「Spent」第9章 6つの中心(ビッグ5と一般知性) その4

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


一般知性とビッグ5についての説明は続く.
次にミラーは要素の分布の性質,それぞれの要素間の関係を説明している.


まず分布については,実証的にそれぞれほぼ正規分布することが知られている.これはマーケティングの教科書によくあるような(開放的な人と非開放的な人のセグメントなど)離散的なものでないというところが重要だ.
ミラーは,これまでつくられてきたマーケットセグメントの議論は基本的に間違っている可能性があると主張している.明確な性差がある男性と女性の間における何らかの選好でさえ,それは離散値ではなく,2つの正規分布の中央値がずれているだけなのかもしれないのだ.つまり消費者アンケートで性別を聞くよりも,直接ビッグ5にかかる質問を聞く方がはるかに消費者の選好がわかる可能性があるということだ.これは性別だけでなく,伝統的にマーケットセグメントのキーとされてきた国,地域,言語,文化,社会経済的地位,階級,教育レベルなどすべてに当てはまる可能性がある.


要素間の相関関係は,(当初主成分分析から抽出されているので当然だが,)ビッグ5相互間には相関はない.一般知性は開放性と相関があるが,極めて弱いものであることには注意が必要だ.
ミラーは,だから,「軍事産業でエンジニアとして働き,30年前と同じロックを聴き,40ギガバイトの野球の知識を持っている」開放性が低くて知性が高い人もいれば,「ファンタジー小説,栄養補助剤,顔面ピアス,ホメオパシーなどに引かれる」開放性が高くて知性が低い人もいるのだと例をあげている.なおちなみに後者に当たる人たちは非常に利益率の高いマーケットセグメントになるそうだ.実際に合法的詐欺のような商売に簡単に引っかかるということだろう.


各要素がそれぞれ正規分布してほとんど独立しているということは,人がいくつかの限られたタイプに分かれるという議論の幻想性を示しているとミラーは主張している.ここでは星占いとユングの「アーキタイプ」が引き合いに出されているが,日本にはびこる血液型性格判定ももちろん同じく幻想だということになるだろう.



ではヒトのこころの個人差はすべて6要素で説明できるのか.もちろんそうではない.ミラーはそのほかの性質として,徳目と悪,価値と興味,政治的態度と宗教的態度,趣味と技術,精神病と中毒などの問題があると認めている.しかし驚くべきことに,これらのことでさえも6要素でかなり説明できるのだという.


ミラーがあげる最初の例は「社会的知性,感情的知性,創造的知性」だ.

社会的知性は,霊長類学者と発達心理学者によってあつかわれているもので,視点転換や社会戦略的な能力を指している.しかしこれは一般知性と開放性,調和性(共感する方がいいときは高い調和性,搾取する方がいいときは低い調和性)の組み合わせと考えればよい.
おなじように感情知性は知性と誠実性と安定性の組み合わせだ.短期的な創造性は,知性と開放性,長期的な創造性は知性と誠実性,外向性の組み合わせだ.

ちょっと強引な印象もある.このあたりは結構議論があるところだろう.


次にミラーがあげる例は性的傾向だ.

ギャングスタッドとシンプソンによる「ソシオセクシャリティ」は繁殖性を表す.これが高い人は性的パートナーの数が多く,一夜の性交回数が多く,浮気をよくする.そして社交的だ.特に高い人は「ライフスタイル」と呼ぶ乱婚的コミュニティに参加する.より子育てより配偶に投資する.
この性質は外向的で開放的で,低い誠実性を持っているということで説明可能だ.


さらに政治的傾向もまな板に載せている.

リベラルは(保守に比べるとわずかに知性が高く)開放的で,低い誠実性を持ち(伝統にとらわれない),調和性が高い.保守はその逆だ.

そして政治的な立場は単にこの二分法より,6つの要素を使ったマルチ次元的な記述のほうがより現実に沿ったものになる.
1960年代のニューレフトは30年代の左翼よりより開放的だ.ファシストは低い知性の保守と安定性の低さ(神経質),調和性の低さ(攻撃性)と見ることができる.
リベタリアンは高い知性のリベラルに高い誠実性(社会互恵性と労働倫理への信頼)と低い調和性(大げさな同情への嫌悪)とほんの少しの外向性(自立できるという自信)があると見ることができるだろう.

アメリカではリベラルより保守の方が知性が低いと見られがちであることがわかって面白い.


ミラーは本章の最後に,何故こんな個人差が現存しているのかということにも少し触れている.その答えはおそらく狩猟採集社会での社会的戦略の数にあるのだろう.そして進化パーソナリティ心理学という新しい分野でのリサーチが始まっているのだということだ.
本書では直接この疑問を考えることはしないが,この6要素があることを前提にして,今後消費者のディスプレー,そしてマーケティングを考察していこうということだろう.