Nowak , Tarnita, E. O. Wilsonによる「The evolution of eusociality」 その34


Nowak MA, CE Tarnita, EO Wilson (2010). The evolution of eusociality. Nature 466: 1057-1062.


<An alternative theory of eusocial evolution>


Nowakたちの真社会性への移行仮説.まずグループが形成される段階がある.その際に防衛可能な巣があることが真社会性への移行にとって重要だと主張している.それ自体はわからないではないが,その場合,根拠なく「血縁は原因ではなく結果だ」という主張があり,理解に苦しむものであるところまで見た.
次に第2段階以降を見てみよう.



2.真社会性の前適応*1


ここで真社会性への前適応とされているのは以下のものだ.

  • 強制的に一緒にすると分業を行う性質.これはひとつのタスクが終了してはじめて次のタスクに移るという仕組みや,タスクの開始にかかる閾値反応などの特徴によって生じる.
  • 継続的給餌(子どもに必要な食料を全部用意してから卵を産むのではなく,生まれた後に継続的に給餌する性質)


Nowakたちはこの前適応は適応放散の産物であり,かつ個体淘汰の結果だという言い方をしている.グループ淘汰と個体淘汰を区別したいというドグマチックな言い方だ.なぜ適応放散が出てくるのかはあまり明らかではない.いずれにせよ前適応的な特性が生じることはあり得るだろう.その点にはあまり違和感のないところだ.


3.真社会性アレルの変異(子の分散をキャンセルするアレル)


Nowakたちは真社会性にかかる様々な特徴のうち分散のキャンセルを真社会性アレルと考えているようだ.呼び方はどうあれ,何らかの行動をキャンセルする遺伝子は単純な突然変異で可能だと主張している.基本的にこれもあり得る話だろう.


4.親子同居という環境においてかかる自然淘汰


一旦親子が同居すると,その環境条件に対しコロニーメンバーの相互作用について自然淘汰が働くとNowakたちは説明する.
まず女王とワーカーの生殖性の違いが遺伝的なものではなく,同じ遺伝子型から表現型の差が生まれているものであることを説明している.そしてだから女王とワーカーはカーストや分業については同じ遺伝子を持つものであり,ワーカー遺伝子は行き止まりなのだから(ちょうど普通の生物の個体内の生殖系列と非生殖系列と同じで)「超個体」として考えればよいという説明が続く.

In other words, the queen and her worker have the same genes that prescribe caste and division of labour, but they may differ freely in other genes. This circumstance lends credence to the view that the colony can be viewed as an individual, or ‘superorganism’. Further, insofar as social behaviour is concerned, descent is from queen to queen, with the worker force generated as an extension of the queen (or cooperating queens) in each generation. Selection acts on the traits of the queen and the extrasomatic projection of her personal genome.


このくだりを最初に読んだときは私ははっきり言って腰が抜けるほど驚いた.彼等はハミルトンの業績の真の意味を本当に理解できていないのだ.仮にクローン生殖種であっても(突然変異により)時にコンフリクトが生じる,ましてや半倍数体生殖の女王とワーカーの間には重要な遺伝的コンフリクトが厳然としてあるのだ.
おそらくここはE. O. Wilsonによる極めつけのスロッピーな記述ということだろうが,Nowakも論文の筆頭著者として署名しているだから同じように進化生態学のここ30年の歩みの本質が理解できていないのだろう.


なおここにはどのように進化動態を分析するかという図が載せられていて,そこでは血縁度を考えなくとも「標準自然淘汰理論」的な分析が可能だと主張している.ごりごりとシミュレーションを行えば,遺伝子共有確率はシミュレーションの中で実装されているので,明示的に計算は不要になるという事だと思われる.(だから計算自体が『超個体』性による誤謬に巻き込まれるわけではないだろう.この誤謬は彼等の進化観の問題ということになる.なおここで例示されているのはステージ3の分散キャンセルアレルの拡散であって,その後の「超個体」進化ではないことに注意が必要だ.)


5.その後のグループ淘汰


真社会性成立後コロニー間にかかるグループ淘汰によって真社会性は,カースト制,生活史などの洗練度を増していくと主張されている.この4と5を区別するのもグループ淘汰にかかるドグマチックなところだ.


最後にNowakたちはサマリーをおいている.

  1. 真社会性の進化にかかる理論はいくつかのステージに分かれる.
  2. それは,グループが形成され,前適応が生じ,分散をキャンセルする突然変異が生じ,環境要因への自然淘汰が生じ,コロニー間のグループ淘汰が生じると記述できる.
  3. ヒトの社会行動にかかる進化についてここでは言及しなかったが,同じように分析するに値するだろう.

私の感想は以下の通りだ.

  1. 分散のキャンセル変異アレルが選択されるとして,その要因のひとつが巣の防衛による利益だというのは理解できる.しかし血縁個体であれば当然血縁淘汰も働いているはずだ.そしてこれが選択される条件を考えるときには包括適応度が問題になる.それが原因でなく結果に過ぎないというのは全くのナンセンスだ.そして分析には包括適応度理論を使うことが有益だ.(「標準自然淘汰理論」で分析するにしても,結局遺伝子の共有確率(=血縁度)モデル内に実装されていて選択条件に効いてくる.そしてそれはシミュレーションを繰り返すしかなく非力だろう.そもそも明示的に直接包括適応度自体を計算する必要がないことと,それが「原因ではなく結果に過ぎないこと」とはまったく別の問題だ)
  2. 「生殖機能の発現が遺伝的に決まっているわけではなく,女王とワーカーが生殖系列と非生殖系列に分かれているから超個体と見ていい」というのはあまりにレベルの低い記述で,(「標準自然淘汰理論」でシミュレーションすればその誤謬を避けられるとしても)もはや脱力するしかない.ドーキンスやコインが怒りのコメントをするのも理解できる.多くの心ある進化生物学者はここでこの論文を放り投げたのではないだろうか.
  3. そしてこのような視点に立っているので,女王とワーカーの間にあるコンフリクトの力学に無関心になっている.この進化シナリオで最大の問題は,分散しなくなった娘が,どのような淘汰を受けて生殖しなくなる方向に進化するか*2だ.間違った理解が重要な問題を見えなくしているのだ.
  4. もちろんこのコンフリクトに関する進化条件の分析にも環境条件は重要だが,同時に血縁度が重要な問題になる.そして包括適応度理論を使うのが最も適切だろう.
  5. さらに何故ポリシングが見られるかなどのコロニー内コンフリクトも同じく重要な問題だがスルーされている.そしてこの問題もやはり包括適応度理論で最もうまく分析できるだろう.
  6. 要するにここで主張されているのは,単に「『分散しなければ交尾産卵もできないという制約が絶対的である』という極端な前提で分析すると,防衛可能な巣,前適応などの条件によって,ワーカーが分散しない方が包括適応度が高ければ,分散しないように進化するだろう」というだけの話であるように思われる.


Nowakたちはさらに自分たちのモデルをSupplementary Information,Part Cで示している.

*1:ここでは「前適応」という用語を使いグールドの「外適応」は使わないのは社会生物学論争を考えれば当然ということだろうか

*2:あるいは分散しないから当然に交尾がないという主張かもしれないが,そうであれば,何故一旦交尾して元の巣に戻ったり,同じ巣の中の近親交尾を行ったり,未受精産卵をする方向に進化しないのかが問われなければならない