「Spent」第13章 誠実性 その2

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


ミラーは誠実性のディスプレーとして「手間のかかる商品」が選ばれると説明した.そしてその究極の商品はペットだと指摘している.
熱帯魚は餌をやり,掃除をし,水質に気を配り,それでもすぐ死んでしまう.フェイスブックには熱帯魚ロス症候群のグループがあるそうだ.ミラーは「よい夫を見つけようとしている女性にとっては熱帯魚を飼っている男性の方が魅力的かもしれない.」とコメントしている.


イヌはさらに手がかかるものとして描写されている.

それぞれの犬種はオーナーにそれぞれ別の耽溺をディスプレーさせる.知的なイヌ(ボーダーコリーやスタンダードプードル)は日常的な社会相互作用と認知的な訓練をしなければ神経症になってしまう.お馬鹿なイヌ(シーズーブルドッグ,アフガンハウンド)は気をつけていないとダーウィンアワードなみの事故を起こす.装飾的な小型犬(マルチーズペキニーズパピヨンヨークシャーテリア)は毎日の手入れと散歩を欠かすと敷物のようになってしまう.攻撃的なイヌ(ロットワイラードーベルマン)は厳しいしつけが必要で,そうしないと対人事故を起こして賠償支払いの必要に迫られる.どのイヌも何かしら大変な手間がかかるようになっているのだ.もちろん餌をやって,散歩に連れ出し,寄生虫対策をして,リーシュやフェンスで行動制限をしなければならない.

愛犬自慢にはこんな側面があるという指摘だ.もちろんこのディスプレーは意識的になされている必要はなく,「手のかかるものをなぜか見せびらかしたくなる」というヒトの性向が問題になっているので,愛犬家がみなこのように考えているということを指摘しているわけではないだろう.なおそれぞれの犬種の評価もなかなか面白い.アメリカでは一般的にこういう評価なのだろう.しかしそうだとすると最も見せびらかし甲斐がある犬種はバセットハウンドということになるのだろうか?
日本では,トイプードル,ミニチュアダックスフント,チワワ,柴犬あたりが人気犬種だが,それぞれどんな手間がかかるというディスプレーになっているのかを考えるのも面白い.
ミラーは「たまごっち」も同じ文脈で評価している.ひたすら手のかかるゲームデザインはこのようなヒトのディスプレー傾向を利用しているということなのかもしれない.


ミラーは,最近の犬種の状況だけでなく,そもそもの家畜化という現象と誠実性ディスプレー自体が進化的に絡み合っている可能性があるとも示唆している.

多くの動植物を家畜化するにつれて,それぞれの動植物にそれぞれ異なる世話をする必要が生じたのだ.そしてそれに有用な誠実性は配偶者選択において魅力的になったのだろう.

ここでは特に配偶者選択を強調しているが,手間のかかるペットや家畜が本当に異性にもてるために有効だったのだろうか?もしそうなら熱帯魚や金魚がもう少し若い人向けに流行ってもよいような気がするが,どうだろうか.


またミラーは,ロボットペットが現れても,メンテフリーではなくより手間のかかるロボットが売れるのではないかとも示唆している.これは現在のシミュレーションゲームゲームデザインから考えてあり得ることかもしれない.


ミラーが誠実性ディスプレーとの関連で説明する次の現象は「蒐集癖」だ.
なぜヒトは何か特定のカテゴリーのものを大量に集め,同好の士とともに語り合うのだろうか.ミラーは,これは強迫神経症の症状の1つであり,それが誠実性自体と関連していると主張している.
この部分はわかりにくいが,誠実性を見せびらかそうとするなら,より完全なディスプレーが望ましく,それが際限のない蒐集癖につながるということなのだろう.ミラーはイメルダ・マルコスの靴のコレクションと自分の古本の蔵書に本質的な違いはないのだろうと自虐気味に語っている.本棚に本を並べたくなるのはそういうことなのかもしれない.


次のミラーの誠実性ディスプレー商品の指摘は衝撃的だ.ミラーは「美容業界」全体が,誠実性ディスプレーに関連していると指摘しているのだ.
ヒトの頭髪はなぜ伸びるのか.これを性淘汰形質として理解するというのはよく聞く話だ.要するにクジャクの尾羽と同じだという理解だが,ミラーはここに一捻り加えている.
これは単に美しい髪の毛を(例えば対寄生虫耐性として)ディスプレーしているのではなく,その手入れの完璧さこそがディスプレーの中核だというのだ.だから過去の洞窟にいる古代ハンターたちの髪の毛は復元図などでぼさぼさに描かれることが多いが,実はきちんと手入れされていた可能性があると指摘している.

ヘアスタイルは,地域,歴史を通じて変化しているが,しかし共通点が1つある.それは手入れをきちんとしなければならないということだ.髭を毎日剃り,洗髪し,散髪し,くしけずり,コンディショニング,スタイリング,編み込み,ジェル,染め,とありとあらゆることを行う.海兵隊曹長はマッチョルックを保つためには毎週散髪が必要だ.長髪のチアリーダーは毎日大変な手入れをしていることだろう.ビジネスマンは毎日髭をきちんと剃らないと,マーケティングの変な連中と間違われてしまう.無精髭は週80時間働くインベストメントバンクのアナリスト部門の若いインターン第三世界から帰ってきたばかりのCIAエージェントにしか許されていないのだ.同じように女性エキュゼクティブは毎日すね毛を剃り,自分がプロフェッショナルでかつ女性としてのジェンダーを保ち,レズや社会主義者ではないことをディスプレーしている.

この指摘はなかなか説得的だ.なぜ毎日髭を剃らなければならないのか,それはなぜ世界の多くの場所で見られるのかいつも不思議だったが,それは誠実性ディスプレーの見せ所だということだ.そしてマーケティングの「変な連中」のヒゲはやはり彼等なりのややこしいルールで手入れされてそのクールさを評価されているに違いない.