「The Better Angels of Our Nature」 第4章 人道主義革命 その7  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


人道主義革命はどこから来たのか?>


では人道主義革命はなぜ生じたのか.何千年も文明の一部であったような残酷行為(迷信による殺人,拷問,残虐刑,奴隷制度など)がわずか100年ぐらいでなくなってしまった.そしてそれは予見されていなかった.
ピンカーは,個別の例を見ると,例えば民主制の成立以前に政治的殺人が減少しており,制度より前に「良心の感受性の変化」があったのだろうと述べている.また残虐刑の廃止も民主制だけでは説明できない.なぜ残虐な刑罰はしない方がいいのかに議論が収束したのかは,その良心を考えなければ説明できない.
そして良心の変化と制度の改変は影響を与えあう.激しい議論は大衆の心に影響を与え,制度が改変されるとそれは当然になり,元に戻すことはオプションとは考えられなくなる.(ここではピンカーはオフィスでの喫煙を例にあげている.確かに今から喫煙フリーに戻すということはオプションとしては考えられないだろう)


では何が良心を変えたのか?ピンカーは順番に候補を検討している.


1. 文明化プロセス

  • 文明化プロセスは自制と共感を強化した.共感は元々は商業をうまくやるためだった.確かに残虐性は商売相手との協力を破壊しかねない.
  • 文明化により犯罪率が下がれば,厳しい罰への要求は減る.
  • マナーと衛生の向上が,個人の尊厳を高めたという説もある.

ピンカーはこの3番目の点に関しては個人の尊厳というよりもっと直接的に説明できるだろうとコメントしていて面白い.要するに衛生状態が改善して人々は実際にムカつくような存在ではなくなったのだという点だ.ピンカーによると昔の人は臭いホームレスのようなものだった.そして生理的嫌悪は道徳的な嫌悪に結びつく.


だから文明化プロセスは人道主義革命の原因としての候補になり得る.しかしピンカーは時系列的には説明できないだろうと書いている.文明化プロセスは何百年にわたって続いてきたのに,人道主義革命はわずか100年の出来事だ.


2.生活水準の向上

  • 人々は豊かになって,より他人に情け深くなったのかもしれない.
  • 確かに17世紀に人道主義が始まった英国やオランダは当時の最富裕国だった.そして今日残虐行為が残っているのは貧しい地域だ.


しかし豊かで残虐な国という例は多い.古代ローマ帝国や現代の湾岸諸国がその例としてあげられている.
またタイミングも合わない.一人あたりの所得が大きく伸びたのは産業革命で,それは19世紀が中心だ.
それに因果関係の説明も怪しい.また裕福さは良い政府や教育など様々なものと結びついている.それらとの関係も見なければならないだろう.


3.本
ピンカーは読書習慣の普及を人道主義革命の大きな要因と考えているようだ.
何よりもタイミングが合っている.グーテンベルグ活版印刷の発明が1452年,その後200年かけて当時のハイテクベンチャーとしての出版業は大きくなった.そして本の数は1700年ぐらいから大きく増え始めたのだそうだ.図書館も整備され識字率も向上した.英国では17世紀後半,フランスでは18世紀,ドイツ他のヨーロッパでは19世紀にはほとんど人が本を読めるようになった.そして多くの人は聖書だけではなく,世俗的な小説,新聞雑誌を読み始めた.さらに読む内容が聖書から様々な内容のものになった.当時科学革命が進み,顕微鏡から宇宙まで,地球と天体,世界中の探検と多様な文化を読めるようになったのだ.


ピンカーはこれを「読書革命」と呼び,詳しく解説する.
読書革命によって,小さな村の血族と教会だけの世界から,多様な人々,場所,文化,アイデアの扉が人々の前に開かれたのだ.これらは人々の心に人道主義革命も植え付けただろう.


<共感の隆盛と人生への考慮>


血縁者,友人,赤ん坊への同情はユニバーサルだが,それより広いサークルの人や見知らぬ人への同情は無条件には生じない.では本を読むとなぜ広い範囲の人々に対して同情が生じるのか.ピンカーは以下のように説明している.

  1. 視点の拡大:読むというのは書き手の考えを頭に入れることであり,それはその人の視点を持つことにつながる.それは共感と同じではないが,共感に至る道だ.「他人が自分と同じような,しかし自分とは異なる自意識を持っている」と知ることにつながるのだ.心を知ることは喜びと苦しみを知ることにつながる.そして今まさに焼かれる人の視点に立つことはそのような残虐さに反対する第一歩になる.
  2. 別の世界の実在を知る:世界には自分たちと異なる文化があることを知る.するとある慣習は,「それはこうするものだ」から「それは私たちがたまたまやっている方法だ」という認識に変わる.それは「その方法は正しいのか,良いものか」という疑問につながるのだ.


さらにピンカーは18世紀以降のフィクション;小説の興隆の影響を特に強調している.

  1. 小説は大衆の娯楽になり,18世紀末には英仏でそれぞれ100冊以上刊行されるようになった.人道主義が盛り上がった18世紀の後半には書簡体小説の全盛期となった.これらは登場人物の視点からの心象描写に溢れている.女性主人公の小説(パメラ,クラリッサ,ジェリー)は売れに売れ,読者はその禁断の愛,残酷な運命に涙した.
  2. 当時の啓蒙主義者たちも小説の威力を賞賛している.逆に聖職者たちには受けが悪かった.一部は禁書になっている.


