「森は知っている」

森は知っている

森は知っている



マルハナバチの経済学」や「ワタリガラスの謎」などで有名なベルンド・ハインリッチの森についての一冊.原題は「The Trees in my Forest」.ちょっと前の本だが,コリン・タッジの「樹木と文明」で樹木について目覚めてしまって,手頃な樹木についての本を探して読んでみたものだ.
ハインリッチは第二次大戦後,父親に連れられてドイツから米国東部に移民し*1,学者としてのキャリアはカリフォルニアで積むのだが,子供の頃の思いが忘れられずに1977年にメイン州に300エーカーの森*2とログハウスを購入して移り住む.本書はそこから20年間の森への思いを生物学者としての視点から綴ったものだ.


ハインリッチの記述は体系的ではなく,思いついたことを書き連ねていくというエッセイ風の肩の凝らないものだ.


最初の自分の森のあらましを生態的に紹介し,次にヒカゲノカズラ類をその進化史も合わせて詳しく語っていく.ヒカゲノカズラは木部を持たないため,日陰においては樹木の実生苗より成長が速く,うまくニッチを見つけているのだ.
生態に話題が入った後,次の話題は樹木の大きさや形の適応的な意義についてだ.オランダニレ病が蔓延している米国東部では,今やニレは小さな樹木としてキクイムシにやられる前に生殖をするようになっているそうだ.またハインリッチの森における大木の形の最大の制限要因は着氷暴風雨だそうだ.枝に一定以上の着氷が生じると重みで枝が折れてしまうのだ.樹木は様々な方式でこれに適応し,その方式によって形が異なるのだ.(広葉樹は葉を落とし枝を上向きにカーブさせて着氷を防ぎ,針葉樹は着氷した枝を下にたわませて雪や氷を落とす)また個別の樹木の形はその個別の歴史によって決まる.ハインリッチは4本のシラカンバを例にとって興味深い物語を紡いでいる.


形の話題は,蔓植物に触れた後に,樹木の成長パターン,そのスケジュール調整機構に移る.ここではイラストがふんだんにちりばめられていてわかりやすい.もちろん生殖の話題も詳しい.送粉や種子散布にかかる動物との共生系の話もこの森での具体例から作られていて楽しい.リンゴという栽培品種に絡んでクローンや栄養生殖についても語られている.


そうかと思うと,あるカエデの樹の下でじっと座っていると何が観察できるかという章があり,また様々な実生苗の生き残り戦略についての章もある.ドングリを食べてみた話,日本ではみられないシルスイキツツキの生態(カバノキの樹皮に小さな穴を開けて樹液を飲む),キノコとの共生,アリとの共生(ココアにつく害虫を退治するために,アブラムシを導入してやると,アリがそれを飼い始め,他の害虫を駆除するようになるのだそうだ)の話もあって楽しい.


ハインリッチは自分の森での森林管理の経験を語り(できるだけ自然の混交林の姿にしようと時に択抜をしているが,それで既に最初の投下資本をすべて回収して,さらに大幅な余剰収益がでているそうだ.1977年という購入時期もよかったのだろう),現在のアメリカの林業のプラクティス(皆伐後に人工的な針葉樹の単性林を作る)がいかに自然を破壊しているかを力説している.これはおそらく日本にも当てはまることだろう.


本書全体にハインリッチ自身の手によるイラストが多数掲載されていて非常に楽しい本になっている.森を愛しているハインリッチの思いもよく伝わる仕上がりであり,樹木図鑑を時々眺めながらゆったり読むのに相応しい.なお末尾の解説として,やはり森を愛する生物学者の西口親雄の小文が収められている.日本と北米の樹木相の違いなど本書を楽しむ上でのツボの解説になっていてうれしい作りだ.



関連書籍


原書

The Trees in My Forest

The Trees in My Forest


樹木についての素晴らしい本.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100308

樹木と文明―樹木の進化・生態・分類、人類との関係、そして未来

樹木と文明―樹木の進化・生態・分類、人類との関係、そして未来




参考にした樹木図鑑.世界中の有名な樹が紹介されている.

樹木 (知の遊びコレクション)

樹木 (知の遊びコレクション)

*1:このあたりの経緯は著書「ヤナギランの花咲く野辺で」に詳しい

*2:300エーカーというと120ヘクタールあまりで,小振りながら森という感じだろう.さすがにアメリカだ.