「新種発見に挑んだ冒険者たち」

新種発見に挑んだ冒険者たち 地球生命の驚異に魅せられた博物学の時代

新種発見に挑んだ冒険者たち 地球生命の驚異に魅せられた博物学の時代


これはちょっとキワモノ風な記事や,熱帯から極地までハードな自然探索などの記事が得意のサイエンスライター.リチャード・コニフによる「命の危険もかえりみずに,世界中どこまでも出かけて新種の探索を行ってきた博物学者列伝」というべき書物.原題は「Species Seeker: Heroes, Fools, and the Mad Pursuit of Life on Earth」.というわけで邦題の副題「地球生命の驚異に魅せられた博物学の時代」ではわからないが,ちょっとヘンテコで偏執狂ぎみの博物学者が数多く登場する本になっている.


このような新種発見への情熱は18世紀のロンドンで始まる.最初の奇人は外科医でもあったジョン・ハンターからだ.新種が新種であるための分類学を確立したリンネとその論争相手のビュフォンが次に登場.わかりやすい外形的基準を確立しようとしたリンネと,環境との関連を見ようとするビュフォンの争いの紹介は面白い.
次は世界中を旅する冒険家の時代.ロマンあふれる冒険を愛したジョン・ステッドマン,フランスのニコラ・ボーダン,英国の威信を賭けて送り出されたマシュー・フリンダース,英国の東洋の植民地を確立したスタンフォードラッセルズたちが世界中から標本をかき集める.彼等の人生は危険に満ち,波乱にあふれたものだった.このあたりの記述には西洋列強の植民地政策と博物学が結びついている中で,それに乗った冒険家たちの無頼の雰囲気が良く出ている.


ここからは個別のトピックに絞った話になる.まずはマニアックな貝殻標本.少し時代を戻して,何と17世紀のオランダではチューリップと並んで貝殻標本もバブルに踊ったのだ.そして貝のコレクター.ルンフィウスとそのコレクションの悲劇が紹介される.続いて化石の発掘とその解釈.トーマス・ジェファーソン,ジョルジュ・キュビエ,チャールズ・ピールとオオナマケモノマストドンの化石のエピソードが語られる.
アメリカの西部の開拓と平行した標本収集の熱狂の話も面白い.いかにも開拓時代の西部が似合うラフィネスクと緻密なセイの確執,危険な西部の冒険,机上派のオードと現場派のオーデュボンの対立などが語られている.また標本作製と保存法の進歩の歴史も面白い物語に仕立てられている.


本書の中間部は博物学に進化が組み入れられた歴史と新種発見の物語になっている.ここではオーウェン,ライエル,ダーウィン,ウォレス,ベイツが登場し,ダーウィンのビーグル号,ベイツのアマゾン,ウォレスのマレー諸島の冒険が軸になっている.主流の博物学者の探検行という意味ではフンボルト,フッカー,ハクスレー,スプルースたちの冒険も取り上げて欲しかったところだが,これは紙数の関係ということかもしれない.
なお進化をめぐる物語の最後では,ゴリラやチンパンジーの標本をめぐる博物学と,人種の起源,類人猿と人類の関係,人種差別,奴隷制をめぐる当時の状況にも触れている.


後半部分は,まず植民地政策の最終章として中国の標本集めが取り上げられる.アルマン・ダヴィッドとパンダとシフゾウの物語だ.続いて,ロスチャイルド家の変わり種ウォルター・ロスチャイルドとその見事なコレクションの逸話が紹介され,博物学が大衆化し,最先端の学問から滑り落ちていく時期が描かれる.そして女性博物学者の台頭,感染症研究における応用昆虫学としての博物学が紹介されて本書は終わっている.


本書は基本的に奇人列伝なのだが,中間部にダーウィンたちの冒険と進化学説史を挟んで構成としてのアクセントとなっている.この中間部は有名な話が中心でおさらいという感じだが,前後の奇人伝の方は初めて聞くような話が多く楽しい.ある意味著者の個人的な興味が向くところを手当たり次第に取り上げているのでストーリー性はやや希薄だが,冒険好きで奇譚好きのリチャード・コニフが丁寧なリサーチの上で書き上げており,なかなか細部が面白い本になっていると思う.



関連書籍


原書

The Species Seekers: Heroes, Fools, and the Mad Pursuit of Life on Earth

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そのほかのコニフの本,いずれもちょっとエキセントリックなトピックが多い.


飢えたピラニアと泳いでみた へんであぶない生きもの紀行

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これは世界中のワイルドライフの取材のこぼれ話を集めたもの.苦労ぶりが笑える.私の書評はhttp://d.hatena.ne.jp/shorebird/20110126


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面白かったのはこの2冊.いずれもナチュラリスト的にお金持ちやCEOの生態をレポートしていて楽しい本だった.

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この2冊は邦訳されているが,いずれも「ナチュラリストの目で見た現代のヒト社会」という趣旨をまったく無視したお手軽で安直な企画にされてしまっている.
両方とも構成を変えた上で抄訳.しかも訳文も悪く,とてもお勧めできない仕上がりと評価せざるを得ないもので,大変残念だ.

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