「寄生虫のはなし」

寄生虫のはなし わたしたちの近くにいる驚異の生き物たち

寄生虫のはなし わたしたちの近くにいる驚異の生き物たち


これは海洋生物学者のユージーン・カプランによる主にヒトの寄生虫に関する本である.原題は「What's Eating You?: People and Parasites」.カプランは大学では寄生虫学の講義をしているが,そこで学生の興味をつなぐために(彼等が居眠りをしないために)様々なヒトの寄生体についてのこぼれ話を仕込んできたそうで,本書はそれを一冊の本に仕立てたものだ.


導入に寄生と共生の話を振ったあとで,いきなり著者本人がタイの怪しいレストランで赤痢アメーバに感染するエピソードが語られる.(著者はイェルサレムでカイチュウにも感染する)そのあとは,主なヒトへの寄生生物の生態について怒濤のラッシュだ.リーシュマニア,マラリア原虫,カイチュウ,ギョウチュウ,フィラリアメジナ虫,アニサキス,サナダムシ,肺吸虫,住血吸虫と続く.口腔から入る多くの寄生体は,なんとか胃酸をくぐり抜けて腸に入る.そこからやすやすと腸壁をくぐり抜けて様々に臓器間を動き回る.媒介昆虫によるものは血管に入り,やはり様々な臓器に向かう.なかなか厳しい症状も多くて衝撃的だ.リーシュマニアやフィラリアの感染はなかなか恐ろしい.逆にサナダムシはほとんど悪影響を与えない.日本人としてはアニサキスの記述には注意せざるを得ない.これだけ恒常的に刺身を食べて年間の発症件数が1000件ほどだからあまりリスクが高いわけではないもののやはり不気味だ.(来日して食事に誘われて「刺身は苦手です」という欧米人はこれを気にしている場合も多いのだろう)


後半は寄生関係に関するその他のこぼれ話がいろいろと語られている.中間宿主を操作する寄生体(カタツムリやアリが最終宿主に食べられるように行動させられるというのはおなじみの話だが,ゴキブリも操作されるらしい),単生吸虫を培養するための魚の皮膚の組織培養の苦労話,鉤頭虫の宿主組織からの取り外し方,ジャングルのヒル,チスイコウモリ(熱帯雨林が開墾されて牧場になることで数が増えているそうだ),ノミと腺ペスト,アタマジラミとコロモジラミとケジラミの関係(アタマジラミとコロモジラミが近縁で同種説が最近有力),外傷に関するクロバエのウジ療法(怪我で化膿した組織にウジをあてがうと腐敗しつつある組織のみ食べ,さらに一種の抗生物質を分泌する),托卵,海底熱水噴出孔生態系などの様々な共生などなどだ.そして最後に今度旅行に行くときの注意事項が書かれている.


進化的な議論はところどころに顔を出しているが,やや浅い.寄生体がホストを殺しては元も子もなくなるのでマイルドな寄生関係に変わっていくという議論はなされているが,ホストを殺しても有利になるなら毒性が強くなる方向に進化しうることはあまり議論されてなく少し残念だ.


全体としては様々な面白い現象を紹介した楽しい読み物に仕上がっている.興味深い話が次々に語られるし,特に自分の感染経験は迫真的だ.また各章に丁寧なイラストがあり(カプランの娘さんの手になるものらしい)大変分かりやすく素晴らしい.私の場合,本書購入の決め手になったのはこのイラストだったといっていいぐらいだ.



関連書籍


原書

What's Eating You?: People and Parasites

What's Eating You?: People and Parasites