日本進化学会2010 参加日誌 その4

shorebird2010-08-12

大会第三日 8月4日


今日の午前中は一般口頭発表に参加.面白かったものをいくつか紹介しよう.


OP3 一般口頭発表


更新世の気候変動に伴う固有種の進化:Cardamine bellidifoliaによるミヤマタケツネバナ(Cardamine nipponica)への一方向性遺伝子浸透 池田啓


ミヤマタケツネバナとその近縁種の多数の核遺伝子を解析すると,ミヤマタケツネバナは祖先種とおおむね21万年前に分岐し,その後さらに11万年前に日本の中で北日本集団と中部集団に分岐している.そして北日本集団のみ祖先種からの遺伝子浸透を受けていることがわかった.これは環北極に分布する祖先集団の分布のなかで日本が突出して端っこにあること,繰り返し訪れた氷河期を考えることにより解釈できるというもの.


パナマ地峡の形成による海産巻き貝の種分化 三浦収


パナマ地峡は約300万年前に形成されたが,そのときに分断された巻き貝が検出できるかどうか調査してみたもの.その結果いくつかのペア種を見つけることができた.そして生息域の深さにより分岐年代が異なっているという予想と整合的な結果だった.


東ポリネシアへの複数回にわたる独立な進出から明らかになる絶対送粉共生系(カンコノキ属,ハナホソガ属)の進化動態 David Hembry


カンコノキとハナホソガは絶対共生系として知られているが,東ポリネシアの孤立した海洋島にも分布している.複数の島のそれぞれの共生系の遺伝子解析してみたところ,カンコノキとハナホソガは(自由生活可能な種が)それぞれ独立に分散しているようであり,出会った両者の間で複数回独立に絶対共生系が進化したものだと思われる.
これはなかなか興味深い内容だった.


海洋プランクトン・浮遊性有孔虫における左右に啓集団の遺伝的進化 氏家由利香


4月の日本生物地理学会でも発表http://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100408のあった有孔虫についての発表.有孔虫は炭酸塩の殻を持ち,ちょうど巻き貝のように殻を成長させていくが,これには左巻きのものと右巻きのものがある.これまでは左右巻き以外の形態が同じであれば同一種として扱われることが多かった.しかし昨今有孔虫に多く隠蔽種が見つかり,この左右巻きについても別種ではないかという議論があり,これが同一種内の変異なのかそれとも別種なのかを調べるべく様々な海域の様々な深度で巻きの分布を調べ,その後遺伝子解析を行った.
遺伝子解析の結果これらは別種として分かれているわけではなく,同種内変異として良いようだが,水深や海域によって左右の頻度に変化が見られた.全体的な傾向としては温かいところで両巻き,寒くなるとどちらかに収斂するようだというもの.

質疑でも出されていたが,この適応的な意義はまったくわかっていないそうだ.少なくとも巻き貝のように交尾の制限により頻度依存淘汰がかかるわけではないようだ.氏家は,まだ想像の段階だがと留保しつつ,巻き方向と殻の成長速度に相関があってそれが適応度に効いているのではないかと示唆していた.何故このような現象が見られるのか大変に興味深い.


Evolutionary History of Wild and Cultivated Asian Rice Deciphered by Gene Tree Discordance Analysis Chin-chia Yang
栽培イネと野生イネの分子系統解析:葉緑体DNAを用いた古イネDNA分析のリファレンス作成 熊谷真彦


同じ研究グループによるイネの遺伝子解析にかかる発表.通常の解析のほか,炭化米の古DNA解析にも成功している.
全部合わせてみると,インディカとジャポニカと野生祖先種の関係についてはおそらく単純な関係ではなく,特にインディカについては多系統かつ交雑がかなりあるという結果が示唆されているようである.


海産渦鞭毛藻感染性ウィルスと家畜病原性ウィルスの進化系統関係 長崎慶三


遺伝子解析の結果,海に赤潮を引き起こすことで有名な渦鞭毛藻類に感染するウィルスと,アフリカ豚コレラウィルスが近縁であることがわかった.発表者は渦鞭毛藻ウィルスが何らかの機会に陸上で豚に感染するようになったんだろうと推測していた.
その後の質疑で,これは(ブタとクジラが近縁であることから)もともとクジラ感染ウィルスが渦鞭毛藻に感染するようになったのではないかという突っ込みがはいっていた.なかなか鋭い突っ込みでその可能性は興味深い.


ベイズ法による種の分岐年代に化石制約が及ぼす影響 井上潤


ベイズ法による系統推定ソフトのMULTIDIVTIMEとMCMCTREEについてその事前分布に関する化石による年代制約入力が結果にどう影響を与えるか,それはなぜか(基本的には上限,下限年代の分布形が問題になる)を解説したもの.
当然ながらこの年代が結果に大きな影響を与えるので,今後は化石から得られるデータからどのような確率情報を与えるかのモデルが重要になるだろうというもの



ここまでで午前の部は終了.昼食は暑さと昨日の経験に懲りて東工大の正門前の中華料理屋に.なかなかおいしかった.
昼休みはポスター発表に.今日から第二部で入れ替わっている.印象に残ったものをいくつか紹介しておこう.



ポスター発表 第二部


野生の雌グッピーが生む子の数・性比と子の形質の関係〜調査時期による揺らぎ 佐藤綾


性比については親の投資量からみた最適投資量の理論があるが,それに制約があるときにどうなるかをESSモデルで解析したもの.面白そうな発表だったが,残念ながらポスターでは,具体的にどんな制約をモデルに入れているのか良く理解できなかった.結論は制約があると最適投資量からずれることがあるという常識的なもの.


蚊の免疫抑制による薬剤適応性の進化とマラリア感染抑制の評価モデル 大野ゆかり


マラリアに関しては,マラリア原虫に薬剤耐性が生じる問題と,媒介する蚊に殺虫剤への薬剤耐性が生じる問題の双方の耐性問題がある.これを考慮した上で,いくつかの感染抑制方策について感染モデルで比較したもの.


植物形態の不連続な進化:葉と葉の角度の決まり方を数理モデルから考える 北沢美帆


葉序について,葉の開度はなぜか180°と137°が多いのだが,それを数理モデルで考えてみたという発表.植物ホルモンオーキシンの輸送にかかる原基間の相互作用を反応拡散系の数理モデルで表すと,180°,137°という開度が安定し,なおかつパラメータの連続的な変化に対して開度は不連続に切り替わったというもの.なかなかエレガントで面白かった.



(この項続く)