第4回日本人間行動進化学会参加日誌 大会初日 その3 


特別講演の後は午後の口頭発表


口頭セッション2<人類学・コミュニケーション>


Homo educans 仮説の理論的・実証的検討 −狩猟採集民の技能伝達の事例から 安藤寿康


教育の進化的な起源を考えて,教育進化適応仮説(Homo Educans仮説)にたどり着いたところ,近時文化人類学者から狩猟採集民には教育がないという報告が相次いだので,そんなバカなと調べに行ったという報告


まずHomo educans 仮説の概要

  1. 教示教育による学習は進化的に獲得された適応方策である.これらは医療,法律,貨幣,警察などと異なる.
  2. 互恵的な利他の一つの現れ
  3. 行動としてカロとハウザーの定義によるteachingが生じる.AがBのいる時のみ特定の行動をし,Aはコストを支払い,Bはその結果より効率的に学習する(なおヒト以外でteachingが確認されているのは,今のところミーアキャット,シロクロヤブチメドリなど3種のみ)
  4. 三項関係がある.:例示,それを模倣という関係に加え,教育者と被教育者の間に教えを求める,教えるという関係がある
  5. 行動の援助よりも学習の援助に焦点がある.
  6. 子供期に特色


そして狩猟採集民による文化には教育がないという報告にはLancy 2010などが挙げられていた


さて実際の調査はカメルーンのbukaピグミー
最初の調査は3月に一週間行ったが,何かを教えているところは観察できなかった.確かに頻繁にあることではないようなので,二回目に行った時には「新奇なものについては教示が生じるだろう」「teachingは社会的なコミュニケーションの中に埋め込まれているだろう」と考え,けん玉をもって行ってビデオに撮った.

すると先にコツを習得した男性はその後うまくいかない子供に対して口出ししたし,子供同士の教示も見られたというもの

発表としては今後の課題として,教示者にどんなコストが発生するのか,メリットは本当にないのか,遺伝的差異などを調べたいとまとめていた.


そんなバカなでカメルーンまでいって最初は観察できなかったのでもう一度行ったというところに執念を感じる.なかなか楽しい発表だった.



繁殖戦略の進化と家族の起源 中橋渉


数理モデルからヒトの繁殖システムの進化を探ってみようというもの
数理モデルは食料分布や捕食圧からメスの分布が決まり,それに集まるオスの競争とメスによる拒否権で配偶システムが決まるという考え方に沿ったもの
具体的には,群れのメリットとコストにそれぞれ生態要因があり,その中でメスグループメンバー数,乱婚傾向がメスの遺伝子で決まり,アルファオスがどのぐらいメスを独占するかがオスの遺伝子で決まるというモデル
これを回すと群れのメリットとコストを軸とする生態要因平面の中にテナガザル,ゴリラ,チンパンジー,ヒト的な戦略がESSになる領域がすべてできる.そしてその中にチンパンジー的なシステムとヒト的なシステムが双安定になる領域が現れる.

ここで化石証拠をみると,まず共通祖先より前の類人猿化石は(非常に少ないものの)ゴリラ的なものしか見つかっていないこと,またラミダスは犬歯が小さくオス間競争が弱かったと見られることがわかる.
また近時のリサーチには,チンパンジーの精子競争の激しさはヒトとの分岐後に生じたとするものがある.

これらを合わせると共通祖先はゴリラ的で,そこから生態要因が変化して(身体サイズが小さくなり群れのメリットが増える)チンパンジー・ヒトの双安定領域に入り,チンパンジーとヒトが分岐したという仮説が可能という趣旨の発表だった.


質疑ではグループの大きさがメスの遺伝子で決まることがあるのかとか,オスの占有は割合ではなく絶対数できまるだろうとかのつっこみがあった.
メスの中で同じような遺伝子を持つものがそのような大きさの集団を作り,それが淘汰にかかるというモデルだという説明.オスについては確かにそうだが,モデルの中では同じような挙動になるはずだとの説明だった.


確かに双安定領域の出現は面白いが,無理にこじつけなくても分岐後別の生態要因をもったということで十分なのではという印象だった.実際に配偶システムは変わりやすいようだから,どんどん変わってたまたま現在のスナップショットがあると考える方がいいように思う.



記号コミュニケーションシステムの構成要素とその成立に寄与 する行動傾向 金野武司


4区画の中で会いましょうというゲームを6種類の記号のうち2つを使ってやらせるというゲームを行いどんな記号システムが生じるかをみた結果についての発表*1

最初に双方参加者が上下左右の4区画のどこかにいて,次に信号を順番に出したあとそこにとどまるか,上下左右のどちらかに動き(斜めはだめ)出会えるかどうかを見るもの.完全に成功するためには,先手が「自分は今ここで,会いたい場所はどこ」という情報を伝え,後手が「了解」か「そこには行けないので代わりにここで会いたい」という情報を伝える必要がある.つまりまず記号の意味を共有し,次に役割分担を理解することが必要になる.

そしてうまくいくペアとうまくいかないペアを比較すると,記号の意味の共有から役割分担に進むには,互いの記号を一致させておくという要因が効いていることがわかった,これは役割分担までやろうとすると記号を合わせておかないと混乱するからだろうと推測できるというもの.


かなり凝った技術的なゲームなので,ヒトや言語の本質の問題というよりも,相手の意図をどう読むかが効いているのだろうという感想.



<ポスター発表>



夕刻からはポスター発表となりそのまま同じ場所で懇親会に.ポスターは面白かったものをいくつか紹介しよう.


