HBESJ 2010 KOBE 参加日誌 その2

shorebird2010-12-12

HBESJ二日目,神戸は今日も快晴.早朝に新神戸駅裏の布引の滝を散歩してみるが,最後の紅葉を楽しむことができた.繁華街から徒歩20分で素晴らしい渓谷があるというのはうらやましい限りだ.


第二日 12月5日


二日目は口頭セッションが3つと招待講演という構成


口頭発表セッション  3


世代間の文化伝達が態度と行動の乖離におよぼす影響 関口卓也


社会規範と進化ゲームに関するもの.水平伝達,垂直伝達双方可能な世代間を考えて調整ゲームを使って社会規範の成立を考えるものは多いが,ここでは,「それに内心賛成しているかどうか」(これを「態度」と呼ぶ)と実際にとる「戦略」を分けて考察してみたというもの.
ここでは水平,垂直のほか斜行伝達も可能にして分析する.態度と一致しない戦略は伝達しにくいというコストをかける.この結果コストがあっても一定の条件下では内心と行動がずれうることが示されていた.

これはそれなりに面白いが,内心と異なる戦略をとるというのは,結局その戦略の行動に微妙に影響を与えたり自己欺瞞の原因になるところがコストに効きそうで興味深いところではないだろうか.今後の進展に期待したい.


人類進化と学習能力 中橋渉


ヒトの脳の増大は学習能力の問題だとして,それには個体が自分で経験して学習する「個体学習」と他個体から学習する「社会学習」がある.
ここで生活史戦略モデルを作って,発達過程で個別,社会それぞれの学習能力に投資し,学習段階では個別,社会それぞれの学習に有益学習確率と回数パラメータを持つようにする.これを解析すると社会学習能力と個別学習能力について,「低・低」「低・高」「高・高」の3つの平衡解が現れる.「高・高」解の誘因域を広くするには学習不要の基礎適応度が低ければ良く,それには環境の激変などがあればよい.
このことから東アフリカの乾燥化が社会・個体学習能力双方とも高くなる淘汰条件を作ったのではないかと結論づけていた.


学習による有利さが大きいと学習能力が高い方が有利になるというのはある意味当たり前だ.面白いところはこの発表のように適応地形に渓谷が本当にあるとすると,ごく限られた動物群でのみ脳の増大が有利になることになるだろう.そのような条件が個体学習と社会学習を分別してはじめて現れるのかどうかはなかなか興味深いことかもしれない.


小さな記憶容量のメリット −記憶容量が相関利用能力に及ぼす影響− 菊池健


ヒトの短期メモリー容量は限られている.大体7プラスマイナス2ぐらいとされている.しかし一方でサヴァン症候群の症例を見ると,短期メモリーの増大は構造的にあるいは発生的に不可能あるいは極端にコストが高いというわけでなさそうだ.であれば,短期メモリーが限られていることには何らかの適応なのかもしれない.

これについては短期メモリーが限られている方が,相関を強調して知覚することができて有利だという仮説が提唱されている.
ということで短期メモリーが7以下の人と8以上の人をグループ分けして(またワーキングメモリ容量も計測し)相関係数0.5程度(0.5程度だと大体8から11程度のデータ数で良く判定できると説明があったがここの説明はよくわからなかった,それは有意水準をどうするかに依存するだけのはずだ,ヒトの認知の特質だとすると結果の解釈がよくわからなくなる)の相関課題を与えてリサーチしてみた.
この結果男性は短期メモリーの人ほど相関をよく発見した.女性ではこの関係が見いだせなかったが,逆にワーキングメモリーが多い人ほど成績が良かった.
これをもって,性淘汰を考えると男性はより早く結論に飛びつく(有意水準が高い)方が,女性はより慎重に間違いを避ける(有意水準が低い)方が適応的だったと考えられるという考察を行っていた.

なかなか面白い論点の多い発表だった.


ヒトの社会的知性の複数の側面;マキャベリ的知性と“心の理論”についての検討 中村敏健


社会的知性を考えるときに,よくマキアベリ仮説と「心の理論」が引き合いに出される.他者の心を理解して自分が有利になれる能力だとするとこの2つは同じ側面を持つが,心理学で使われるマキアベリ尺度は高い方がよりサイコパス的とされ,心の理論に関連する自閉症スペクトラムにおける自閉症指数では低い方が非適応的な自閉症に近いとされている.この表面的な矛盾はどう考えればいいかという発表.

マキアベリ尺度と自閉症指数とビッグ5をリサーチしてみるとそれぞれ別の相関が得られた.(特にマキアベリ尺度は協調性と負の相関,自閉症指数は外向性と負の相関)
ということでこの2つの尺度は社会性知性の別の側面を表していると考えられる.特にマキアベリ尺度は利己性を測る傾向が強く,他者を捜査するという部分に結びついているというもの.

常識的で納得的な内容だった.




招待講演
ポジティブ感情と健康との関連 ―脳と身体の機能的関連と遺伝子多型からの検討― 松永昌宏


ストレスやポジティブ思考が身体にどう影響を与えるかという内容.
ストレスは自律神経を経由して消化器系に影響を与える.また内分泌系を経由して免疫系を活性化させる.また炎症反応も誘発させる.
遺伝子的にはセロトニントランスポーターに遺伝子多型が発見されていてこのSはセロトニンの回収が遅くなり,ストレス反応に弱くなる.欧米やアフリカと異なりアジア人(含む日本人)はこのS型の頻度が非常に高いことがわかっている.

これらのことから健康にはストレスが重要な影響を与えることがわかるが,実はポジティブ思考も身体に同じような影響を与えることがわかりつつある.(この実験は被験者に好きな女優の画像を見てもらうというもので,被験者からは大変好評だそうだ)

そして特に面白いのは同じように免疫反応を活性化させるが,アドレナリン系の上昇はあまり見られずに炎症反応の負担を与えないということだ.またS因子を持つ人はよりこの反応にも敏感だということがわかりつつある.
ということでS因子を持つ日本人にはポジティブ思考が重要だという内容だった.


Q&AではこのS因子の淘汰要因に話が集中.
一般的に遺伝子の繰り返し構造の進化から見て短いSが起源的のようにも思えるがアフリカがLならばそうとも限らないだろう.しかしこれだけ影響があるのだから浮動のみでは説明できにくいような気がする.なかなか興味深いところだ.


ここまでで午前の部が終了である.



これは朝の布引の滝.



さらにそこで見かけたルリビタキのオス.