「Why everyone (else) is a hypocrite」 第7章 その2 

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind



第7章 自己欺瞞(承前)


自己欺瞞について「自己評価を保つため」とか「気持ちよくなるため」という説明ではそのメカニズムを本当には理解できないことを説明した後で,クツバンは陥りやすい別の罠を取り上げる.


<嘘をついて>


クツバンによると自己欺瞞による混乱は「『人』は信念を持つ」という誤解が元になっていることが多いという.モジュール的にいうと「信念」は脳の中の特定のモジュールの機能に過ぎない.クツバンは多くの人はコンピュータについてはあまりこのような誤解をしないと指摘していて面白い.
私達は「PCにハードドライブをつないだところ,インストール作業が始まったが,終了後もドライブとして表示されない」ときにこのPCが自己欺瞞状態にあるとは思わない.インストール作業用のプログラムには認識されているが,表示用のプログラムには認識されていないというだけだ.そして「この(統一体としての)コンピュータがCドライブを認識しないのは,何か自己評価に都合の悪い情報があるからかもしれない(たった40ギガ,そんなの俺に似合わない)」などとは考えない.


クツバンは心理学者や哲学者がこの罠にはまった例を取り上げる.

  • 「ジョンは妻の浮気を信じないように動機付けられている」

しかし結局脳のある部分が信じ,別の部分が信じていないだけだ.動機とかは中の人を仮定したナンセンスな言い方だ.

  • 「それが心に浮かぶとコンフリクトを起こすから意識から隠しておくのだ」

心に浮かぶ,意識から隠すという言い方が既に中の人的.矛盾した信念がコンフリクトでそれは解消されるべきだという考え自体もおかしい.脳の別の部分が別の信念を持っているというだけでそれ以上の説明は不要.



では本章の冒頭のフレッドの事例はどう解釈されるべきか.クツバンの説明は以下の通り

  • 広報モジュールは他人の説得のために戦略的誤謬(治療なしでも治癒する)をしている
  • その他のモジュールは正しい行動(余命を伸ばす,あるいは奇跡的な回復を望むのなら治療を受けた方がよい)を起こすために正しい認識を持っている
  • 行動の理由の説明は広報モジュールの仕事なので,理由(妹を安心させるため)をでっち上げている
  • 「フレッド」が本当は何を信じていたかという質問はナンセンスだ.


要するに自己欺瞞は何ら特別な説明は不要なのだ.単にあるモジュールと別のモジュールの情報が異なっているだけだ.


クツバンはここで「意識」と広報モジュールの関係についてもコメントしている.
この2つは必ずしも同じではないが,意識している情報は他者にもれやすいので,広報モジュールと意識は深い関係にある.通常広報モジュールは意識の届く範囲にある.すると広報モジュールが戦略的誤謬モードに入っているときには真実はそこから隔離された方が良く,意識からも隔離され,無意識下の情報ということになるのだという.
クツバンは「意識」の機能は別のところにあって,システムアーキテクチャー上広報モジュールとの関係が決まってこうなっているという説明をしている.なかなか微妙なところだが,これ以上の詳細はここでは説明されていない.


ここまでは広報モジュールはある情報を得られないという事象を取り扱ってきた.クツバンはさらに進めて,誤った情報の方が広報上有利であれば,広報モジュールは誤った情報を持つようにデザインされている妥当と論じる.これは第8章で扱われる.