「外来生物の生態学」

外来生物の生態学―進化する脅威とその対策 (種生物学研究)

外来生物の生態学―進化する脅威とその対策 (種生物学研究)


種生物学会のシリーズの最新刊.先日の生態学会の書店ブースで購入,即読み始め,そのまま学会期間中に読んでいたものだ.このシリーズの定石通り多くの若手学者の寄稿が並んでいる.


冒頭で外来生物問題が整理されている.まず外来生物が既往生態系にどういう影響を与えるかという問題がある.次にどのような外来生物が侵入定着でき,その侵入速度はどうなるのかという問題がある.また外来生物が異なる環境に侵入した後で性質が変化するのか(進化するのか)という問題もある.このような基礎的な問題の上に,どうリスク測定して対策をしていくかという応用保全生態の問題が乗っているということだ.


続く章では「外来生物」の定義が延々と議論されている.読むのはちょっとしんどいところだが,実務としては重要なことなのだろう.欧米では大航海時代以降のものを外来生物とするが日本では明治以降とすることが一般的だそうだ.この場合戦国期のもの,幕末のものが問題になり得るということになるのだろう.(また外来というときには「外国」から来たということになるので,戦前の日本領であった朝鮮・台湾などの扱いも議論になるようだ)


ここからは様々な具体的な問題への寄稿が続く.

  • シナダレスズメガヤが日本の川原を砂地に変えていく問題;薬剤による除去(樹木などでは選択的に塗布できるので効果的な場合がある)が難しく,機械的除去(要するに人の手で抜き取っていく)を数年おきに繰り返して密度を低く保つしかない.
  • オオクチバスブルーギルの駆除;干し上げができない場合,オオクチバスについては営巣習性を利用した駆除方法が成果を上げつつあるそうだがブルーギルは難しいようだ.
  • 侵入昆虫;ジェット気流に乗ってくるものは外来とは呼ばない.輸入貨物についてきたアルゼンチンアリ,受粉用に導入されたセイヨウオオマルハナバチが大きな問題になりつつある.マルハナバチの遺伝子交雑の状況を見るとウリミバエの根絶事業と類似しているのでハウスへのネットがけなどの対策が重要.今後はヒアリの侵入が心配される.
  • ペット昆虫としてのクワガタムシ;1999年の規制緩和以降膨大な輸入が行われ,今後の悪影響(在来種との競合,補食,遺伝子交雑)が懸念されている.
  • 微生物の侵入;カエルツボカビの南米オーストラリア両生類層への猛威,アジアから広がった疑いが濃い.このような目に見えない侵入の対策は難しい.クワガタムシとクワガタナカセの系統解析に見る共生系の多様性は面白い.
  • アメリカオオウキクサ;日本在来種との識別が難しい外来種対策の難しさ.
  • 外来生物の進化;新規環境への適応,侵入が繰り返されて交雑することにより遺伝的多様性が生じる.分散能力の増大,天敵がいない環境への適応(量的防御から質的防御への転換等)などの方向性が考えられる.雑種強勢,戻し交配による浸透性交雑,異質倍数体による進化などが生じうる.また外来生物の侵入により在来生物も適応進化を起こす可能性がある.
  • 雑種性タンポポ;日本のタンポポ生態系は単にセイヨウタンポポに侵入されているだけでなく広範囲に雑種形成が生じている.詳しく調べるとセイヨウタンポポは単なるクローン生殖というわけでなく遺伝子組み換えも生じながら広がっているということがわかった.原産地でも2倍体3倍体の混成集団で雑種形成により遺伝的多様性が保たれる仕組みになっている.(この記事は大変面白かった)
  • 生息地の変化とキブネダイオウの自然史;外来種との交雑は環境要因に大きく左右されることがある.
  • 外来生物に対する在来種の進化;毒のあるオオヒキガエルの侵入により,ヘビはそれを食べないように頭が小さくなる淘汰圧を受けているようだ.
  • 逆輸入雑草;アキノエノコログサは日本からアメリカに渡り,そこで雑草として進化した後にまた日本に再侵入している.


最後にリスクアセスメントの実践についてのまとまった論考,日本から海外へ渡った侵入種(クズとイタドリは有名だが,フジやススキも外国では有害植物ということらしい),法規制についての寄稿がおかれている.


外来種は確かに身の回りにあふれている.日本の景色のなかにセイタカアワダチソウは完全に定着しているし,都市近郊でアカミミガメやアメリカザリガニもよく見かける.私の近所の里山ではガビチョウの鳴き声がだんだん増えている.外からは見えないが,湖沼にはオオクチバスブルーギルがあふれているのだろう.この問題はなかなか根が深く,わからないことだらけのなかで法規制も合理的ではなく,それでも対策は待ったなしだ.完全にシャットアウトすることは難しく,そして外来生物によっては個体密度を下げるだけでも膨大なコストがかかる.最後はどのような環境のためにどこまでコストをかけるかという選択の問題なのだろう.本書を読むと,これは政策判断のための応用科学なのだということがよくわかる.