Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その21


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<Group selection is not kin selection>
Supplementary Information,Part A "Natural selection versus kin selection"


しばらく間が空いてしまったが,Nowak et al.論文に戻ろう.


その前にここまでの復習をしておこう.
Nowakたちは包括適応度理論の前提条件について批判を行ったあと,突然グループ淘汰についてコメントする.「包括適応度理論とマルチレベル淘汰(グループ淘汰)理論は等価だ」と包括適応度理論家たちはいうがそれは間違いだと.前者は弱い淘汰条件という前提条件があるが後者はそのような制限がないからだというのがその理由だ.
しかし一般的にはどちらも同じ前提条件で議論されていて,その場合には等価になる.ではNowakたちが考えているグループ淘汰理論とはどのようなものだろうか.参照論文に当たってみると実はこれについてもNowakたちと包括適応度陣営に因縁があることがわかる.まずTraulsenとNowakの,そしてLehmann et al. の論文を紹介するところまでを前回のエントリーで扱った.



さてTraulsenとNowakは,包括適応度理論が有限集団には適用できないと誤解し,挑発したあげくに粉々に論破された.彼等は捲土重来を期して再攻撃を始める.敵が「有限集団条件」に拡張していると知り,彼等は「弱い淘汰条件」に攻撃目標を定める.そのために彼等のモデルを「強い淘汰条件」でも成り立たせようとしているのだ.


Traulsen A, N Shoresh, MA Nowak (2008). Analytical results for individual and group selection of any intensity. B Math Biol 70, 1410-1424


この論文では冒頭で「通常の進化ゲーム理論では,ゲームのペイオフが直接相加的に適応度に効くモデルになっていて,そのことから弱い淘汰条件を前提としているが,ペイオフが指数関数的に適応度に効くなら強い淘汰条件でも定式化できることを示す」と宣言されている.説明順序としては,まず一様な集団の中でのモデルを作り,その後でマルチレベル淘汰理論について応用し,最後に包括適応度理論との等価性についても議論するという作りになっている.


イントロダクションではグループ淘汰についての学説史も整理されていて彼等の受け取り方がわかり興味深い.ウィリアムズとメイナード=スミスによってグループ淘汰が成立する条件は非常に狭いことが強調されたこと,ハミルトンの定式化がまず記され,その後Zwickの2004年論文で,グループ内で数世代経過することができれば協力が進化しやすいことが示されたことを特に紹介している.またグループ淘汰理論が有益なフィールドとして微生物や細胞の振る舞いとヒトの協力の進化が挙げられている.
このイントロダクションで面白いのは,「多くのマルチレベル淘汰モデルは複雑でシミュレーションでしか研究できない」ことを認めているところだ.そのような中で,本論文は強い淘汰条件でも解析的に解けるモデルを提示したところに意味があると主張している.このコメントは(おそらく著者たちの意図に反して)マルチレベル淘汰理論の混乱と限界をさりげなく示唆しているようでもある.


イントロダクションの後でモデルの説明が始まる.


ここでは2006論文より一般的な次のペイオフを持つゲームが行われる.そしてn個体からなる集団の中の一個体がランダムに死亡し,ペイオフに応じた何らかの確率(ここを単純相加的にしたり指数関数に比例させたりすることになる)で誰かが選ばれて繁殖するという状況を想定している.

  A B
A a b
B c d


最初はペイオフに比例して選ばれる場合を扱っている.


<相加性を前提とする場合>

A戦略をとるj個体の期待ペイオフをπA(j)とするとペイオフπと適応度fは以下のようになる.(δは淘汰強度:原論文ではωになっている)
\pi_{A}(j)=\frac{j-1}{n-1}a+\frac{n-j}{n-1}b,\hspace{20em}\pi_{B}(j)=\frac{j}{n-1}c+\frac{n-j-1}{n-1}d


f_{A}(j)=1-\delta+\delta \pi_{A}(j),\hspace{20em}f_{B}(j)=1-\delta+\delta \pi_{B}(j)


ここで適応度を相加性を持たせるには適応度が0以上になるような制限が必要になる(だから複雑になる)とコメントがある.


ここはNowakたちの本Nature論文の指摘に即していえば,そもそも上記のようなペイオフに比例して繁殖個体が選ばれるという過程において(適応度は相対的に決まるために)厳密には相加性が崩れているので弱い淘汰条件が必要になるというべきところだろう.とりあえずこのTraulsen論文ではそこは素通りしている(その後Grafenに指摘されてこの点について気づいたということかもしれない)


さてここから適応度最大化の考察に向かわずに集団の中での固定確率を直接求めに行く.(このあたりは2006年論文,大槻et al.論文と同じ形式になる.固定確率はどのようなモデルでも求められるわけではないようだ.だから「標準自然淘汰理論」とは別ということになるのだろう)
このモデルでは1ステージで1個体しか死亡・繁殖しないのである戦略をとっている個体数が次のステージで1増える確率,変わらない確率,1減る確率だけを考えることで解析できる.戦略Aが増える確率T+は(繁殖個体としてA戦略個体が選ばれる確率)×(B戦略個体が死亡する確率)で与えられる.
T^{+}(j)=\frac{jf_{A}(j)}{jf_{A}(j)+(n-j)f_{B}(j)}\frac{n-j}{n}


戦略Aが増えるか減るかを知りたければT-/T+の値が1より大きいかどうかを見ればいい.このような分数にするとうまく打ち消しあって以下の形になる.


