「鳥の自然史」

鳥の自然史―空間分布をめぐって

鳥の自然史―空間分布をめぐって

  • 作者: 樋口広芳,黒沢令子,島崎彦人,鈴木透,高須夫悟,西海功,長谷川理,藤田剛,百瀬浩,山浦悠一,山口典之,天野一葉,植田睦之,江田真毅,加藤和弘,金子正美,小池重人
  • 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
  • 発売日: 2009/10/10
  • メディア: 単行本
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北海道大学出版会の自然史シリーズの一冊.中堅・若手の研究者による「分布」をキーワードにした様々な最近の鳥類学の研究事例の紹介書という形だが,あまり厳密に「分布」にこだわっているわけではない.内容的には第1部から第4部に分かれている.少し細かく紹介してみよう.


第1部は「日本の鳥類とその由来」

  • まず巻頭には編者でもある樋口広芳と黒沢令子による日本の鳥類相の特徴についての総説がある.ここは固有種などの紹介があってバードウォッチャーにとってなかなか楽しいところだ.基本はユーラシア大陸から離れた島国であるので,まさに島の生物学が適用されていて島の面積に応じてユーラシア大陸より多様性が減少しており,小さな島でニッチの拡大,固有種の進化などが見られるということになる.固有種ではセグロセキレイが遺存的な固有種である可能性が触れられている.セグロセキレイは近縁種がインドにあって,分子的にハクセキレイより近いということらしい.ハクセキレイが最近進化してユーラシア北部ではセグロセキレイを駆逐し広域をカバーするようになったが,日本列島ではセグロセキレイも生き残って共存しているということらしい.何故日本でセグロセキレイが駆逐されなかったのかについては興味深いところだ.
  • 次は西海功による陸鳥類の構造.日本列島の鳥類が北方由来か西方由来か南方由来かという議論を行っている.結論はそれぞれあるということだが,ミヤマカケス,ヤマガラ,シマセンニュウとウチヤマセンニュウなどの分子データから見ると様々に複雑な進化史があることがよくわかる.
  • 続いて長谷川理によるカモメ類の遺伝的構造.カモメ類は識別が難しくバードウォッチャーとしても大変興味深いところだ.様々な分子的なデータから見ると,日本における繁殖種としてのオオセグロカモメウミネコでは個体群のハプロタイプの構造がまったく異なっていてウミネコが最近急速に個体数を増加させているらしいこと,これまで環状種とされていたセグロカモメクラスター構造を示しているし,大型カモメ類にはかなりの遺伝子交流があり網目状になっていることなどが解説されていて,いずれも興味深い.
  • この2編はまさに生物系統地理学の研究が急速に進んでいることを感じさせる.その中でも大型の海鳥類は分散障害が少なくなかなか独特で面白い問題が多いようだ.


第2部は「分布の変遷とその影響」ということで様々な問題が取り上げられている.

  • 最初は江田真毅による縄文遺跡から見るアホウドリの過去の分布.遺跡からの骨の出土,さらにその古代DNA分析から日本列島に過去アホウドリの集団が採餌のために訪れており狩猟されていたと結論している.
  • 次は高須夫悟による托卵の分析.まず長野県でここ数十年のうちに本来オオヨシキリやモズをホストとするカッコウオナガに托卵する行動が見られるようになっていることを紹介し,托卵拒否行動の進化について数理的に解析している.これはデイビスとブルックによる進化スナップショット説に対する進化的平衡説を説明しているものだ.これは托卵拒否にわずかなコストでもあれば,拒否率はどこかで平衡状態に達し100%にはならないという大変説得的なモデルで,「これからの鳥類学」で詳しく説明されているモデルである.高須はこれをオナガの例に当てはめて説明を試みている.(卵拒否については平衡状態,攻撃行動が見られないことについてはスナップショット的な説明になっている)またこれに空間構造を入れて拡張したモデルも提示していてなかなか興味深いものになっている.カッコウの個体密度が一部に集中していれば,そこがホスト個体群にとってブラックホールのようになって周辺から常に移入される構造となり得て,その場合には托卵拒否行動が進化できなくなることが示されている.
  • 次は天野一様による外来鳥類のソウシチョウのリサーチ.ここ30年ほどで関東以西の高原に定着するにいたったソウシチョウについて宮崎のえびの高原でのデータが示されている.それによると在来種のウグイスやカラ類と微妙に異なる採食ニッチにうまく入り込めたということのようだ.ウグイスとはやや重なっていることからウグイスの個体群へ負の影響を与えているとも結論されている.


第3部は「分布のあり方を探る」ということで分布を扱うモデルの紹介

  • 百瀬浩によるものは,生息地の様々な特徴を多変量解析して生息密度を推測するというもので,オオタカサシバへの適用例が載せられている.山瀬悠一と加藤和弘によるものは,鳥類生息域の周辺環境をマトリクスにして分析し,保全上のコリドーの重要性などを示したもの.藤田剛によるものは空間スケールを1つの分析次元にして鳥の空間構造を分析するもので,海鳥類の行動領域やレック選択などの例が示されている.


第4部は保全をキーにした「広域分布研究と保全・管理」

  • 鈴木透と金子正美は保全対象種の生息地予測と保全地区のギャップ分析を説明し,北海道でのクマタカ保存努力の実例を示している.植田睦之はアマチュアの観察者による広域長期モニタリングの実例を紹介し,最近の温度ロガーなどの省力化,インターネット調査の例などもあげている.アメリカのクリスマスバードカウントはなかなか楽しそうだし,インターネット入力による調査なら協力への敷居も低そうで興味深い.島崎彦人ほかによる渡り鳥の衛星追跡の話題も最近の技術進歩を背景にしているもので,「鳥たちの旅」などで紹介されているコウノトリ,ハチクマのデータにくわえ,マガモのデータも示されている.最後は小池重人と樋口広芳による地球温暖化に関するもの.産卵開始時期の変化,個体数の増減など,これまでに得られたデータを見せてくれている.温暖化が急速に進んだ場合にはこれまでに作られた精密な適応がうまく働かない可能性が高いことが示されておりなかなか心配だ.


以上が本書の概要だが,最近の鳥類学の流行が見えるようで面白かった.やはりまず分子データを使った生物系統地理学的なもの,そして保全に絡んだ様々の研究が中心ということのようだ.行動生態的なものはちょっと少なくて寂しい気もするが,いずれもなかなか力の入ったものになっていて,鳥に興味のある方には楽しい本と言えるだろう.



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鳥類学者による気合いの入った論文集.高須夫悟による托卵の数理解析論文は,当時通説であったデイビスとブルックによる進化スナップショット説(托卵拒否率が100%でないのは現在その方向に進化している途中であるという説明)に真っ向から反論しているものだ.


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渡りについての樋口広芳の概説が載っている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20080304