「Why everyone (else) is a hypocrite」 第10章 その1 

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind

Why Everyone (Else) Is a Hypocrite: Evolution and the Modular Mind



第10章 鳥のためのモラリティ


第10章の章題は「Morality is for the Birds」という見ただけではよくわからないものだ.これは道徳(特に他人への非難)の起源を進化的に考察するときに,ヒトではない動物として仮想的に思考実験してみようという趣旨から来ている.その方が冷静に考えられるということだろう.
というわけで本章は「なぜヒトは他人がある種のことをするのを気にするのか」についての考察ということになる.


クツバンは冒頭でこうコメントしている.

なぜヒトがインセストを避けるかの説明は易しい.それには遺伝的なコストがかかるからだ.しかしそのことは他人がそれをすることを非難することの説明にはならない.


確かに赤の他人がインセストをしてその子どもが遺伝的にコストを背負うとするなら,それは自分の子どもが相対的に有利になるのだから,通常の進化的な感覚ではむしろ推奨しそうなものだ.考えてみればこれはなかなか深い問題になる.


クツバンによると,これはこれまで道徳心理学が考察してきた説明とは別のタイプのものだということになる.「これまで道徳心理学はなぜヒトは時に利他的なのかを説明しようとしてきた.これはとても面白い問題だが,ここでの疑問とは別のものだ.」
そして正しい答えは「他人のある種の行動を止めることにより利益がある」ことを考察することによって得られる.


ここからはクツバンによる鳥の思考実験になる.どのような状況下で,鳥は他の鳥がその巣でこっそり行っていることをコントロールするモジュールを持つようになるのだろうか?


<モラリスティックな動物>


クツバンはまずこういっている.

どの様に進化が働くかという完全に論理的な議論が,それがヒトに(特にヒトの社会的な関係に)適用された途端に,奇妙な間違いにとりつかれるのを私はたくさん見てきた.


しかし動物ではそのような反応は少なくなる.クツバンはオスライオンの子殺しの話を引いた後にこういっている「しかし多くの人はこの議論に納得する.そして拒絶したり,オスライオンの行動は学習によるものだとか,メスライオンが殺戮オスと交尾するのは子殺しによるトラウマによって下がった自己評価を取り戻すためだとかという別の説明に固執したりはしない.」


最初にハーディがハヌマンラング―ルの子殺しを進化的に説明したとき今西門下の京大霊長類研究者の間に拒絶反応があったことはよく知られているが,それは例外的にウェットだったということだろうか.あるいは霊長類の一種はヒトを連想しやすいから特別なのだろうか.


クツバンは,また子殺しではなく,「フィンチにおいて環境がよければ繁殖年齢が下がる」という説明に対しても,「繁殖年齢が下がるのは親の教育が悪いから」とか「教育の不足だ」とかという議論を始めたりはしないと皮肉っている.これは,ヒトにおける環境と初潮年齢についてのリサーチに対する批判のことを指しているのだろう.


クツバンはここでは鳥について議論しようという.それは,ヒトでないことに加えて,鳥についてはポリジニー閾値モデルが広く受け入れられているからだという説明がある.なお「ポリジニー閾値モデル」とは,鳥のメスが,優れたオスのセカンドメス(オスの子育て投資は半分以下になる)になるか,劣るオスのファーストメス(オスの子育て投資を全部受けられる)になるかを自分の適応度最大化の観点から選択するというモデルのことだ.



<モラルは鳥のため?>


クツバンの思考実験はモノガミーを巡る道徳問題(「鳥は一夫一妻であるべきだ」というモラル)にかかるものになる.


ポリジニーが禁止されれば誰が得をするのだろうか.
それはまず既に質のいいオスとペアになっているメスということになる.彼女等は夫を独占できる.だからよいオスとつがうことのできたメスのモラルモジュールは活性化するだろう.
オスはどうなるのか.質の低いオスはあぶれなくても済むようになるので有利になる.
だから全員が従うというルールは一部のメスと一部のオスを有利にするだけだ.

