第4回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日 


本年のHBES-Jは11月19日,20日に札幌の北海道大学にて開催された.

私は前日に札幌入りしたが前々日の木曜日の午前中までに積雪があったとかで市内には結構な雪が残っている.気温はそれほど低くは感じなかったが,さすがに北海道だ.(もっとも市内では土曜日朝にはほぼ溶けていたが)

せっかくの北海道入りなので,時間に余裕を取り,市内の探鳥の名所である西岡公園に足を延ばして探鳥を楽しむことができた.ここは札幌市の水源地の1つで池の周りを湿原や林が取り囲んでいていい風情を醸し出している.本格的な冬鳥のシーズンにはちょっと早いが,雪景色の落葉樹林の中でハシブトガラやゴジュウカラを見るのは楽しい.





さて学会当日の朝,ホテルで目覚めると冷たい横殴りの風と雨で,なかなか厳しい気配だったが,学会開催前には雨も止んで青空も見えるような空模様となった.キャンパス内は最後の紅葉が散っているようで,まさに季節の変わり目である.
なおいつもの通り発表者のみ表記し敬称は略させていただいた.


第一日 11月19日


簡単な開会挨拶のあと10時半から最初のセッションが始まる.


口頭セッション1<協力問題・社会科学>


文化と遺伝子の共進化に関する一考察 〜社会調査データアーカイヴを利用した社会学からの架橋の試み 高橋征仁


社会学的社会心理学がバックグラウンドということで,最初は青年期の自殺や暴力傾向がどのように修正されるのかに興味があってリサーチを始めて進化心理学に行き当たったと説明がある.
なんでも日本の社会学では青年層の政治的無関心を問題視して,それを戦後日本の特殊性から説明するのが通説だったそうだが,実は日本の特殊性は青年層の無関心ではなく,高年齢層が政治的な関心がありすぎることだったということがわかった,つまり通説は大ウソだったことになったそうだ.そして発表者の進化心理学への道程は,まずコールバーグの道徳的発達理論,次にチュリエルの規範意識の発達の領域特殊性の主張に,そしてそれがハイトやピンカーに引用されることを知ったことが経緯になったそうだ.
その有用性については,青年層における様々な犯罪種類に対する規範認識の程度とその年齢別の推移(推移曲線をみると性的な犯罪とそうでないものにはかなり差がある)を説明するには進化的にフレームが非常に有用だということをあげている.なかなかつまみは秀逸だ.


ここから文化と遺伝子の共進化に話を進める.

ここでセロトニントランスポーターにかかる遺伝子多型をみると世界的に見て東西差がある.(東洋でSの頻度が高い.西欧:40-45%,東洋:70-80%,Sの方が否定的感情の増幅等に影響があるとされている)
しかし実際に精神病比率は西欧の方が高く,これを説明するのに,抗感染症の他,一旦なんらかのきっかけでS型が増えてしまった集団においては集団主義的文化が生じて,その中ではS型が有利になるという「文化と遺伝子の共進化」が生じたのではないかという仮説がある.
これを調べるために様々な要因(性的な行動傾向,隣人への不安等)を取り込み,個人レベルではS型と情緒障害が正の相関を示すが集団レベルでは負の相関を示すモデルが妥当するか,個人と集団のマルチレベルで解析をしてみた.

結果は複雑なパス図で表示されていて分かりにくかったが,発表者のまとめでは,情緒障害に関してはあまり「文化と遺伝子の共進化」的な仮説を支持するものではなく,むしろ配偶戦略や養育戦略について妥当するのではないかというものだった.データに関してはなかなか難しいのだが,アネクドートとして欧米では配偶戦略が高リスク高コストなのだが,東洋ではそうではない,具体的には見合いなどで補填されている(だから女性はより消極的な方が好まれ,アジア圏内での少女コスメの人気も説明できる)と説明されていて面白かった.


もしこれが妥当するなら,見合い制度が事実上崩壊した日本では今後婚活に苦労するシャイな人が増え,長期的には集団主義の中でもL型の頻度が上がって行くということになるのだろうか.


サンクションの種類による,サンクショナー評判の比較 真島理恵


「利他行動を支えるしくみ」の著者による,「間接互恵的利他罰を与える側の評判への影響が与え方により異なるのではないか」という発表.
報酬と罰の2種類,与え方として個人の判断で与える,集団で合意されたルールに従って与える,集団で合意したシステムに金を拠出するの3種類.合計で6種類を比較する.比較方法はアンケート調査.(共用水路の掃除をするに当たって参加した人にねぎらったり,参加しない人に注意するという状況を想定.ルールは当番制の見回りに参加する,拠出は見回りを外部に委託し金を出すという形)

すると個人的に決定した場合には,「近づきたくない」,「友達にしたくない」というネガティブな評価が高く,ルール制は「信頼できる」,「リーダーにしたい」などのポジティブ評価になった.委託制はニュートラルだった.
罰と報酬の比較では,報酬の方が概ね好まれる.個人決定では罰はリーダーとして適当で,報酬は友達として適当(社会的交換相手として望ましい)と評価されるというもの.


