日本進化学会2010 参加日誌 その1

shorebird2010-08-09今年の日本進化学会は8月2日から5日までの4日間,会場は東工大の大岡山キャンパスである.東工大がホストということで丸山茂徳先生と岡田典弘先生が企画者となっていて,その意向は公開講演会とシンポジウムの構成によく現れている.24時間講演で太陽系の起源から人類進化と文明史までを取り扱い,さらに系外惑星学まで取り扱うという気宇壮大なものだ.また期間中はシーラカンスの標本が一般公開されていて,様々なプレゼンの隅っこに登場したりして今大会のマスコットのような扱いになっている.


大会初日 8月2日


初日は午後から開幕.この日は公開講演会と夏の学校だけといういわば前夜祭のような日程.
まずは午後一の日程.夏の学校SS1は若い研究者向けに分子系統解析の実践方法を伝授するという内容で,なかなか興味深そうなところではあったが,実務家向けのハードなカリキュラムとややや敷居が高い.公開講演会は一般向けで24時間講演のさわりを切り取ったような演題となっている.結局平山先生の恐竜の性淘汰講演の魅力にはあらがえず公開講演会に参加することとした.



公開講演会はいかにもモダンな建築物の蔵前ホールで開催された.(建物内でエクセルシオールカフェが営業している)受付を済ませて中に入ると前の方は高校生が大勢入っていて盛況だ.講演会は岡田先生のイントロダクションから始まった.これ以降いつもの通り発表者の敬称は略させていただく.


公開講演会


シーラカンスが日本に来るまで 岡田典弘


まず企画者の1人として今回の大会のコンセプトの説明があり,その後にシーラカンスの話題に.
シーラカンスは現生2種.(アフリカの東海岸のもののほかにインドネシアでも発見されている)有名な南アフリカでの発見,その後のコモロ諸島での生息域の発見に続いて2004年にタンザニアの沖合で大きな生息域が見つかっているそうだ.ちょうどヴィクトリアやタンガニーカのシクリッド調査でタンザニアの水産資源担当官の知古を得ていたところ,シーラカンスに興味はあるかと聞かれたことがきっかけで東工大にシーラカンスの標本が寄贈されたという経緯があるそうだ.
この後来日後の調査の様子,名前の由来である中空の脊椎,卵胎生で生まれる前の稚魚などがスライドで示され,またミトコンドリアハプロタイプの系統地理的なリサーチの結果などが紹介されていた.
古生代には淡水性で多様化していたが,現代において再発見されたときにはわずかに2種で深さ200メーターの海中に生息するようになっていたと言うことらしい.
質疑では肉肢や中空の脊椎の適応的意義などについて質問が飛んでいたが,まだよくわかっていないという説明だった.(肉肢については水中で逆さにあって泳ぐときに独特の動きを見せることが知られていて,泳法に関連があるかもしれないという説明があった)
中空の脊椎の適応的な意義はなかなか興味深い問題だ.この系統でのみ進化した形質と言うことであれば何らかの適応的な価値があったのだろうと思われるが一体何だったのだろうか.