\frac{T^{-}(j)}{T^{+}(j)}=\frac{f_{B}(j)}{f_{A}(j)}=\frac{1-\delta+\delta\pi_{B}(j)}{1-\delta+\delta\pi_{A}(j)}


すると1個体から集団に固定する確率を求めることができる.(ここは別の論文が引用されている)


\phi_{A}=\frac{1}{1+\sum^{n-1}_{k=1}\prod^{k}_{j=1}\frac{f_{B}(j)}{f_{A}(j)}}


Traulsenたちはこの結果は解釈が難しく,ゲームのペイオフのみで表すには弱い淘汰条件を入れてδ→0の極限を考えて近似解を得るしかないとしている.(この論文の段階ではこれが弱い淘汰条件を要求する理由とされていることになる)


\phi_{A}\approx\frac{1}{n}+\frac{\delta}{6n}\left(-2a-b-c+4d+n(a+2b-c-2d)\right)


すると戦略Aの方が固定確率が高い状況は\phi_{A}>\phi_{B}となる.これは以下のようになる.

\frac{n}{2}(a+b-c-d)-a+d>0


これはnが大きいときにはa+b>c+dと表せる.これが大きな集団での弱い淘汰条件における戦略Aの進化条件(より正確にはより広い誘因域を持つ解である条件,ここではリスクドミナントな戦略と呼んでいる)ということになる.だめ押しのようにTraulsenはこれは弱い淘汰条件のみに当てはまる議論だと強調している.



<相加性を前提としない場合>

ここでTraulsenは適応度がペイオフの指数関数として決められればどうなるかを見てみようといって適応度を次のように決める.(δは淘汰強度,原論文ではβとされている)


f_{A}(j)=e^{\delta\pi_{A}(j)}\hspace{20em}f_{B}(j)=e^{\delta\pi_{B}(j)}


要するにこのように適応度を決めれば,これから見せるようにリスクドミナント戦略になる条件を解析的に決められるということのようだ.だから実際に野外でこのように適応度が決まることが多いという主張ではない.あくまでも,もしこう決めてやれば解析的に解けるということだ.Traulsenたちはこれについてはこのように説明している.

  • そもそも相加性の前提の是非はあまり議論されない.それは相加性からずれても進化速度には効いてきても進化方向はそのままだからだ.
  • であれば指数関数的に決めてもそこは同じことだ.
  • さらにどんなにペイオフがマイナスになっても適応度は0にならないし,指数関数なので非常に強い淘汰も扱える.


突っ込みどころもあるが,とりあえず先に進めよう.
すると戦略個体の増加確率も適応度のところに指数関数が入る.その結果T-/T+は指数の中が引き算にできる.


\frac{T^{-}}{T^{+}}=e^{\delta(\pi_{B}(j)-\pi_{A}(j))}


すると固定確率は以下のような形になる.


\phi_{A}=\left(\sum^{n-r}_{k=0}exp (\frac{\delta}{2}k(k+1)\frac{-a+b+c-d}{n-1}+\delta k\frac{a-bn+dn-d}{n-1})\right) ^{-1}



ここでa+d=c+b であればこの確率は非常に単純な形になる.(2006論文のような囚人ジレンマゲームだとこの条件を満たすことになる)そうでないときでも,総乗の記号の出てこない積分を使った式に展開できる.この結果固定確率の比は以下のようになる.


\frac{\phi_{B}}{\phi_{A}}=exp(-\delta\left(\frac{n}{2}(a+b-c-d)-a+d\right))


すると\phi_{A}>\phi_{B}は以下の式となる
\frac{n}{2}(a+b-c-d)-a+d>0


Traulsenたちはこれにより強い淘汰条件でも同じ結果を得ることができたと整理している.


しかしこの結果はそんなに意義深いものだろうか?私にはいくつか疑問がある.

  • まずNature論文でNowakたちが指摘しているように,適応度をペイオフに関してある形式で定めようとしても最終的に相対的に決まることになるから厳密にはそこからずれてくるという問題がある.だからもしこのゲームがペイオフの指数関数に比例して誰が繁殖するかを決めるという形式であれば,この適応度は強い淘汰の下で指数関数からずれてくるはずだ.厳密にずれないように適応度を決めることはできるのだろうか?できるのかもしれないが,それは非常に複雑なモデルになるのではないだろうか.
  • 次にこのような形で実際に適応度が決まるということがあるだろうか.ペイオフがマイナスになる場合には確かにそういう形もあるかもしれない.しかしペイオフがプラスになるとどこまでも指数関数的に適応度が増えるという状況はまず考えられない.通常は何らかの別のボトルネックによって逓減的になるのではないだろうか.要するに相加性の前提より現実性に乏しいのではないだろうか.
  • より現実性の乏しい関数型を仮定することによって強い淘汰条件で厳密に解析できることと,より現実性のありそうな関数型の仮定で弱い淘汰条件で解析するのを比べて前者になにか理論的な優位性があるだろうか.Traulsenたちは方向が同じなら指数関数でもいいはずだといっているようだが,それなら弱い淘汰条件で考察すれば十分なように思われる.
  • 仮に意義があるとしても,この拡張は非相加性一般に対して行ったものではない,指数関数型についてのみの拡張(改変?)だ.また固定確率が計算できる形式に限られているという制限もあるだろう.要するに決して汎用的な結果ではないと思われる.


ともあれ,Traulsenたちはこのモデルをマルチレベル淘汰について拡張を行う.