「Spent」第11章 一般知性 その3

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


人々がディスプレーしたがっているパーソナリティ特性「一般知性」について,ミラーはまず最大のディスプレー「学歴」を取り上げた後,(消費者中心主義からいえば本題とも言える)その他の消費者が購入品を見せびらかすことで行うシグナルを解説している.


ミラーがまず取り上げているのは,むき出しのIQ保証書ではなく,自分が知的な人間であることをさりげなくディスプレーするようなタイプの商品だ.

多くのニュース雑誌や,ノンフィクションの本を読むことで,ディナーパーティでよい印象を与えることができる.ディスカバリーチャンネルも同じだ.短波ラジオで海外ニュースに直接アクセスできるし,様々なカルチャー講座を取ることもできる.自費出版という手もある.ハイブローな収集品を集めることもできる.

さらにターゲットを絞った商品もいろいろ紹介されている.

  • 両親向けの知能開発玩具,音楽教育(これは子供への投資ではなく,子供にこのような玩具を与えたり習い事をさせる親の知性ディスプレーだという趣旨だろう)
  • 教養的なフィールド講座
  • 知的隠退生活向けの商品(アリゾナでの引退者向けアカデミー)
  • 知的な旅行(スミソニアンツアー,考古学トリップ,学者と同道する少人数向け中世のノルマンジーツアー)


ミラーはこれらの商品を小道具に使うには深い知識とテクニカルな特殊性が必要だと指摘している.旅行に参加するだけなら単に金を払えばいいが,退屈せずに旅程に参加し,その後の会話に紛れ込ませるには様々なコストが必要だということだろう.


またもともと単純な商品が,(去年の製品から新製品を差別化するためという理由に加えて)このような消費者が自分の認知能力を示したいという選好があるために複雑化する現象も紹介している.ミラーのあげる例はコンピュータミシンだ.確かに最近のコンピュータミシンの高機能振りはすさまじい.少なくともアメリカではコンピュータミシンは,購入者がミシンそのものか,それで作った刺繍などをまわりに見せびらかして自分の知性をディスプレーする商品ということなのだろう.日本でも購入者は見せびらかしているのだろうか.
またここでミラーがコンピュータそのものを例にあげていないのは興味深い.


ミラーは特に知性ディスプレー選好が高い人のとるディスプレーとして次のものも挙げている.

  • パイロットライセンスの取得
  • クロスワードパズル,スドクなど
  • オンラインの株式トレード(マーケットを出し抜いて儲けた自慢話は知性ディスプレーと考えるべきものだそうだ)


日本ではクロスワードパズルはあまり知性ディスプレーとしては効果があるものではないような気がする.株式トレードの自慢話も一般的には知性的という印象ではないだろう.(日本では知的ゲームというよりギャンブルというとらえ方が多いのではないだろうか)このあたりの文化差もなかなか興味深いところだ.日本だとこれに当たるのは,囲碁将棋の有段者の免状,気象予報士の資格取得,漢検あたりだろうか.
考えてみるとオヤジの蘊蓄話はあまり知性的な印象を与えないような気がするが,これはアメリカでもそうなのだろうか.



ではマーケターはこのような選好に対してどのような戦略を打つだろうか.
ミラーによると,実は単純なコピーの使用で製品に知的印象を与えることができるそうだ.
「intelligence: 知性」という言葉そのものは問題含みなので使えないそうだが,アメリカで多く使われているのは「smart」と「i」だそうだ.

ミラーはスマートという言葉が使われている商品を列挙している.

  • スマートフード:フリトレーのチーズポップコーン
  • スマートウォーター:グラソーの電子強化された水
  • スマートスタート:ケロッグのシリアル
  • スマートカー:1リッター3気筒エンジンのヨーロッパの超小型車
  • スマートマネー:個人向けファイナンス雑誌
  • スマートバー:前衛的なシカゴのダンスクラブ
  • スマートパーツ:エアガンのオンラインショップ

スマートフード(参考:http://en.wikipedia.org/wiki/Smartfood)のどこが知性的な印象を与えるのかはよくわからない.単に商品名だけという意味かもしれないが,ミラーは「スマートフードポップコーンは一旦開けてしまうと元に戻せない,そこで知性の高い人はそれをうまく開けて,最初にばらまいてしまうことを避けるディスプレーができる.」とコメントしている.どこまでがジョークなのかはよくわからない.

またミラーは「iPodは,持ち主が160GBとかMPEG3とかの用語をひけらかす機会を作る.BMW500i は,iDriveシステム,ビルトインiPodシステム,二重VANOSステップレス可変バルブタイミング,ダイナミック自動調整キセノンヘッドライトなどの意味を知っていると示すことができる.消費者(多くの場合男性消費者)はこの中に認知的な複雑性の匂いをかぎつけることができるのだ.」ともいっている.
確かにアップル社の「i」にはスマートでクールというイメージがあるだろう.しかし最初にiMacを出したときから特にそのような言葉のイメージがあったのだろうか?むしろiMacの成功によってそのようなイメージが定着したのではないかという気もするところだ.
(私も4月下旬から散々iPadをまわりに見せびらかして楽しんだ口だが,それはそういうディスプレーになっていたということだったのかもしれない)
日本語ではこのような便利な用語はあるだろうか.私には思いつかないが,このあたりの文化差もやはり興味深いところだ.


ミラーはこのようなディスプレーがランナウェイ的になることも指摘して,中世のイスラム社会での複雑な文様(girih)(参考http://en.wikipedia.org/wiki/Girih)の例をあげている.この模様競争はランナウェイ的になり,15世紀にはほぼ完全なペンローズタイル模様になっていたのだそうだ.


ミラーは別のジャンルの商品として,「知性ブースト商品」を挙げている.単純にこの商品を見せびらかすのではなく,知性をブーストしてディスプレーしやすくする商品群だ.
このタイプの商品にはいくつか種類があるそうだ.

  • 思考補助商品:計算機,表計算ソフト,腕時計,カレンダー,地図,本,電話,e-mail,小切手,電子マネー
  • 思考レベルの引き上げを主張する商品:モーツァルトCD,LEGO,プレイモビル,DSの脳を鍛えるゲーム
  • 薬品:カフェイン,ニコチン,コカイン,エナジードリンク,スマートドラッグ


小切手や電子マネーがどうして思考補助なのかはよくわからないし,第二群の商品はいずれも効果がなさそうだ.要するに自分が頭がいいのだというディスプレーをしたがるヒトにつけ込んだ商品はたくさんあるだろうということだろう.


ミラーは本章の最後に「トランスヒューマニスト」運動を紹介している.これは遺伝子技術をはじめとする様々な技術の適用を認めようという運動だそうだ.ミラーはこのことの倫理的な是非には触れていないが,10テラバイトメモリーインプラント手術があるとして問題になるのは「それに実際に知能促進効果があるかどうか」ではなく「それが知性ディスプレーとして有効かどうか」だろうと指摘している.そしてミラーの見立てではそれはディスプレーとして有効だろうということだ.