「Spent」第12章 開放性 その1

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


ヒトが何かを見せびらかすディスプレーで本当に示したいパーソナリティ特性.ミラーの挙げる2番目は「開放性」だ.


開放性ははっきりとした特性で,多くの人に好まれ,多くの人に嫌われる.まずこれが対人関係に与える影響についてミラーはこう説明している.

あなたの開放性がどの程度かにかかわらず,開放性があなたより小さい人は退屈で因習的で体制順応的だ.逆により大きな人はエキセントリックで,脅威で,精神異常的だ.このような特徴からいって,人が開放性に対してフェイクしようとする動機は(知性に比べ)小さいだろう.正規分布しているので,あなたがより平均から外れた開放性を示すほど,あなたは平均して嫌われる.

単に好かれるかどうかだけが問題なら,すべての人は自分の開放性は平均的だと示す方が得策だということになるだろう.しかしそうではなく,自分が気に入る人に好かれたいのだとするなら,自分の開放性を正直にディスプレーするのがもっとも得策だということになる.ミラーが示唆しているのはそういうことだと思われる.
フェイクしようとする動機が小さいということになると,消費者がつけている開放性バッジは(特にコストがかかっていなくとも)多くの場合信頼できるということになるだろう.


実際に社会には多くの両方のシグナルに満ちている.ミラーは次のような例をあげている.

  • 開放的な都市(バンクーバーアムステルダムバンコク)非開放的な郊外(ラングレー(バージニア),ウィンブルドン
  • 開放的な地域(ゲイと学生の街)閉鎖的な地域(心臓外科医の住む街)
  • 開放的な音楽ジャンル(インディ,ジャズ,ヒップホップ)閉鎖的な音楽ジャンル(カントリー,ゴスペル,古典的ロック)
  • 開放的な小説(コンテンポラリー,サイエンスフィクション)閉鎖的な小説(ロマンス,ミステリー,ミリタリーヒストリー,ファンタジー
  • 開放的な雑誌(Seed, Wired, Prospect, Icon, Harper's, Unzipped)閉鎖的な雑誌(Time, Money, Today's Christian Women)

古典的ロックが,いまや非開放性の信号だというのは感慨深い.SFが開放的で,ミステリーが非開放的だというのも興味深いところだ.


何故進化的に考えてこのような特性に変異が保たれているのだろうか.ミラーはこれについて定説はないとしながら,関連した興味深い新しいリサーチを紹介している.
それによると何らかの感染をしている人はより開放性が低くなり,外向性が低くなり,個人主義が後退し,リバリアタニズムも後退する.


この結果は次のように解釈できるとミラーは説明している.

まず進化環境では寄生体による感染リスクは重要だった.そしてよそ者や新奇な環境は感染リスクを高めるものだった.すると既に多くの寄生体を抱えている人は,より免疫系に負荷がかかることを避けようとすることに利益があるだろう.だから生理的免疫系だけでなく「心理的な免疫系」が進化する.
そのような免疫を持つと,まず感染源を口や鼻などに近づけないようにするだろう.そしてよそ者とも接触しないように努力するだろう.それは人だけでなく,よそ者の食べ物,服,家,動物,社会的慣習,衛生習慣,儀式すべてを避けるだろう.

であれば感染多発地域にいる人は,平均してよそ者嫌いになり,新奇なものを避けるようになるだろう.
逆に環境が,寒冷だったり乾燥していたりしていて感染リスクが低ければ,よそ者と接触するコストは小さくなる.よそ者と接触するメリット(貿易,知識,発明,配偶,友達)から,これらの地域の人はより開放的で外向的でコスモポリタンになるだろう.

そしてフィンチャー,ソーンヒル,シャラー,マレーのリサーチでは,これらの予測がすべて肯定されている.98の地域で9種類の感染体の負荷を調べ,そしてそれらの地域の政治的,社会的態度やビッグ5を比較したのだ.そこでは開放性と外向性は感染源の負荷と強く逆相関している.相関係数は-0.6程度だった.この相関は温度,赤道からの距離,平均寿命,GDP,政治体制などを調整しても残った.
ミラーは多型のしくみについては,「これらは遺伝的多型かもしれないし,条件付き戦略かもしれないし,文化的な要素による多型なのかもしれない.」とコメントしている.


彼等の別のリサーチでは地域ごとの個人主義集団主義の相対的な強さと感染リスクの相関が調べられた.
集団主義の代表:中国,インド,中東諸国,アフリカ
個人主義の代表:アメリカ,北欧諸国
集団主義は強く感染負荷と相関していた.相関係数は0.44から0.59だった.さらに100年前の感染負荷とはより強く相関していた.同じく0.63から0.73.(これは衛生環境の改善に対して文化的な反応にラグがあるということだろう)そしてやはりその他の要因をコントロールしてもこの相関は強く残る.


では同じ地域の同じ集団の中での個人差もそうなっているのだろうか.
つまりアメリカ人が共和党支持者になるかどうかは,意識的な政治信条だけではなく,体内の感染負荷によっても決まっているのだろうか?
(ミラーはアメリカ人にとっての集団主義は「共和党員,宗教的原理主義,プロミリタリー,移民反対」で,個人主義は「民主党員,世俗主義,国際主義,人種差別反対」だと解説している.共和党員が集団主義的だというのにはかなり違和感があるが,民主党員と比べると,教会や軍隊への価値観からみてそう見えるということなのだろうか)
フェスラー,ナヴァレッテ,シャラーのリサーチでは答えはイエスであると示唆されている.自分の風邪のかかりやすさなどから自己申告した感染へのかかりやすさは,その個人のよそ者嫌い傾向を予測できた.また感染症の写真を見るだけでも一時的に人はよそ者嫌いになるという結果も出ている.また妊婦は妊娠初期には,胎児を排出しないように免疫が弱くなるが,その時期にはよりよそ者嫌いになる.
また人の開放性,外向性,個人主義は若いときにピークをつけるが,それは免疫が強いときだ.


ミラーはこの結果を「感染負荷,免疫系,パーソナリティ特性値,政治的態度には強い関連があるということだ」とまとめている.さらにこのことには重大な政策的なインプリケーションがあると示唆している.

民主主義や科学や世俗主義や平和や民族間の平和を広めたかったらその地域の感染負荷を下げればいいということになる.
外交政策としてはワクチンや蚊帳の供与が外交交渉や経済的制裁や戦争などより効果的だということになる.ゲイツ財団の方が国連やWTOより役に立っているのかもしれないのだ.
ソーンヒルはこの理論で20世紀に西欧や米国で何が生じたのかを説明できるのだと主張している.ベビーブーマーはワクチンが大規模投与された最初の世代であり,そして人種融和的で,国際的で,個人主義で,シビルライトや平和運動に熱心な最初の世代でもあるのだ.さらに保守主義の逆襲は70年代のディスコヘルペスに80年代のエイズの後始まったのだ.

政治的態度が様々な特性と相関があるというのは社会学的なリサーチでよく示されるところだが,感染症との相関というのは結構衝撃的だ.日本でも政党支持は感染症のリスクによって決まるのだろうか.というよりそもそも日本の政党支持と開放性自体に関連があるだろうか.確かに外国人参政権あたりについては関連がありそうだが,それをもって政党支持を決める人はあまりいないだろう.このあたりはリサーチしてみるとなかなか面白いだろう.