さらにこれを他の鳥に強制でき,自分はこのルールに従わなくてもよいなら何が生じるか.これはすべてのオスにとって他の鳥に強制するのが有利になる.(クツバンはまだペアになっていないメスだけが不利になると書いている.しかしこの場合も自分はルールに従わなくてもよいなら,まだポリジニーになっていない質の高いオスを見つけやすくなるので有利になるだろう.つまりほとんどの個体にとって有利になるということではないだろうか)


さてここからはクツバンの思考実験だ.
すると,鳥自体はその究極的な要因を知らないが,でも自分にとって有利な選好(つまり他の鳥にはモノガミーを押しつけて自分は従わない)を持つだろう.そのような中で鳥が民主的にルールを決めるとするとどんな言説が飛び交うだろうか.
クツバンによる皮肉たっぷりの考察は以下の通り

モノガミー支持派

  • 愛,家族は良いものだ,親が二人いるということがいかに「自然なこと」かを強調するだろう.
  • 別の鳥が,自分の繁殖価の追求のためにルールを書き下した,マジカルな本(聖書)の話をするだろう.


反対派

  • 個別の鳥には自由意思による行動の自由が認められるべきだと主張するだろう
  • そして独立宣言とか憲法だとか,過去の英雄の話をするだろう.


クツバンは,そして鳥の社会学者は,このような言説の理由付けや内省だけに頼って考察しても決して真実にはたどり着けないだろうとコメントする.

  • 鳥のダーウィンがいなければ,モラルがなぜあってどう機能しているかに思いがいかないだろう.
  • 彼等は内省に頼るしかない.するとデザインや機能の論理ではなく「鳥であるとはどう感じられるか」などの考察に終わり,真理には近づけないだろう.


支持派はアメリカにおける保守派で,反対派はリベラル,そして鳥の社会学者は進化的に考えない学者ということになる.
有利な選好(つまり他の鳥にはモノガミーを押しつけて自分は従わない)と支持・反対の関係は明示的に説明されていないが,自分の繁殖市場における立場による違い(条件付き戦略)という趣旨なのだろうか,それとも別の要因によるより他人に強制したいのか,より自分は例外になりたいのかの性格の違い(遺伝的多型)ということなのだろうか.


<卵のスクランブル>


政治的な皮肉はさておき,子育て戦略に個体差があると,ルールとの関係はどうなるかが次の問題だ.
ここでこの鳥に,子育て投資を行うDAD遺伝子とより交尾を求めるCAD遺伝子があるとする.

するとCAD(遺伝子を持つ)オス個体は乱婚を望み,DAD(遺伝子を持つ)オス個体はそれを禁止しようとするだろう.既婚メスもDADに賛成する.


この場合DADオスと既婚メス(つまり通常既にカップルになっている鳥)はモノガミー強制法案に賛成する.しかし彼等は真の理由を知らないので,問われれば(広報モジュールによる後付けの理由のでっち上げにより)プロファミリーで家族の価値を尊ぶなどというだろう.そして中絶は交尾のコストを下げる(より乱婚しやすい)ので反対するだろう.*1 やはり彼等は真の理由を知らないのでプロライフだというだろう.


ここでクツバンは仮想実験のふりをすることをやめる.要するにヒトの(他人に何らかのルールを強制する)モラルモジュールは自分の適応度を上げることと深く結びついているという主張だと認める.


このように考えると,性のルールは周りの個体の適応度に影響するので,より他人に強制したいルールという形になりがちで(つまり道徳の主題になりがちで)あることが理解できる.さらにこのように考えると,性道徳への意見が人によって大きく異なることも説明できる.


では性道徳以外はどうだろうか.クツバンは同じような説明で全ての道徳を説明できないことを認める.
例えば享楽的なドラッグについてはこれで説明できない.
クツバンはここで,このドラッグに対する態度は,現代の民主主義が自由の価値を強調すること,そして報道官モジュールがそれを擁護していることから考えて現代社会最大の非一貫性だとコメントしている.


しかしこのクツバンの説明ではなおインセスト(そして一部にある同性愛への禁止指向)は説明できないだろう.インセストや同性愛は明らかに性に関わる問題だが,何故(自分の血縁者だけでなく)他人のインセストや同性愛をやめさせようとするのかは明らかではないように思う.

*1:もっともこれはあくまで鳥の話なのだから中絶が何を指すかは微妙だが