「ヤバい社会学」

ヤバい社会学

ヤバい社会学


本書は「ヤバい経済学」の中で紹介されていたシカゴのクラック売人ギャングの内部に入り込んでリサーチを行ったという社会学者スディール・ヴェンカテッシュによる,そのいきさつを書いたノンフィクションだ.


ヴェンカテッシュはインド系アメリカ人で,カリフォルニアの中流階級で育ってシカゴ大学に入学する.シカゴ大学はシカゴの南部にあるのだが,実は数ブロック行くと極めつけの犯罪地区があるといういかにもアメリカ的な立地にある.(私も一度ループ(高架鉄道)に乗ってあのあたりを高架上から見たことがあるが,きらびやかな摩天楼街からわずか20分ほどで結構な地区に乗り入れることになる.デイリーとウィルソンの殺人率の研究を引用するのがふさわしい地区だ.)


彼はそこで貧困問題について,単に大規模統計をいじって分析するのではなく,人々の生の姿をリサーチしたいと考えて,クリップボード社会学でよく使われるアンケート用紙を挟んで最も危険な地区に突入するのだ.そして(後にわかったことだが)クラック売人のなわばりに入り込み,そこを見張っている下っ端ギャングに不審者として見つかって取り囲まれ,「あなたは自分が貧しい黒人であることをどう感じていますか?とても悪い,いくらか悪い,良くも悪くもない,いくらか良い,とても良い」など書いてある質問用紙を見られてしまう.当然ながら回答は「ファックユー」ということになる.
彼はそこを見回りに来たギャングのリーダー“JT”と不思議な縁で「連れ」になることになり,そこから彼のクラック売りのなわばりであるロバートテイラーホームズという極めつけのスラムである高層アパート群に出入りし,そこでの人々の生活振りを見ていくことになる.中でも印象的なエピソードはJTの仕事を一日やってみるという経験で,それは実にプラグマティックなマネージメント業務であることがわかったりする.(というわけで本書の原題は「Gang Leader for a Day」なのだ)


本書はその後も時系列に沿ってヴェンカテッシュの見聞が続き,クラック売りがどういうビジネスであり,そのほかの貧しい黒人の非正規労働はどのような仕事(シノギ)なのか,地域の顔役とはどんな人でどのような行動原理で動いているのか,そのようなことがだんだんわかる仕掛けになっている.それは迫真の記録であり,生の生活感覚と損得勘定に満ち,そのリアリティは圧倒的で,読むものを飽きさせない.


また本書の魅力は,どこかで終わってしまうことがわかっている物語が醸し出す不思議な雰囲気にもある.リスク感覚がどこかおかしいヴェンカテッシュの突撃スタイルはとにかくはらはらさせるし,底辺で生きる人々の魅力にもあふれている.本来ギャングの頭目であるはずのJTにすら,その必死の生き様に何か共感を感じてしまうのだ.一度読み出すと途中でやめられないという言葉がぴったりの本である.