「飢えたピラニアと泳いでみた」

飢えたピラニアと泳いでみた へんであぶない生きもの紀行

飢えたピラニアと泳いでみた へんであぶない生きもの紀行


本書は行動派のサイエンスライター,リチャード・コニフによるものだ.「オーデュボン」「ナショナルジオグラフィック」「ディスカヴァー」「スミソニアン」などの科学雑誌に掲載された記事を集めて一冊に仕上げており,ユーモアたっぷりの語り口で世界中の様々な野生動物のフィールドやその研究者の様子を伝えてくれている.


オカヴァンゴのリカオンマダガスカルキツネザルの社会構成,チーターやヒョウの生態的地位などの様子は実地の観察から迫力のレポートになっている.ヒョウの描写はその足跡を追うブッシュマン*1の驚異的な解釈力と合わせて不気味な雰囲気を醸し出している.
純粋にある動物群を紹介する記事もなかなか楽しい.ハチドリやワニガメの紹介はアメリカ大陸ならではだ.ハチドリのエネルギー収支から見た生態はなかなか面白い.クラゲも採食戦略と捕食者の戦略が合わせて紹介されていてとてもよい記事だと思う.ピラニアの真実も興味深い.彼等は他種の魚の鰭やウロコ食いが主な生態的地位で,ヒトが捕った魚のはらわたを捨てて餌付けをして高密度になったところでのみどう猛に獲物に食らいつくようになるということだ.
かと思うと学名のおふざけやキャンプ地の蚊の攻撃など研究者の実態にも鋭く迫っていて笑わせてくれる.また世界中のフィールドにおける保全を巡る様々な問題(リカオンチーターの経済的価値と家畜をやられる農家の軋轢,カブトガニの分類を巡る奇妙な法解釈,マダガスカルにおける霊長類ウォッチングの試み)についても現地からならではの報告がある.ヒアリに刺されたり,ピラニアと一緒に泳ぐという突撃レポーターとしての強烈なレポートもなかなか面白い.シロアリやヒトの顔に棲むダニの話も思わず引き込まれる語り口になっている.最後に載せられているブータンでイエティを追う話はファンタジーが強烈だ.


なお霊長類の政治についてドゥ・ヴァールに取材した記事において,(おそらくドゥ・ヴァールの至近因と究極因と意識的動機がぐちゃぐちゃに混乱した説明を鵜呑みにした結果だろうと思われるが)ゲーム理論による攻撃の抑制の説明やドーキンス利己的な遺伝子について歪曲された解説がなされている.ここはちょっと残念だ.


ともあれ,全体としては,とても上質かつユーモアあふれる*2科学雑誌の記事が集まっていて読みやすく肩の凝らない本となっている.雑誌の時にはついていたであろうたくさんの素晴らしい写真が2点しかついていないのがちょっと残念だが十分楽しい一冊になっていると評価できるだろう.

*1:原文のまま

*2:訳者はわかりにくい表現についてかなりがんばって訳注をつけてくれている.これは丁寧な試みで評価したい.