Inside Jokes 序言 第1章 

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)


この本はコンピュータ科学,認知科学者のマシュー・ハーレー,科学哲学者のダニエル・デネット,心理学者のレジナルド・アダムズ,3人の共著によるユーモアにかかる考察本である.基本のアイデアはハーレーによるもので,それをデネットとアダムズがハーレーと一緒に磨き上げて一冊にしたということらしい.

巻頭の序言では,1975年のマーチン・ガードナーのエイプリールフール傑作ジョーク「ついにチェスの必勝手順が見つかった」から話が始まる.それと同じ意味で,「ユーモアとは何か,どうやればユーモアが作れるのかの完全手順が解明されることはあるのか」,という前振りだ.ハーレーたちの解答は,「ユーモアとは何かという問題は,その機能を進化的に考えなければわからないだろう.そしてそれを考えればそのような完全解答は単純な形ではあり得ないことがわかる」というものだ.ユーモアが楽しいのは何らかの報酬であるからであり,それは脳内を整理整頓するためだというのが本書の基本アイデアになる.(ここでは部屋中を散らかす子どもたちに部屋を片付けさせるためにキャンディをばらまいて成功するおばあさんの逸話が語られる)


確かに,何故ユーモアがあるのかというのはなかなか難しい問題だ.ミラーのように自分の知性をディスプレーするための性淘汰形質だというのは1つの考え方だが,そのほかの(例えば音楽や運動能力などの)ディスプレーに比べて楽しすぎるような感じもある.(性淘汰シグナルなら受け手は評価できれば十分で,腹を抱えて笑う必要はないはずだ)ハーレーたちの議論はこのあたりを踏まえているのだろう.


第1章 イントロダクション


引き続いての第1章では,私達が多くの時間をユーモアに使っているし,入手したジョークを他人と分かち合いたがることが指摘されている.ハーレーたちはこれを,酒や音楽と同じく,一種の中毒なのだと表現している.ちょうどエネルギー源(果物など)の入手の報酬として果糖への好みがあるように,何らかの機能の報酬としてユーモアを求め,(おそらく進化環境と異なる現代において)それを必要以上に摂取しているという趣旨なのだろう.

ではこの機能とは何か,あるいはユーモアは何のためにあるのか,そして何故ユーモアは楽しいのか,何故ユーモアを効くと笑うのかが本書のテーマになる.


ここでこの謎を解くための方法論に話が進む.ハーレーたちは「ユーモアの本質は何か,その必要十分条件は何か」という設問をとることを戒める.これらは「物事には本質があるはずだ」という問題含みの前提に依存しているのだ.

その代わり,彼等が提案するのは「何が私達をしておかしいと感じさせるのか」というアプローチだ.これは言い換えると「どんなときにおかしいのか」ということだろう.
彼等はさらに,(結論を先取りして)ユーモアは刺激に対する反射ではなく思考に深く結びついているのだと主張する.そしてユーモアを作る完全手順問題は知性とは何かというサールのAIハード問題と同じ程度に難しい「AI完全問題」*1だとコメントしている.要するにユーモアの必要十分条件なるものはないのだということだ.


そして第2章以降でそれを説明していくとしている.なかなか面白い展開だ.


なお本書の公式ホームページがここhttp://www.insidejokesbook.com/index.htmlにある.プレビューでかなり本文を公開してあるのが驚きだ.

*1:もちろん数学のNP完全問題に引っかけているのだ.ユーモアを作る完全手順が何かという問題は知性が何かという問題と等価になるという意味だろう