「カラスの自然史」

カラスの自然史 ー 系統から遊び行動まで

カラスの自然史 ー 系統から遊び行動まで

  • 作者: 樋口広芳,黒沢令子,中村純夫,長谷川雅美,藤田素子,堀正和,百瀬浩,森下英美子,山崎剛史,吉田保志子,吉田保晴,H. Haring,A. Kryukov,J. Martzluff,伊澤栄一,杉田昭栄,鈴木仁,高木憲太郎
  • 出版社/メーカー: 北海道大学出版会
  • 発売日: 2010/08/19
  • メディア: 単行本
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北海道大学出版会の「自然史」シリーズの最新刊は「カラスの自然史」だ.カラスについての様々な研究を一冊に集めてみましたという体裁になっている.


第1部は系統と進化
まずカラス科(いわゆるカラスのほか,カケス,カササギオナガなどを含む)の分子系統樹が示されている.これをみると,ワタリガラスハシボソガラスミヤマガラスコクマルガラスなどのいわゆる「カラス」はきれいにまとまって単系統をなし,カケス類が最も近縁であること,またカササギオナガ,北米のアオカケス類*1はそれぞれやや離れていることがわかる.(なおこの後ユーラシア全域に広がるハシボソガラスの亜種*2についてはさらに詳しく記されていて,これまでの亜種分類が分子系統樹に合わないことが解説されている.)

次にハシブトガラスの島の生物地理が取り上げられている.八重山諸島で種分化の初期過程が進行しているという報告になっていてなかなか興味深いものだ.
残念なのは最初に掲げられている系統樹ハシブトガラスが登場しないことだ.日本人にとってハシボソガラスと並んで最も身近に観察できるカラスであり,本書全般の主役の一種なのだから,ここは大変もどかしい.形態からみてもっとも近縁なのはハシボソガラスということでいいのだろうか?*3


第2部は生態分布と環境利用
ハシブトガラスハシボソガラスは日本の郊外においてどのように棲み分けているのか,それには何らかの相互作用があるのか*4,東京のハシブトガラスの日中移動,日本におけるミヤマガラスの分布拡大*5の様相などが報告されている.


第3部は食生活と生態系内の役割
カラスがねぐらに落とす糞による土壌化学への影響の試算,海辺におけるハシボソガラスの採食内容と生態的な意義報告*6,伊豆諸島のハシブトガラスの果実食の報告,東北地方のハシボソガラスクルミを自動車にひかせて割る行動*7,千葉県のハシブトガラスの石鹸を貯食する行動*8の報告などが並んでいる.


第4部は社会と行動
伊那谷,大阪におけるねぐら形成,幼鳥,非繁殖個体,なわばり繁殖個体がそれぞれどのような行動パターンを取るかなどの詳しい調査報告がなされている.いずれも非常に手のかかった調査であり,読んでいるとカラスの生活史が浮かび上がってくるようだ.ここで示されている様子はハインリッチによる調査で明らかになったワタリガラスの生活史とよく似ている.
続いてハシブトガラスの飼育観察から,個体識別を行っているらしいこと,また同じく飼育下のハシブトガラスの実験により,記号の識別,量の識別,(人間の)顔写真の識別などができることが報告されている.

続いてカラスの「遊び」行動の報告が集められている.なかなか多様な行動が集められていて読んでいて楽しい.なおここでは「遊び」について,定義は難しいとしながらも,基本的に機能を持たない行為としているようだ.しかし説明振りとして「採餌に役立っていないから遊びだろう」というロジックが目立ち,「配偶相手などへのディスプレー」かもしれないという点をあまり考慮していないようでちょっと残念だ.

最後にカラス類と人間の文化の共進化についての章がある.ヒトの文化とカラスの文化が共進化している可能性について様々な事例を挙げて力説しているもので,これも読んでいて楽しい,もっとも要するにヒトの行動とカラスの行動がそれぞれ互いに影響を与えあっているという話で,実際にカラス側の行動が遺伝的基盤もあるものか文化的なものだけかはよくわかっていないまま乱暴に扱っているという印象だ.


全体に統一感はないが,逆に様々な分野でカラスの研究が進展していることがわかって面白い.(またハインリッチの一連の研究が大きな影響を持ったこともわかる)引用されている研究は2000年以降のものが多く,今後が楽しみである.



関連書籍


ワタリガラスの謎

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カラスについての書物であればこのハインリッチの本は外せない.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20090310



同原書

Ravens in Winter (Vintage)

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さらにハインリッチのワタリガラス本.ここでは知能の問題,ヒトとの共進化の話題などが取り上げられている.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100626

Mind of the Raven: Investigations and Adventures with Wolf-Birds (P.S.)

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*1:有名なブルージェイや西海岸に多いステラーズジェイなど.英名でJay,和名ではカケスとつくが,カケスに特に近縁であるわけではないということのようだ

*2:西シベリアから北部ヨーロッパにかけては白黒の色彩型のハシボソガラスの亜種が分布するそうだ

*3:なおハシブトガラスは東アジアに局在して分布しているようだ

*4:それぞれ若干生態位置が異なっていてややミクロの分布が異なる,同所的に分布しているところで営巣場所に特に排他的な関係はみられないと報告されている

*5:ここ数十年で西側と北側から分布を広げているようだ.日本とシベリアにおいてそれぞれ環境が好転していることが原因ではないかと推測されている

*6:ハシボソガラスは大変なウニ好きだそうだ.

*7:行動の発祥とそれが広がっていった様子が記されていて興味深い.英国におけるシジュウカラの牛乳容器のキャップ外しの報告とちょっと似ている.

*8: 実際に食べるそうだ.