Inside Jokes 第6章 その2 

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)

Inside Jokes: Using Humor to Reverse-Engineer the Mind (The MIT Press)


第6章 感情と計算(承前) 


ハーレーたちは第6章のここまでの議論で,論理的な思考のための報酬システムとしての感情の側面を考え,好奇心や洞察の喜び,退屈や問題解決できないときの不安などが,それに当たると論じてきた.



F 感情アルゴリズム


まずハーレーたちはこれまでの認知科学のあり方に苦言を呈している.

伝統的に「心」は認知,感情,動機(意思)の3つとして考えられてきた.そして認知科学はこれまで認知のみを対象にしてきた.
しかし私達の考えによれば,認知は感情や動機と深く絡んでいる.思考を行動として捉えるなら,それは感情・動機システムの結果の行動であり,多くの感情システムにより始めて可能になるものとも言える.感情があるから,問題解決や発見や創造やユーモアがあるのだ.


ハーレーたちは報酬システムとしての認知感情が,複雑でニュアンスに富んだ思考の合理性を作っているのだと論じている.感情の報酬があるからこそ,矛盾に気づき,嫌い,何も問題がなくても問題を解決したがり,パズルを解く喜びをもたらし,突然間違いに気づく喜びを与えてくれるというわけだ.

そして感情を単にサブシステムとして考え,ある操作変数が一定値以上になると特定の感情が発現するというモデルで捉えているAIモデル(強いAIモデル)では,ヒトのユーモアを理解できるはずがないと切って捨てる.

感情を入れ込まなくてもチェスをする人工知能やアマゾンのお勧めシステムは作れるかもしれない.しかし特に多重な動機が絡み合い,時間制約がある中でヒューリスティックスで決めるような問題については,動機システムの考察が欠かせないだろうという主張だ.


確かにユーモアを聞く喜びについて考えるときには,その報酬としての機能をよく考える必要があるだろう.もっともハーレーたちも動機システムを入れ込んだ普遍的な知性モデルを作れているわけではないようだ.



G いくつかのインプリケーション


ハーレーたちはここまでの説明から来るインプリケーションを並べている.


1.論理に使う公理
私達はその公理の内容を生得的に持っているわけではない.しかしそれを正しいと思う傾向は生得的であるようだ.
つまりヒトには進化による報酬・罰システムの一部として,動物の報酬システムに付け加わった形の認知感情システムがあり,それにより合理的な自己学習により公理を得やすくなる傾向があり,それは生得的なのだろう.
つまり認知感情は論理的思考にかかる動機システムとしてほかの様々な感情動機システムと共存しているのだ.つまり思考は感情プロセスだとも言える.このような論理的思考の動機システムは非常に柔軟な行動を可能にする.私達はどんなに空腹でも毒入りだと疑うにたる理由があればその食べ物を食べようとはしないことがあるのだ.
そして動機システムの競合や干渉により,パニックや双曲割引のような非合理的な行動傾向を説明できる.



2.認識論 epistemology へのインプリケーション
思考が感情プロセスなら,信念も感情プロセスの影響を受けるはずだ.何かを信じるというのはそういう感情プロセスを通ったという結果なのだ.つまり何かを信じているということは,それに混乱したりユーモアを感じたりせず,洞察の喜びを得たからだということになる.簡単に言うと認知能力とは感情能力なのだ.



3.具現化論 embodyment へのインプリケーション.
デカルトは,抽象的意識的思考を肉体と別の魂の働きだと論じた.今ではもちろん思考には物質的な基盤があるとするのが大勢となっている.しかし一部の論者は論理や理解についてdisembodiedなイメージを持っているようだ.これに対しては近年embodiedな認知の主張者が批判している.私達は後者を支持する.認知は,肉体からのフィードバックを受け,豊かな肉体的な感覚と結びついた感情と切り離せないと考えるべきだ.私達は何かを「正しい」と感じるのだ.



ここは私にはあまりなじみのない議論であり,ややわかりにくい.認知科学や哲学でよく議論されるところなのだろう.基本的には認知や思考が豊かな感情プロセスと結びついているという議論であり,ユーモアをおかしく感じるという現象はこの感情プロセスとしての認知・思考から考察することによって理解できるという主張のように思われる.


参照ジョー

  • 酒場にロープが入ってくる.バーテンに「おい,ビールをくれ」と声をかけると,「うちにはロープに出す酒なんかないんだよ」と拒否される.店からつまみ出されたロープは頭に来るが,ここは街でたったひとつの酒場だった.しばらく考え込んだロープに突然ひらめきが訪れる.ロープは自分自身を輪にして片方からくぐらせ,端をよれよれにした上でまた酒場に舞い戻り,同じバーテンに声をかける「にいちゃん,ビールをくれ」バーテン「お前はさっきのロープじゃないか」ロープは答える「いんや,俺はほつれた結び目さ:Nope, I'm a frayed knot. 」*1


 

*1:これは日本語では全然おかしくない.I'm a frayed knot. が I'm afraid not(違うね)のしゃれになっているところが面白いのだ.