少子化に関する進化生物学的研究:子どもの数や有無に影響を与える要因の探索 森田理仁


先進国(日・韓・米・仏・スイス)の少子化に寄与したかもしれない様々な要因を集めて統計分析にかけてみたという内容
まず子の数の分布をみるとフランスを除いてはポアソン分布になってなく2が突出した歪な分布になっている.だからおそらく意図のようななんらかの要因があるように思われる.
この要因について所得,満足度,初婚年齢,最終学歴など様々な要因と子の数について分析しても相関は見出せない.唯一統計的に意味があったのは何人の子供が欲しかったのかという質問だが,これは実際に自分の子の数が決まったあとの後付けの質問なのであまり意味はない可能性が高い.


所得や初婚年齢や最終学歴が影響を与えていないというのはやや意外な感じもする.そうすると文化的に望ましい子の数がどう決まっていくかという問題を解析しないといけないわけだ.なかなか少子化の要因の確定(そして対策)は容易ではないということだろうか.


外見的魅力と利他行動の関係に年齢が与える効果:非協力者はいつでも魅力的か? 品田瑞穂


囚人ジレンマゲームをやってもらい,協力者と非協力者の平均顏を作ってその魅力を判定してみたもの.
年齢別にみると男性では若いと非協力者の方が魅力的で,年を取ると協力者の方が魅力的になる.これは大変面白い結果で,発表者は年齢が上がると協力戦略に変更する可能性を示唆しているとしていたが,あるいは歳をとるといい人は魅力的になるのかもしれない.
女性においてはやや微妙な結果のようだった.男性と性淘汰圧力が異なるという解釈だが,やはり女性の魅力は一筋縄では行かないという印象だ.


最後通牒か独裁か,それが問題だ  瀧本祐太


独裁者ゲームで相手に分配額が多い人は「向社会性」で,独裁者ゲームにするか最後通牒ゲームにするかを選ばせると最後通牒ゲームを選ぶかどうかを調べたもの.実験はまず独裁者ゲーム,最後通牒ゲームをやってから選択したゲームを行う.
結果は実験デザインの意図しないもので,そもそも独裁者ゲームから通常の結果と異なり全く配分が利己的で,選択では大半の参加者が独裁者ゲームを選んでいた.
参加者は50人程度であり,この集団が特異的なのか,3つのゲームをやってもらいますという教示が利己的にスイッチをいれるのかわからないが後者だとしたらこれは興味深い.この実験デザインの教示の何が心のスイッチを変えるのだろうか?



宗教と道徳判断:ヒューマン・ユニバーサルとしての因果応報観  村井香穂


様々な宗教的な信念と道徳判断がどのぐらい厳しいか(同じような逸脱行為をどのぐらい許せないと感じるか)を調べたもの.
基本的に西ヨーロッパでは神を信じているほど厳しいが,その他の地域ではそうでなく,日本人については因果応報を信じているかどうかが効いているという結果だった.


しかし詳細はなかなか興味深い.(同じキリスト教圏であっても)ロシアでは宗教と道徳的厳しさに関係がないようだ.西ヨーロッパと何が大きく異なっているのだろうか,これはギリシア正教が何か異なっているからだろうか?中間の東欧でどうなっているかも知りたいところだ.またヨーロッパとアメリカではアメリカは「神の存在」より「天国と地獄」を信じているかどうかがより効いているが,ヨーロッパはそうではなく,この差も興味深い.いわゆるヨーロッパの洗練というやつだろうか.


日本の文化構造の時間変化 田村公平


日本の文化構造が時間的にどう変化したかを家族構造,迷信の影響,方言で調べてみたというもの
まず家族数,初婚年齢で日本に緯度勾配があるのだそうだ.(北に行くほど大家族で初婚が早い)そして20世紀以降の動きをみるとその緯度勾配は下がってきている.
次に丙午の人口に与えるインパクトをみると(これも面白いことに1966年のインパクトが最大で,その前回はそれ程大きくない),その地域ごとの分散は過去3回の丙午で徐々に下がってきている.
方言のデータは距離との関係をみているものだが,これには明確な傾向はないようだ.
全体として1900年〜1920年ごろから日本全体の均一化が進みつつあるのではないか,それはマスメディアの影響が考えられると考察していた.


なかなかあまりみることのないデータで面白かった.


出生順位と人間の向社会性 古川みどり


サロウェイ以来出生順位とパーソナリティはいろいろ取りざたされているが,そこを調べてみたもの.
そもそも先行研究以来両方の結果が出ているそうだが,アンケート調査によるものが中心で実際にゲームをやらせてみたものは少ないそうだ.
この発表ではアンケート調査と一回限り囚人ジレンマゲームの試行のデータを取る.
するとどちらについても「一人っ子・長子」と「中間子・末子」で有意な差が出たというもの.予想通り「中間子・末子」の方が向社会的であるという結果だ.
サロウェイ仮説はかなり怪しいという話を聞いていたので,この結果は面白かった.


この他に「目の効果」にかかる発表の複数あり,「視線がずれていても効果に変わりはない」,「罰を促進する効果はクツバンの結果と異なり再現されなかった」,「鏡の効果がないという結果はテイキング型独裁者ゲームでも同様だった」などが発表されていた.


以上で初日は終了である.


これは前日にいただいたジンギスカン

*1:これは金野武司・森田純哉・橋本敬によるリサーチで,関連する橋本の講演についてはhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20101003参照