「Spent」第6章 適応度の見せびらかし その2

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


信号の信頼性はそのコストにかかっているという進化生物学の洞察を説明した後で,ミラーはこれをマーケターの側から見るとどう見えるかを扱っている.


儲けるためには自分たちの製品がコモディティにならないような特別な信号価値,すなわちプレミアムをつけなければならない.
マーケターは広告を打ってブランドと消費者がディスプレーしたい価値のあいだを結びつけようとする.それは消費者のピアグループに理解されなければならないが,実際に価値を持つ必要はない.ヴォーグの広告にはブランド名と魅力的なモデルがあるだけだ.モデルはそのブランドの服を着ている必要もない.価格も商品の特徴も店舗案内もないのだ.
この背景にある合理性は広告を打つためのコストだ.


購入ターゲット自身がその結びつきを信じていなくてもいい.多くの人々がそういう結びつきを感じていれば十分なのだ.製品が贅沢品であるほど後者が重要になる.だからBMWの広告のターゲットはこれが買える富裕層だけではなく,大衆雑誌にも広告を載せるのだとミラーは説明している.要するに見せびらかす相手の理解が重要だと言うことだろう.


ここは実はちょっとわかりにくい.ハンディキャップ理論から広告を考える際には,広告を作って媒体に出すコスト(広告宣伝コスト)が高ければ,その内容が信用されるという話になるところだが,ミラーは少し違う問題を説明している.ここでは広告される商品そのものの価値にかかるコストの問題を論じているのだ.



ミラーはマーケターがこの本質に気づかずに失敗した例をあげている.

デビアスは独身女性は自分で指輪を買って(通常婚約指輪をはめる)左手ではなく右手に指輪をはめようとキャンペーンを打った.
しかし信号理論から見るとこれはうまくいかない.もし周囲が右手と左手の差に気がつかなければ,本当のエンゲージリングはもはや男性から贈られた給料2ヶ月分の指輪という信号の意味がなくなる.それは愛されている女性だという信号を混乱させ,ダイヤの指輪の魔力はなくなるのだ.悪いことにモアサナイトも女性が自分で買う宝石としてキャンペーンされていた.そしてこのキャンペーンは右手に限定していなかったのだ.300ドルのモアサナイトが3万ドルのダイヤと見分けがつかなければ,婚約カップルはダイヤモンドリングの信号価値に疑問を抱くだろう.

ミラーは次に見せびらかす側の視点から説明する.
信号を発しようとする人は,自分の質が優れていることを宣伝し,親の援助(子育て),親族,グループからの支援,配偶者の獲得を得ようとする.
動物の場合には捕食者に対して自分が捉えにくいことをディスプレーする場合もある.もちろんヒトもグループ間で抗争しているような場合には自分たちの方が強いのだというディスプレーは有効になるだろう.


この「質」というのは,基本的に身体の健全性,あるいは精神の健全性だ.身体の健全性は服装や化粧でアピールする.そして精神の健全性については教育,慈善,旅行,趣味やバンパーステッカーなどによって(よりスマートで親切で行動的で寛容であると)ディスプレーしようとするということになる.


ここでミラーは一ひねりしたコメントをしている.このようなディスプレーをしているときにヒトは本当の自分より良く見せようとし,しかし他人がそうするのは欺瞞と感じる.これは一種の自己欺瞞であり,このため広告は婉曲になるのだという.

ミラーは婉曲な例と正直な例を次のように示している.

  • ロレアル,あなたはそれにふさわしい.
  • ロレアル,あなたの夫を惑わせるスターバックスバリスタお姉ちゃんより若く見せたいから
  • BMW550i,性能への熟考
  • BMW550i,離婚した47歳の鳥類学者であるあなたの男らしさを脅かすスバルWRXを運転するパンク野郎にタイヤの焦げる煙を吹き付けることを考えてみよう


要するに本当に買わせたいなら,本当の動機は隠されなければならない.ミラーは.BMWのゼロヨンはスバルよりも悪くて,価格は2万ドル以上高いのだから,真の目的のためには別の方法があるとわかるだろうと皮肉っている.
前回問題になったコンシューマーレポートに真の目的に沿った報告がない理由もこのあたりに関連するのだろう.