そしてこれが人道主義革命の大きな要因となったという仮説は,歴史的な順序と整合的だ.出版技術→大量の本→リテラシーの向上→小説の人気という流れは人道主義革命に先行している.


この流れは19世紀以降も続き,アンクル・トムの小屋,オリバー・ツイストなどが生まれ,20世紀には映画とテレビが後に続いた.


<手紙の共和国と啓蒙的人道主義


ピンカーは,現代は電子メールと電子書類,Web,blog,テレカンファレンス,skypeスマートフォンにより世界が狭く緊密になったとよく言われるが,1970年代のジェット機コピー機と直通電話の時代にも世界中が1つの大学になったと言われたし,さらにさかのぼると200年前に帆船と郵便制度と印刷技術で同じような世界大学は実現していたのだと指摘している.これは「手紙の共和国」と呼ばれた.

  • ある本が出版され,人気が出ると,増刷,10カ国後以上に翻訳,パンフレットさらに関連書籍と矢継ぎ早に影響が世界におよんだ.
  • ロックやニュートンボルテールは生涯に1万通以上の手紙を書いている.
  • もちろん今に比べれば遅いが,それでもアイデアが世界に広がり,議論され,洗練され,権力者に影響を与えるには十分だった.


このような「心のネットワーク」が世界中に広がることにより,アイデアは様々なアイデアと交流し,分解され組み立て直され,洗練されていく.そして誤りや迷信が消えていく速度も速くなる.


さらにもちろん対面コミュニケーションは何より重要だった.だから理性の時代は都市の時代でもあるのだ.

  • アムステルダムのような都市には多くのアイデアが流れ込み,過激なアイデアで所属する社会から追放された知識人が集まった.
  • そして都市でリベラル民主制は生まれる.その例としてはアテネベネチア,ボストンが挙げられている.
  • どうやって専制君主に反抗するかはフリーライダー問題なのだが,都市であれば,都市内に金融,出版,商業などの機能が集まり,対面で相談でき,分業の効率とリスク分散が可能になるのだ.


こうしてアイデアは広く交流するようになった.ではその人道主義革命の中身はどのようにして生まれたのか.ピンカーは「社会を合理的に回すにはどうすれば良いかを合理的に詰める」と結論は「啓蒙的人道主義」に収斂するのだと言っている.ちょっと強引な感じだがピンカーの議論の流れをみてみよう.

  • まずデカルトの言うように自意識がある.そして外界情報を観察と推論により信頼できるものとするなら科学が可能になる.それは圧倒的な有用さを示し,その蓄積により留保付きではあっても世界の知識を得ることができるということにつながる.これは理性の優越だ.
  • そして十分信頼できる知識の一つが,他の人も自分と同じような意識を持ち,喜び苦しみを感じるということだ.表面的に人種,性別,文化が異なっても中身は基本的に同じだ.
  • これはヒトはユニバーサルな本性を持ち,表面的に異なっても同じでありわかり合えるという含意を生む.他人を扱う場合にはそれを反映すべきだとしてモラルの基礎になる.つまり道徳は気まぐれな神意や,慣習によるのではなく,視点を交換しうるという前提に立った場合の論理的な結論になる.
  • モラルの基礎:「自分にして欲しくないことを人にすべきではない.自分が自分だからという理由は通用しない」「互いに非利己的になることが,ノンゼロサムゲームの中で互いに利益をあげる良い方法になる」
  • 前者は黄金律として知られる.カント,スピノザホッブス,ルソー.ロック,ジェファーソンたちも同じような結論に達している.
  • ヒトがユニバーサルであり平等であるということから多くの物事が決められる.:政府はあった方がいい,私的な暴力は抑え,第三者に委託した方がいい,しかしその暴走を抑制するために権力は分立させた方がいいし,協力と交易を推奨した方がいい.


ピンカーは,このような考え方は人の価値から導いたものでありヒューマニズム人道主義と呼ぶべきものであり,もしこれが当たり前だと思うならあなたも啓蒙主義の子供なのだとコメントしている.しかし当時この考えは当たり前ではなかった.「神,不滅の魂,特定人種・階級の優越,威厳・栄光・名誉などの自己満足的な価値,運命などの迷信」は啓蒙主義によって否定されたのだ.


日本においてはこのような理性的な基礎を持つヒューマニズムは根付いているのだろうか? 江戸時代にはかなり識字率は高かったとされているのだがプロトヒューマニズムのようなものはあったのだろうか?識字率ヒューマニズムの興隆にとって必要条件ではあっても十分条件ではなかったのかもしれない.
ヒューマニズム自体は明治維新大正デモクラシーである程度の浸透があった後,第二次世界大戦後に大きく移入されたという経緯ということだろう.私個人の感覚では,日本のヒューマニズムの基礎は今なおここで議論されているものに比べて,感情的感傷的な傾向が強いものであるように感じられる.


本書では,次にどのようにこの「啓蒙的人道主義」が世界に受け入れられていったかを見ていくことになる.