日本人漢民族説と日本国家の誕生 丸山茂徳


どう考えても進化生物学とは関係なさそうな題目で,さらに丸山茂徳は最近,地球温暖化についての発言が様々な話題をよんでいるとあって,なかなか注目の講演だった.
日本民族の成り立ちを少し大きな視野で見てみると,それはここ数千年単位の気候変動に原因を求めることができるというのが講演の趣旨.気候変動を見ると最近では約2800年前と1600年前に寒冷化している.ヒマラヤ山脈の存在により,寒冷化は中央アジアにおける降水量に変化を与え,乾燥化させる.するとそこにいる遊牧民は中国に,あるいは中東・欧州に押し出していく.
中国に押し出して来た第一波は玉突き的に人類集団を移動させ,このとき弥生人と稲作が日本に伝わった.
1600年前の第二波は中国を五胡十六国の状態にした.(欧州ではゲルマン民族の大移動を引き起こしている)このときに,中国北部から押し出された人たちは長江付近に落ち着き,満州・朝鮮の鉄資源,日本の非鉄金属資源などを交易する黄海周辺の文化圏を作り上げた.(ちょうどエーゲ海のギリシア文明圏のようなものだとも説明がある.丸山はこれを「倭寇」と呼んでいる)このときに日本にも多くの渡来人が入っていった.丸山の試算では人口増大のギャップから見て当時50万人ほどだった弥生時代日本に100万人程度の大陸からの渡来人が入ったことになる.だから「日本人」とは多起源であり,その2/3は広い意味の「漢民族」だという講演の主題になる.(丸山は近代の例でいうとアメリカ合衆国の成立と似ていると指摘している,入植者が進んだ文明を持って現れて国家を形成したという現象だと言うことだ)この渡来人の影響は考古物にも見られ,4,5世紀から急速に武器が増える.また大伴氏,蘇我氏,藤原氏への権力移動は渡来人に権力が移っていったものだと見ることができる.
なお寒冷化の第3派はモンゴルを動かし,第4派は満州族を動かして明を崩壊させたことになる.


この主張の是非については論評できる知識があるわけではないが,日本人のルーツにかかる問題については,現在の日本人の遺伝的多様性を各地域のそれと比較することで2/3という主張を定量的に評価可能だろう.せっかくの進化学会なのだからそのあたりにもコメントが欲しかったところだ.

講演で強調されていたのは,地球科学,宇宙科学の近時の知見を歴史などの社会科学へ応用すべきではないかということで,本講演は地球の過去の気候についての知見を歴史解釈に応用してみた事例と言うことらしい.


恐竜における性淘汰圧を考える 平山廉


「最新恐竜学」の著書もある古生物学者平山廉による恐竜講演.
まず角竜類のフリルの奇妙な形についてちょっと触れてから,恐竜の基礎講座.これまで記載されたのは大体1000種ほどで,現在中国や南米を中心に年間50種ほど新種記載がなされているそうだ.最低でも10000種はいたという推定があるようで,まだ10%程度しか記載されていないということになる.うち日本では4種,現在3種ほどがクリーニングや記載論文の準備中だそうだ.


ここからが講演の本題で,「多くの動物群で性淘汰形質が見られるが恐竜ではどうだったのか」という問題だ.現在までに明確な性差のある形質は見つかっていないということだが,鳥類で見られるような性淘汰形質があるとするなら骨格ではなかなか同定できないだろう.

ここでアンキオルニス(Anchiornis huxleyi)の紹介.最近見つかったこの羽毛恐竜ではミクロラプトルと同じく四肢に羽根があり,羽根に色素が確認でき,とさかとほほに赤みがあったとされている.これはまさに性淘汰形質なのかもしれない.また孔子鳥では尾羽の長さがまさに性的二型を示している化石が見つかっている.


ここから平山は同じ系統内で種特異的な奇妙な飾りのような形質が見られる恐竜以外の化石生物を紹介する.
まず翼竜類.確かに口先の突起や,とさかのような形状は奇抜なものが多い.
次に哺乳類型爬虫類でエダフォサウルスやディメトロドンなどが紹介される.この帆のような背びれは,これまで体温調節として説明されてきたが,種多様性が見られること,幼体には見られないので性淘汰形質の候補だというのが平山の示唆だが,これにはそれほどの奇抜さ(もっと正確にいうと,フィッシャー的な気まぐれさと馬鹿げたハンディキャップコスト的な雰囲気)が無く,ほかの説明も可能なような気がしてやや疑問だ.