今後の課題としては,アンケート調査通りの行動が得られるか調べたいこと,また今回はルールが所与として扱ったが,どうやってそれが形成されるかの研究に反映させたいことなどが述べられた.


ある意味,直感的に常識的な結果が確認されたということのように感じられた.


発表者の著書.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20100604

利他行動を支えるしくみ―「情けは人のためならず」はいかにして成り立つか

利他行動を支えるしくみ―「情けは人のためならず」はいかにして成り立つか



チンパンジー・ボノボにおける道渡り時の集団協力行動 山本真也


これまでチンパンジーやボノボの協力行動についてはいろいろ調べられているが,それは二者間関係のことが多かったので集団での協力行動についての観察結果を報告したいというもの

ボッソウのチンパンジーとワンバのボノボの生育域には,人間の集落と隣接しているためその中を人の使う道が通っていて,そこを渡るのはチンパンジーやボノボにとって危険である.観察するとチンパンジーもボノボも集団で渡るが,渡り方には微妙な違いがあったというもの

チンパンジーでは先頭もオス,しんがりもオスで,先頭のオスは子供やメスを先に渡らせて見張っているような行動を取る.ボノボの場合も先頭やしんがりはオスのことが多いが,先に誰かを通してじっと見張っているという行為は少ない.また先に通すのはメスが子供を待つ場合が多い.

発表者はこれをもって,二者間協力はボノボの方が強いが,集団内協力はチンパンジーの方が強い.そしてそれはグループ間闘争の強さが効いているのではないかとまとめていた.

会場から,それは協力というよりノブレスオブリージュのような行為ではないかとの質問があった.確かに順位制にかかるコストリーシグナルのような感じもしないではないように思う.


ヒトの生死はピーナッツ? 清水和巳


ギャンブルについてはかかっているものの価値が小さいほどギャンブルをしやすいという効果が知られていてピーナッツ効果とよばれている.
発表者たちは「ヒトの適応価に関する場合には,適応的価値が大きいほどギャンブルをしやすくなるのではないか」という仮説を立てていて,本発表はそれに関するもの.


リサーチ手法としてはカーネマンとトヴェルスキーがフレーミング効果を示すために使った有名な600人の村と200人だけ助ける治療法の質問が使われている.

先行研究では600人を60人,6人と減らしていくとフレーミング効果が減ることを示していて,これはEEAにおけるモジュールが活性化したのではと議論されるのだが,発表者たちは,ポジティブフレームでサイズが小さくなるとよりギャンブルしやすくなる傾向を説明しようとしている.(ネガティブフレームでも少しずつギャンブル傾向が増えて両方重ね合わせるとフレーミング効果がなくなるというのがオリジナルな議論.ここではより効果のはっきりしているポジティブフレームを使ったということらしい)


説明としては6人から2人に減ると集団としては絶滅リスクが急激に高まるので,ギャンブルの方が分がいいというものと(これは60人には妥当しないだろうという批判あり),EEAでの平等意識から,特定の2人を助けるより全員が助かるか全員が死ぬかという平等な結果の方がいいと思うというものがある.

そこでこのポジティブフレームのフレーミング問題を600人,6人,6人の友達,6人の家族という形にしてやってもらう(コントロールとして600本の安いワイン,6本のジュース,6本の安いワイン,6本の高いワイン)


結果,コントロールでは,明瞭にピーナッツ効果が出た.
人については予想通り,6人の家族>6人の友達>6人>600人でワインとは逆にギャンブル傾向が増える形になった.しかし残念ながら単純には有意ではなかった.
アンケートの原回答が6段階なのでそれを元にマルチロジットモデルを立ててやって一部は有意の結果を得た.いずれにせよ少なくともピーナッツ効果がないことは示せたというもの.


家族と友達と知らない人で差が出ていれば,これは単に人数が少ないとEEA的になるのでフレーミング効果がなくなるというだけではなく,大変興味深いことだ.しかしなぜそうなのだろうか?友達なら2人でも絶滅はしないだろうし,平等的意識(死ぬならみんな一緒に)というのもなんとなく怪しい感じがする.
質疑ではワインの場合には2本あれば十分幸せになるのでギャンブルしないのではという議論がなされていた.これは要するに効用曲線が非線形な場合に単に期待値が同じだからといって,量が異なった場合にギャンブル選好したかどうかを同じように決めつけられないのではないかという議論だろう.確かに効用曲線の形状は重要だ.もし曲線形状が効いているのなら6人と60人で随分異なった結果になる可能性もあるだろう.いずれにせよ興味深い.


いろいろと考えさせてくれることの多い面白い発表だった.


こちらは前日いただいたお寿司.北国訪問の醍醐味だ.