「Spent」第1章 ダーウィン,モールへ行く その3

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


「消費者中心主義」の本質は何なのか.ミラーはそれは自然なものでもなければ,進化的な産物として受け入れなければならないものでもないという.しかし多くの思想家はそれを自然なものとして受け入れようとしてきたし,また反発してきた人々もいるとして歴史を振り返る.


ミラーによるとそれを自然なものとして受け入れようとしたのは「社会ダーウィニズムオーストリア学派経済学(ミーゼス,ハイエクなど),シカゴ学派経済学(フリードマン,スティグラー,ベッカーなど),ダーウィン自由主義グローバル化賛成派,マネジメントやマーケティングの指導者達」だということになる.この人たちは自由市場においてはそれは自然だという主張をしているということになる.

誤った保守モデル
ヒトの本性+自由市場=「消費者中心の資本主義」


反対派はまるごと生物学と経済学の結びつきを否定しようとした.これらの懐疑派は「マルクス主義無政府主義,ヒッピー,ユートピア主義,ニューエージセンチメンタル主義,ジェンダーフェミニスト文化人類学社会学者,ポストモダニズムグローバル化反対派」という人たちということになる.彼等によると,ヒトの心は生物学に規定されない白紙であり,様々な経済的な制度は搾取階級の陰謀であり,それらは宗教,父権主義,服従主義,エリート主義,民族中心主義,主流派経済学などのイデオロギーに汚染されていると考える.なおミラーによるとこの人たちは通常ダーウィニズムをヴィクトリアン期の資本主義,階級主義,セクシズム,人種差別などを擁護するために発明されたのものだと考えているということになる.

誤ったラディカルモデル
ブランクスレート+抑圧的な制度+不愉快なイデオロギー=「消費者中心の資本主義」


こうやってミラーの整理を見ると,アメリカにおけるこてこての保守と極端なリベラルの戯画的な対立が見えてくるようだ.
ミラーはこれらの考え方はどちらも間違いであり,代案としてちょっと複雑だが正確なモデルを提唱したいと述べている.

ミラーによる感受性モデル
ヒトは本能的に無意識に望ましいヒトの特性を宣伝しようとする.+これらの心的特性を特定の証明書,仕事,商品,サービスでディスプレーするという最近の社会規範+最近の技術で可能になったこと,不可能なこと+特定の社会的な制度やイデオロギー+歴史的な偶然や文化的慣性=「消費者中心の資本主義」


要するに消費者中心資本主義を賛美するのも否定するのも間違っていて,それは様々な前提の上に成り立っているものであるから,その真実を見極めて上手につきあっていけばいいということになる.


ミラーは続いて消費者への教育についてどうなっているかを指摘している.

子供は進化的な古い脳を持って生まれ,古い環境を期待しているが,実際には異なる環境で異なるルールを守るように教えられる.学校でじっと座り数学を習い,仕事を見つけ友達から離れ,親族を無視して生きなければならない.
そして子供達にはインストラクションも与えられない.両親はものを買うために働いている.なぜ繁殖マーケットで有利に見せるための買い物をし続けるのか説明もできない.学校の先生も「消費者中心の資本主義」については何も教えてくれない.カレッジの教授はポストモダニズムの戯言を並べるだけだ.皆混乱したまま育ち混乱したまま死んでいく.

確かに学校ではまともな消費者教育すら(特に日本では)なされていない.ましてや(そもそも意見の一致のない)消費者中心主義の本質など教えられるはずもないだろうということだろう.


しかし,ではマーケティングにかかる理論はどうなのだろうか.
ミラーは,マーケターは少なくともヒトがモノやサービスと消費することによって無意識に自分の正体を偽り合っていることに気づいていると指摘している.マーケティングの理論においては,「消費は物質にかかるものではなく,記号にかかるものだ」という前提になっている.
それはシグナル,シンボル,イメージ,ブランドが作る心理学の世界なのだ.マーケターはシズラーが売っているのはステーキではなくシズル(ジュージューいう音)だと理解している.シズラーのブランドこそが利益を生むのであって,ただのステーキは利益のないコモディティだからだ.


しかしマーケティングは消費者がシグナルを求めていることには気づいていても,本当は何をディスプレーしたいのかについては完全に理解していない.
実際にマーケティングのコースで教えられるのは時代遅れの実験心理学だけだそうだ.実務についてそれが役に立たないことに気づき,試行錯誤とビジネス書で何とかするのが実態だそうだ.(ミラーはビジネス書の著者としてゴーディンやグラッドウェルの名前を出している.いかにもという感じで興味深い)


ミラーにいわせると,マーケターは消費者は富や地位や趣味の良さをひけらかしたいのだと思い込んでいるが,実はヒトはそのディスプレーの深層では,優しさ,知性,創造性を宣伝しているのだということを理解していないということになる.ミラーの主張に従うと,マーケターこそ進化心理学に注意を払うべきなのだ.


もっともマーケティングは究極の実学であって,実践して売れればいいのだから究極的に何をディスプレーしているかについて興味がないということかもしれない.そうであってもやはり心理の深層を理解している方がよいキャンペーンが打てるような気もする.実学であればこそむしろ試してみるべきだということかもしれない.


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