「発芽生物学」

発芽生物学―種子発芽の生理・生態・分子機構 (種生物学研究)

発芽生物学―種子発芽の生理・生態・分子機構 (種生物学研究)


種生物学会シリーズの一冊.昨年購入だけして未読であったが,駒場でカバー原画展を見たこともあり,同シリーズ最新刊「外来生物生態学」に続けて読んだもの.植物の種子の発芽に関する様々な角度からの論考が集められている.内容的にはどのようなメカニズムで発芽するかという至近因的なものが多いが,究極因を考察する進化生態的なものや,実験法やデータ解析法まで取り扱っているものまで収録されている.


第1部は種子発芽の大家Baskin夫妻の特別寄稿で,種子の発芽メカニズムとそのタイプについての概説.種子は,当初は休眠状態にあり,ある条件下でそれが覚醒し,次に別の発芽条件が満たされると発芽するというのが基本パターン.そして一旦覚醒した種子が休眠状態に復帰するかどうかとか,覚醒や発芽の様々な条件についていろいろな種子のタイプがあるということになる.究極因については触れていないが,2つの条件が順番に生じる場合に発芽するということが適応度上重要な問題になる場合が多いのだろう.


第2部は種子発芽の環境生理学ということで,この休眠覚醒や発芽の生理的な仕組みに焦点が当てられる.
基本的にはアブンジン酸とジベレリンによる発芽抑制と促進のネットワークがあり,様々な条件を組み合わせることによって特定の状況で発芽できるようになっていることがわかる.(例えば夏に種子ができるが春に発芽した方がいいときには,冬の低温で始めて休眠覚醒し,その後一定の高温で発芽するなどの仕組みになる)
温度とともに条件として重要なのは光の波長で,遠赤外線と赤色光の比率が上空が他植物で覆われているかどうかのいい指標になるようだ.また酸素,水,その他の化学物質という条件もある.窒素やリン酸を作ってくれる菌根菌に対する宿主認識シグナルを出す宿主植物に対する別の根寄生植物の種子がそのシグナルを発芽条件に使っているという話は興味深い.


第3部は生態.
ヒトによる攪乱とシードバンクとの関係.シードバンクの形成に休眠は有利か.落葉広葉樹林での発芽タイミング,種子の異型性,交雑が与える影響,シードバンクと多様性の維持などについて議論されている.
落葉広葉樹での発芽タイミングについては極相種ではタイミングに集中が見られ,先駆種はタイミングが分散している.それは先駆種の方が地理的な種子分散も大きく,発芽時期の分散戦略をとった方が有利だということだ.種子の異型性(同一個体からの種子が様々な発芽条件を持つ)も同じ分散戦略の有利性の問題だ.そこまで踏み込んだ記述にはなっていないが,いずれも幾何平均を適応度に使ったモデルが立てられれば,より仮説検証的に説明できて面白いだろう.
シードバンクという現象は動物には見られないものでなかなか面白い.環境の管理や保全にも重要な知見が多いだろうと想像できる.


第4部は分子生物学
ジベレリンの分子化学的な仕組み,発芽エネルギーのためのデンプン分解の分子化学,発芽にかかるさまざまな酵素,アブンジン酸の作用などが並び,最後にこの分野の今後の展望が語られている.ゲノムシークエンス技術の急速な進歩は結構インパクトがありそうだ.


第5部に実験法が語られていて,いかにもこの種生物学シリーズの味を出している.読んでみると実務の様々なコツや難しさが語られていて実はなかなか面白い章になっている.なかには一般化線形モデルを統計ソフト「R」を使って解説している章もあって実践的でもある.そういえばここ2年ほどで一般化線形モデルは随分見かけるようになったような気がする.もはや業界のスタンダードといってよいのだろうか.


本書を通読すると発芽にかかる興味深い様々なトピックが一通りわかるようになっていて,私にとっては知らなかった物事のことがだんだんわかってくる楽しい時間を過ごすことができた.進化生態的には発芽条件の分散という戦略がモデルと組み合わせることで定量的に検証できそうで今後の進展が楽しみだ.



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アラン・グラフェンのこの本はちょっと気になる本だ.
てっきり一般化線形モデルについての本と思っていたが,どうもこの本では一般化線形モデルまで記述されているわけではなく,一般線形モデルどまりのようだ.