここを議論しようともしないのだろう.


というわけでドーキンスは本題終了ということで,ここからやや自由に書いている.まずゲノム読解スピードの向上がムーアの法則とよく似た指数関数的向上であることを紹介している.ドーキンスもいっているが,これは読解作業の効率上限がコンピュータの演算能力によって決められる部分が大きいことから直接に関連しているのだろう.ただこれまでの向上速度はムーアの法則よりやや遅いようだ.演算能力以外の制限要因も少しあるということだろうか.


また,最新の系統樹を1つ載せておこうということだろう,デイヴィッド・ヒリスによる現生生物3000種以上を円環上に配置する系統樹を載せている.なお邦訳書である「進化の存在証明」にもこの図は転載されているが,残念なことにキャプションに誤植があり,真性細菌(バクテリア)であるべきところが古細菌とされている.本来古細菌(アーケア)と表示されるべきなのはそのとなりの部分(図ではキャプションが落ちている)だ.


ドーキンスはここまで分子系統樹について述べた後で,時計の章で説明をしていなかった分子時計について解説を始める.分子時計自体は進化があったことが前提に時間を計ろうというものなので進化の証拠ということにはならない.しかし非常に魅力的な時計なので説明しておきたいということだろう.

ドーキンスは何かが時計になるためには,何か一定のペースで進むものがあることが必要だと説明を始める.そして中立的な突然変異が一定のペースで進むことを中立説を紹介しながら説明している.このあたりも「祖先の物語」の旧口動物の章のカギムシのところで詳しく説明しているところだ.
ドーキンスは(「祖先の物語」に続いて)中立説は現代の進化生物学に受け入れられているとはっきり言明し,「私は典型的適応主義者と思われているので,読者は私が中立説を支持したからといってほかの多くの生物学者がそれに反対することはないと信じていいいだろう.」とまでいっている.これはもしかしたら,中立説が自然淘汰と相反するものであるとして,創造論者からダーウィン学説が仮説に過ぎないという主張に利用されることがあるためなのだろう.
(なおドーキンスは「表現型に違いがあるような突然変異にも中立的であるものもあり得る」という説明のところでは「もっともウルトラダーウィニストの私としてはそのようなアイデアには基本的に疑いを持っている」と一定の留保をしている.ここが斎藤成也先生が執拗に主張されている「ウルトラ中立説」とドーキンスの「ウルトラダーウィニズム」の唯一の些細な違いということだろう)
ドーキンスは補足的に,ゲノムの大半(ヒトの場合95%)の部分はそもそも表現型に影響を与えず中立的である*1こと,残りの5%の重要な遺伝子にも中立的な変異は生じること,様々な中立的変異のあり方,degeneratedとredundantの違いなどを解説している.このあたりは誤解の多いところなのだろう.


ドーキンスはこの後,中立的な変異は偶然の浮動により固定されること,それはガイガーカウンターのように偶然だが,しかし平均的には一定のペースであること,遺伝子によって時計の進むスピードが異なってることなどを説明している.そしてこれら分子時計は進化の直接の証拠ではないが,まさに表現型に現れない中立的な遺伝子であり,進み方が速い遺伝子として良く取り上げられる偽遺伝子は,進化の証拠として強力なものだろうと述べて本章を終えている.確かに創造論者にとって偽遺伝子は,痕跡器官などと並んで何故そんなものを創造しなければならないのか説明が難しいものだろう.



関連書籍

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

祖先の物語 ~ドーキンスの生命史~ 上

テナガザルの章と旧口動物の章のうちカギムシの部分は,本章の分子的証拠の記述の補足として重要だ.


原書

The Ancestor's Tale: A Pilgrimage to the Dawn of Evolution

The Ancestor's Tale: A Pilgrimage to the Dawn of Evolution

私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20060801

*1:垂水雄二訳では「the greater part of the genome might as well not be there, for all the difference it makes」を「ゲノムの大部分が極めて大きな相違を示しているにもかかわらず存在しないも同然」と訳しているが,「ゲノムが生みだしているすべての違いに関しては,ゲノムの大部分がなくてもかまわない」つまり「ゲノムの大部分が表現型の違いに関与していない」という意味だと思われる