ここからが恐竜類で,平山は角竜類の様々なフリルや角の状態,ハドロサウルス類のとさか,剣竜類の角板を紹介する.確かにこれらには(なお性差が見つかっていないとしても)性淘汰形質的な匂いがある.(剣竜類の角板はどちらかといえばエダフォサウルス的かもしれないが)


平山はここから今日の本命の竜脚類に移る.
「竜脚類の首の長さの適応的な意義は何か」
かつての水棲説,樹上高いところの葉っぱを食べるための適応説を概観したのちに,骨格の証拠からはこれらはとりえないと説明する.水棲説では呼吸できないし,首の構造を見ると上下にも左右にもほとんど可動性が無く,上に伸ばすことはできない.(後の質疑で後ろ足で立ち上がって全体で上に起こせるのではと言う(バッカー的な)可能性について,それは腰の関節から考えて不可能だと答えていた)左右にも曲がらないのだから摂食適応ではないと考えられる.
(なお「最新恐竜学」ではこれは最もエネルギーコストを節約して口を水平に動かす適応だとしていたが,それについては特に言及はなかった.要するに首は左右にも曲がらなかったという結果から自説を撤回したということだと思われる)


そして平山はこれは性淘汰形質ではないかと示唆している.性差は見られないが,種識別的な信号ではないかと説明していた.
ここも疑問だ.
まず種識別信号であれば基本的にコストは小さいはずだ.派手で高コストな形質を種識別信号だと考えるのは,性淘汰について理解が浅かった1970年代以前の考え方で現代的にはそもそも疑問だ.
仮に摂食に役立たないのだとすると固定された長い首は非常にコストが高いだろう.これが性淘汰形質だとすると,これだけ高コストな形質なら配偶選択にかかるハンディキャップコストだと考えざるを得ないが,それであれば性差がなければ不自然だ(性差ができないほどの発生制約があるとは考えにくい)と思われる.そして竜脚類のような恐竜で首の長さの性差があるにもかかわらず見つからないということは考えられないのではないだろうか.
また竜脚類の首についてはフィッシャー的な気まぐれさや馬鹿げたコスト性などの性淘汰的な匂いが感じられないところも不審だ.あの長い首は非常に精巧な工学的な構造のように感じられ,自然淘汰産物と考えるのが自然ではないだろうか.そして首が左右に曲がらないとしても身体全体を回転させることによりやはり低コストで口を水平に動かせたのではないだろうか.というより,より低コストで頭部を左右に移動させる工学的な方法を追求すると(筋肉で首を曲げて左右に振れるようにするとその関節や筋肉に重量がかかるので,)できるだけ軽い首を角度固定にして突き出して,身体全体を回すという方法に行き着くのではないだろうか.(これは前提条件をきちんと設定してやれば工学的に何らかの検証ができそうな気もする)
これに対して角竜やハドロサウルス類の特徴については種特異性が高く,気まぐれなフィッシャー的な特徴が見られるのでより性淘汰産物を思わせる.しかしやはり性差が見つからないのは難点だ.この問題はなかなか難しい.


要するに恐竜の世界はまだ謎だらけということだ.恐竜に関してはまだまだ面白い話が多いことがよくわかる楽しい講演だった.

最新恐竜学 (平凡社新書)

最新恐竜学 (平凡社新書)

  • 作者:平山 廉
  • 発売日: 1999/07/01
  • メディア: 新書
この本ももう10年たってしまったということになる.竜脚類にかかる自説を変えられたようだから,その後の10年の知見を取り入れた改訂版を期待したいところだ.



新しい地球観:宇宙が地球の気候,火山噴火,地震,生命進化を支配する 戎崎俊一


丸山の同僚で,宇宙線研究者による講演.
まず宇宙線発見の歴史を振り返り,これが超新星起源であること,超新星の衝撃面の痕跡などの説明がある.そして過去の地球でこのような宇宙線の量が変動した可能性があったはずだと主張される.
まず天の川銀河において超新星は平均100年に1回生じると推定されている(最後の観測事例は400年前).そして超新星衝撃面の大きさを考えると10億年から30億年に一度ぐらい超新星衝撃面に巻き込まれる可能性がある.
次に銀河自体が近傍銀河との接近による潮汐により活発化して(スターバースト)宇宙線量が増大する可能性がある.一度生じるとバックグラウンドの4倍から1000倍の量の宇宙線が,100年から10000年ぐらい続くことになる.
また天の川銀河の腕のどこに地球があるかによっても宇宙線量は変動する.

