第4回日本人間行動進化学会参加日誌 大会第二日 その2 


お昼休み兼ポスターセッションを挟んで,午後も特別講演から始まる.


特別講演


ゲノムから探る人類の拡散と遺伝適応 木村亮介


近時ゲノム解析技術は飛躍的に進展しているが,それを使ってヒトの進化についてどんなことが解析できるのかという講演.


<解析の飛躍的進展>

  • 疾病や形質についての遺伝子の特定が可能に
  • 過去の人の人口動態,移住,現在の集団構造の解析が可能に
  • 淘汰の強度についての領域探索が可能に
  • 古代化石のDNA解析が可能に


<ゲノムワイド関連解析:GWAS>

  • 40万以上のSNPを一気に読んで疾病との関連を見ることができる.
  • 身長のような形態についても100以上の関連遺伝子が見つかる.


<ヒトの集団解析>

  • 従来はミトコンドリアやY染色体が使われてきた.これらは組み替えがなく,メリットも多いが,集団を解析するには向かない.
  • 全ゲノムを見ることにより特定の男系,女系の系列だけ見るのではなく全ての系統を一気に見ることができるようになる.集団の多様性と集団間の距離が一度に解析でき,過去の集団規模がわかる.
  • 主成分分析を行ってマッピングすると,遺伝子流動が少ないとほぼ地域通りのマッピングになる.
  • 各集団のアリル頻度を見ることにより過去の集団規模,分岐時期が推定できる.
  • 1個体のゲノム(ゲノム2対)から過去の集団サイズを時系列的に取ることができる.例として様々な民族の人,数人のゲノムからこれを分析すると出アフリカ以前の集団規模推移は収斂する.(チンパンジーとの共通祖先からの分岐後有効集団サイズ急落し,その度数万人程度で推移する.その中で数十万年前に一時低下,その後上昇,数万年前にも低下,そこからアフリカ系と出アフリカ系に分岐し,出アフリカ系は1万人以下のボトルネックを経ている.ただし正確なボトルネック最小規模はその時期の長さとのトレードオフがあるのでわからない)
  • 染色体の中の領域ごとに祖先集団を区分けできる.するとその断片化の程度により交雑時期がわかる.
  • アジア諸国のゲノム多様性分析の例 HUGO:多くのサンプルを取って成分分析する.すると各国の民族の染色体領域が,どの成分がどの割合になっているかという形でマッピングできる.アジアの人々はいくつかの成分をそれぞれの割合で持っていて過去様々な分岐と交雑があったことがわかる.


<自然淘汰の探索>
ヒトの特徴の淘汰の探索

  • チンパンジーとヒトのゲノムを比較し,ヒトの種間置換,種内置換と同義置換,非同義置換の頻度を見る.同義非同義の比率が種内と種間で違っているかどうかで自然淘汰がかかったかどうかを推定できる.ただしどのような表現型に関するものかはわからない.


ヒト種内多型の淘汰の探索

  • 自然淘汰がかかると周辺領域を一緒に持っていくので多様度が減少する(セレクティブスウィープ).これを利用して淘汰があったかどうかを調べることができる.
  • これによりヨーロッパ集団の乳糖耐性遺伝子,東アジアの耳垢のドライ遺伝子,ヨーロッパ集団とアジア集団でのメラニン色素遺伝子に淘汰がかかっていたことが判明している.
  • 現在興味が持たれている淘汰のかかった遺伝子はアジア集団のEDARという遺伝子,これは毛髪,爪などの形質かにかかる遺伝子であり,これまでに毛の太さと切歯の裏側のシャベル状形態に関わっていることがわかっている,少なくともこのどちらかの形質は副産物であると思われる(第3の形質に淘汰がかかってどちらの副産物でもあり得る).


<化石人類のゲノム>
ネアンデルタール人のゲノムからわかったことがいくつか報告されている

  • サピエンスとの分岐はDNA平均で87万年前,集団としては27〜44万年前
  • サピエンスとは出アフリカ集団と一部で遺伝子交雑がある
  • サピエンス集団の淘汰遺伝子候補リスト,このリストはかなり大きい,いくつか面白い遺伝子があって,ダウン症関連,統合失調症,自閉症に関連するものも含まれている.


<木村の最近の研究から>
ヒトの顔についてリサーチしている.縄文人,弥生人,現代の本土日本人,沖縄の人たちなどのデータを取っていろいろと分析中.特定形質と遺伝子を関連させ,その淘汰を調べるといろいろわかってくるかもしれない
当面の関心

  • 個体差が大きい
  • 集団間の分化も大きい.淘汰がかかっているのか.
  • 表情筋の遺伝子がわかれば豊かな表情の進化について何かわかるかもしれない
  • 性淘汰形質だとすると,何故顔を見て配偶者選択をするのか
  • 様々な形質の遺伝子が判明すると,化石人類の軟組織の復元もより正確にできる


この講演も内容豊富で大変勉強になった.集団規模が時系列でわかるとは知らなかった.



口頭セッション4<生態学・生理指標>


「私」のスピード,その計算神経科学的根拠 宮腰誠


脳科学周りの内容.ヒトは自分の顔を非常に素速く識別する.これがどのように脳内で処理されているかを調べたもの.


私はこの分野に疎くてよくわからなかったが,非常に素速く認知情報が脳内を駆け巡っているらしい.質疑でもあったが,EEAにおいて自分の顔を認知することはあまりなかっただろうから,これはなかなか不思議な現象だ.



皮膚感覚の異なる他者に対して原初的共感は生じるか?  佐々木超悦


私達は他人が感じたであろう痛みに関して,かなり情動的に共感する.これが知覚を共有しない他人に対しても生じるかを指先の血流測定により調べたもの.すると視覚が無いと教示された人に光の刺激があっても共感情動は抑えられる.また光に痛みを感じるという特殊感覚があると教示されると自分では感じない痛みの共感情動が生じる.


認知的な知識と情動的なモジュールがつながっていることをうまく示しているように思われた.



口コミは集合知を創発させるか  豊川航


それそれ期待値の異なったくじを引ける箱があり,どの箱を選ぶと有利かを判断する課題において,グループで他人の評価を見ながら行うとよりうまく判断できるかを調べたもの.
驚いたことにその効果は検出されなかった.


なかなか不思議な結果だ.私には実験デザインの詳細を変えると様々な結果が出るのではないかという印象だった.



以上で本年のHBESJは終了である.いつも通り大変充実した二日間だった.事務局の皆様にはこの場を借りて御礼申し上げます.ありがとうございました.