「Spent」第13章 誠実性 その3

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior

Spent: Sex, Evolution, and Consumer Behavior


誠実性ディスプレー.ミラーのあげる次の例はフィットネス用品だ.なぜ私達は(すぐ使われなくなる)フィットネス商品を買い込み,そして(予想通り)使わなくなってしまい込むのか.
ミラーにいわせれば,ホームフィットネス産業は人類の歴史の中で最大の機械の無駄遣いを開発したのだということになる.(アメリカでは2万ドルの流水プールまで消費者向けに売り出されているそうだ)

セールスマンは機械の運命のことをよく知っている.彼等が売っているのは「この機械の購入コストこそがエクササイズを続けさせてくれるはずだ」という幻想だ.(消費者はもちろん安い運動靴で近くの公園で走ればいいのは知っているが,そのコストでは運動は続かないと思っているのだ)
消費者は幻想に酔い,セールスマンにはコミッションが入り,メーカーはこの機械が17回しか使われないのをよく知っているので安心して10年保証をつけられる.


この商品の本当のポイントは,「高い誠実性を持つ人だけがこの機械の恩恵を受けられる」というところだ.だからこの機械は素晴らしい誠実性インディケーターとなるとミラーは指摘している.

こはちょっとよくわからない.ディスプレーとして有効なのは,機械そのものではなく,それを活用できた証拠としての体型自体なのではないだろうか.だから機械自体はディスプレー性向を利用してうまくマーケティングされた商品にすぎないだろう.
いずれにせよ,現代の飽食社会の中で中年になっても若いときの体型を維持しているというのは,「私は誠実性が高い」というディスプレーとして極めて有効だということだ.実際にアメリカのビジネス界では,太っていたり,禁煙ができない人は,自己コントロール能力を疑われ,出世の妨げになるといわれているが,それはこのディスプレーの有効性をよく示しているということだろう.


なおミラーは,この素晴らしい信号システムの有効性はいま「エクサゲイミング」の脅威を受けているとコメントしている.ダンスダンスレボリューションや,ウィー・フィットネスは,有酸素運動を楽しみながらあるいは中毒症状になってさえ行うことを可能にしている.つまり,体型は必ずしも誠実性の賜物ではないかもしれなくなるという恐れがあるという指摘だ.もっともこのようなゲームだけで体型維持ができるとはとても思えないところだが.


ミラーがあげる次の誠実性ディスプレーもなかなかシニカルだ.ミラーは高いクレジットレイティングが高い誠実性のメタインディケーターだと指摘している.(メタといっているのは,このクレジットレイティングが高いと,より高額商品の購入が可能になり,よりディスプレーできる,つまりディスプレー能力のディスプレーになっているということを指していると思われる)
アメリカでは日本と異なって自分のクレジットレイティングがどうなっているかが,社会生活において明示的に重要で,実際に気にしている人が多い.そしてクレジットレイティング自体も,過去のクレジットヒストリーによって決まる部分が大きいようだ.(日本のほうが信用審査においてクレジットヒストリー以外の定性要因を重く見ているのではないかと思われる)
つまり,レイティングは単に所得水準を示すのではなく,過去にいかにきちんと支払期日を忘れずに小切手を送ったり(アメリカではカード会社や銀行の事務処理能力を信用しない人が多く,カード会社からの請求書を見て,その請求をきちんとチェックしてから小切手を送るという処理を行うケースが多い.*1),必要口座に資金を移動させていたかという誠実性の問題になるのだ.
ミラーはかなり具体的にアメリカのレイティングを説明している.アメリカの社会生活や,クレジットというものに対する考え方が日本とかなり異なっていることがわかって興味深い.

FICOレイティングは,非常に悪い300からとてもいい850まである.高いレイティングを得るには,長いクレジットヒストリーを持ち,請求書をきちんと支払い,少額の小切手をきちんとカード会社に送り,デフォルトせず,同じところに数ヶ月以上住み,少し借金をし,しかし収入に比べて大きすぎず,クレジットレポートは半年ごとに受け取ってきちんとチェックし,そして辛抱強く訂正を依頼し,かつあまりしつこく質問しないということが必要になる.
しかしこれらは普通の人には難しい.だからカードの最低利率を得るのに必要な720に達する人は少なく,多くの人は680止まりになる.

あえて少し借金をして,きちんと支払っておくということが重要だというのがいかにもアメリカ的で面白い.


ミラーは,このようなレイティングのスコアリングだと,衝動的な人にとってクレジットレイティングを保つのが非常に難しいと指摘している.(アルコールを含む薬物中毒,馬鹿げた買い物,住所を頻繁に変えること,事故による医療費の支払いなどがレイティングにとっては障害になる)


これまでパーソナリティ心理学者は誠実性とFICOレイティングの相関を調べてこなかったそうだ.ミラーはこれは奇妙なことだとコメントし,これは情報を得にくいという問題のほかに政治的な問題があるのだろうと示唆している.

「誠実性は遺伝する」ということになるとクレジットレイティングはミステリアスな意志の力の指標ではなく,何らかの脳の機能数値ということになってしまう.そして性別や民族,宗教,社会的地位などのカテゴリー間の数値差異が政治イッシューになるだろう.だから見ない振りをした方がよいのだ.

確かになかなか剣呑な領域に近づきそうだ.仮にエスニシティ問題に触れなくとも,例えば,(いかに予測能力があったとしても)血縁者のレイティングをファクターとして取り込めば間違いなく政治問題になるだろう.

*1:というより,そもそも事務処理は時々間違うというのが社会生活の前提になっていて,間違いがあったとしても,きちんと支払額をチェックしない方も悪いという感覚のようだ.通常の日本人はカード会社と銀行を信用してカードの支払いを自動引き落としにして安心していると話すとものすごくびっくりされることがある