日本生態学会参加日誌 その6

 
第57回日本生態学会(ESJ57)参加日誌 その6
shorebird2010-03-29
 

大会最終日 3月20日


最終日の生態学会は場所を本郷に移し,午前中に保全生態研究会が東大農学部弥生門脇の弥生講堂・一条ホールで開かれた.弥生講堂はちょうど福武ホールと同じようにキャンパスの本郷通り沿いに建てられた新しいモダンなホールで,農学部設立125周年記念事業の一環として計画され一条工務店の寄付により建設されたということらしい.私も訪れるのははじめてだ.


保全生態学研究会サテライトワークショップ 保全生態学の技法


ホールの入り口では事前の申込者に「保全生態学の技法」という書籍を配布している.ホールに入ってみると集積材を多用したなかなか美しいホールで,福武ホールとはまた違った雰囲気だ.


冒頭,鷲谷いづみから趣旨説明がある.
この保全生態学研究会は1996年立ち上げで活動を行ってきたが,第2世代,第3世代の研究者も育ってきたことから一旦使命を果たしたということで今日をもって最終回にすることにした.最後の活動として今回本「保全生態学の技法」を出し,今日のワークショップはその紹介に当たるものだということだった.
詳細な事情はよくわからないが,昨日に続いて最終回に立ち会うことになる.3月後半はそういう季節なのかもしれない.




広域スケールにおける生物の空間分布解析法 角谷拓


多様性保全を実務として進めていくには,目標設定,実績評価が必要になる.それには様々なデータ処理が必要になるが,今回は時空間トレンドのロバストな分析,特に広域の分布推定モデルについて.


基本は,海岸からの距離,緯度,高度,気温などのデータを使い,グリッドごとの存在確率を推定していく作業になる.
確率を与えるモデルには様々なものがある

  • 一般化線型モデル
  • (空間的自己相関を考える)条件付き自己回帰モデル
  • (分布が変化する途上にあると考える)パーコレーションモデル
  • 発見率モデル
  • Maxent(最大エントロピー)モデル

ここではセイヨウオオマルハナバチの分布推定に用いたパーコレーションモデルについて.
データの収集は参加型モニタリングにより,市民からの侵入初見日データ,2007年一斉調査データ,Web「セイヨウ情勢」によせられる情報などを用いている.基本的に分布密度は「トマトハウスからの逃げ出し拡散×環境の適合性」として求める.
このモデルから分布拡大を予測し,さらに何らかの対策をとった場合の効果を計算して管理意思決定を行っているというもの.


生物個体数の指標化法 天野達也


これも同じような問題意識.
多様性損失速度の指標に何を用いるかという問題.(この前振りに英国における鳥類の生態ごとの多様性グラフが出されていて,海鳥の多様性は増えているが,草原性鳥類の多様性が減少していると説明されていた)

ここではモニタリングデータの欠損値の補正方法ということで,期待カウント数を対数化し,サイト効果と年効果に分けて推定するという一般化線形法を用いる手法の解説.一般的なモデル,それに平滑化したモデル,これをさらにサイト固有の年効果と共通年効果に分けるモデルなどの紹介があり,さらに,その結果の応用について警報システム,種間比較などの話題にもふれていた.


侵略的外来種の効果的な駆除・研究手法 西原昇吾


今度は一気に具体的な外来生物の駆除方法についての話.ここでは淡水の生態系に強い影響を与えている3種(オオクチバス,ウシガエル,アメリカザリガニ)について.
オオクチバスはため池の水抜き(干し上げ)により根絶が可能.しかしザリガニは干し上げると泥に潜り込んで耐えるのでかえって増える.結局網やトラップにより捕り続けるしかないそうだ,(捕り続けると密度が下がっていく)ウシガエルはさらに難しく,あまり成功例がないらしい.
またバスを排除するとザリガニにとって好環境になり増えてしまうという相互作用もあるということだった.
結局地域住民の理解,モニタリングと早期の対策が重要だと強調していた.


安定同位体を用いた食物網構造と栄養段階の評価法 松崎慎一郎


食物連鎖がどうなっているのかの解明は生態系の保全にとって重要情報だが,この調査を直接行うのは難しかった.しかし安定同位体を用いた手法によりコストを抑えて推定できるようになっている.
これは食物連鎖が一段上がると窒素15の同位対比が3.4%上がり,炭素13の同位対比が1.0%上がる傾向があることを利用して,様々な生物の両同位対比をマッピングして食物連鎖を推定していくという手法.やや複雑なデータでも連鎖関係を推定してくれるソフトもあるそうだ.



環境保全型水田における天敵類の役割の評価法 高田まゆら


無農薬,減農薬による環境保全型農業への取り組みはいろいろ行われているが,やはり病虫害対策は重要になる.もし減農薬により害虫の補食動物も増えているのであれば,それが天敵防御として役に立つのかどうか評価できることが好ましい.ここではハンテンコメカメムシとクモを例に評価方法を紹介.
特定害虫の天敵候補のリストを作った後どう評価するかについてこれまでは応用昆虫学的な,生命表解析,直接観察等が主流だった.分子的な方法としては捕食昆虫の腸をDNA解析してマーカーの一致を見ることにより捕食の有無を判断する方法がある.また害虫密度と天敵密度の相関をとり,他の要因を一般化線形モデルに入れ込むことにより,補食効果も推定することができるというもの.


ハイパースペクトルリモートセンシングを用いた植生評価法 石井潤


植生はそれ自体保全の対象であり,モニタリングが重要だが,直接足でフィールドを踏破して観察記録していくのはコストがかかる.そこで衛星や航空機からのリモートセンシングにより植生を推定していく手法の紹介.
例としてとられていたのは渡瀬遊水池のヨシ,オギ集落とその下生え植物.基本は通常より細かいバンドでスペクトル分析をしていくことにより様々な植生の違いがわかり,抽出現地調査のデータをつきあわせることにより広い地域の推定が可能であるというもの.




保全生態学の場合には,確実でなくとも今あるデータから何らかの意思決定をしなければならないという実務があるので,通常の進化生物学や進化生態学の議論と異なった趣がある.むしろマーケティングなどのビジネスにちょっと近い世界もあるような気がする.
その中ではまず対象となる生物の個体数や密度の推定から始めなければならないという課題が重いということがよくわかった.モデルをどう組むかというところから悩みが始まるのは,直接検証が難しいし,様々な状況によりパラメータの影響程度,影響態様が異なるという難しい問題があるのだろう.


というところで午前の部は終了である.
お昼はひさしぶりに本郷のおそば屋さんに.江戸前のそばは,つゆがきりっと引き締まっておいしい.



関連書籍


保全生態学の技法―調査・研究・実践マニュアル

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  • 発売日: 2010/03/01
  • メディア: 単行本