ではこれは地球にどんな影響を与える可能性があるだろうか.まずDNAへの損傷が増え,遺伝子重複,ゲノム倍化,トランスポゾン活性化の可能性がある.次に気候に影響を与える可能性がある.宇宙線の量が増えると経験則として寒冷化するようだ.これが大規模に生じた可能性がある.メカニズムはよくわかっていないが,雲の増加,成層圏のエネルギー移動の変化,火山活動への影響,太陽活動への影響などが考えられる.

また歴史的に見ると天の川銀河の腕にかかる宇宙線量は5億年前と20億年前ぐらいに増加しているはずで,マゼラン雲との潮汐バーストは16-24億年前と7-8億年前に生じているだろう.それらと全球凍結,あるいは真核生物の起源,多細胞生物の起源,カンブリア爆発は関連しているのかもしれない.

これらはまだすべて仮説の前の段階だが,今後リサーチを進めていく価値があると考えているといって講演は締めくくられた.
丸山の講演と同じく,新しい地球科学,宇宙科学における知見を他分野にも応用していけるのではという視点が強く打ち出されているものだった.




公開講演会はここまで,1時間ほどのインターバルの後,夏の学校の第二部に参加した.


進化教育 夏の学校


2012年から実施される新学習指導要領は大幅に改訂され,高校生物においてこれまでの「生物 I 」(3単位)「生物 II」(3単位)に代わり,「生物基礎」(2単位)「生物」(4単位)となって,全範囲で「進化」を教えることが可能になったそうだ.大変喜ばしい.本夏の学校はこれにまつわる様々な話題を高校教師の視点から考えようというシンポジウムのような構成だ.



まず嶋田から新指導要領の具体的な内容,松浦から要領の実際の決まり方の裏話などの説明があった.
新しい要領はスパイラル的に何度も同じテーマが教えられるように工夫されていて,思想としてはDNAまわりの生物学の進展に合わせ,健康や医療の基礎知識として役に立てるように作られている.内容的には進化論史やメンデルの法則などの歴史的なものが省かれ,系統,進化,生態系の保全などが盛り込まれている.(なおヒトの遺伝についてはどうしても疾病遺伝子の話になってしまい,当該遺伝形質を持つ生徒がいたりして現場では取り扱いが難しいということで見送りになったそうだ)


ここからは現役高校教師からの報告
まず早崎裕之から現状の報告.アンケート結果などいろいろ考えさせられる.

次は中井沙織から高校での進化授業案のプレゼン.以前聞いたものhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090823と同じ内容で相変わらず元気はよいが所々危なっかしい.(適応度の説明で,高い方が価値があるかのような説明の仕方は相変わらずでかなり危ないと思う.価値中立的な説明の工夫が望まれる)浮動形質を断定的に説明しているところも危ないなと思って聞いていたら,質疑の時間に斎藤成也先生から「アメリカ先住民のABO血液型について中立的な浮動形質だと説明していたが,このO型は単系統ではないこと,そもそもヒトの血液型の多型の歴史は大変古いことは,どちらも中立的な浮動では説明できない.だから淘汰形質であると考えられる」との突っ込みがはいった.「表現形質の大半は中立進化による浮動形質だ」が持論の斎藤先生からの「いや,この形質は淘汰形質だ」という突っ込みはなかなか含蓄があった.

次も山野井貴浩からの授業案のプレゼン.こちらは,オリガミバードというもので実際に自然淘汰をシミュレートするものを工作していくという授業案とMEGAとダウンロードデータから哺乳類の系統樹を実際に作成するという授業案.なかなか興味深かった.

最後は田中修二から,ポスドクから高校教師になって高校生を教えて進化学のサポーターを増やすというキャリアもあるよというプレゼン.なかなか重たい主題だが,関西らしい洒脱なプレゼンにまとめていた.


というわけで大会初日は終了である.