「In the Light of Evolution」

In the Light of Evolution: Essays from the Laboratory and Field

In the Light of Evolution: Essays from the Laboratory and Field


本書は進化生物学にかかるエッセイ17本をまとめたもの.おそらくダーウィンの「Origin」出版150周年にちなんで企画されたものだろう.寄稿しているのは多くが現役の進化生物学者たちで,エッセイの中身は様々だが,本人の研究内容の紹介が多い.また科学史家ジャネット・ブラウン,サイエンスライターのカール・ジンマーの名前も見える.編者はアノールトカゲの研究者のジョナサン・ロソスで,本人も1章寄稿している.


題名の「In the Light of Evolution」というのはもちろん有名なドブジャンスキーの言葉「生物学においては進化の光を当てなければ何事も意味をなさない」から取っている.サイエンスライターのデヴィッド・クオメンが序言を寄せていて,この言葉と本書の関係を説明している.
これは1973年のドブジャンスキーのエッセイから取られて有名になったものだが,もともとは1964年のアメリカ動物学会の夕食時のスピーチで話された言葉だそうだ.これは生物学が,生態学分類学分子生物学に分断されていく(そして有能な若手と資金が後者に流れていく)ことを憂慮しての言葉であり,分子生物学も生物間のDNAの共通性と多様性を理解するには進化という視点が重要だということを強調したものなのだそうだ.前後も合わせた正確な文章は次のようになる.

I venture another, and perhaps equally reckless, generalization - nothing makes sense in biology except in the light of evolution, sub specie evolutionis.

この最後のラテン語は哲学者たちが「永遠の視点から考える」というときに使う常套句から来ており,この言葉の次は「もし生物が共通祖先から進化してきていないとするなら,生命の統一性は全くのたわごとで,多様性は冗談に過ぎなくなる」と続けたのだそうだ.要するに統一性は共通祖先性から.多様性は適応からしか説明できないはずなのだ.そしてそれから60年以上経ち,ドブジャンスキーのこの言葉は遺伝子解析の進展とともに輝きを増している.このエッセイ集はそれを意識して編集されており,まさに進化生態学分子生物学の手法により理解が深まっていることをよく示すものが多く集められている.


まず冒頭はジャネット・ブラウンがダーウィンの生涯,進化に関する思考の推移,著作の構成,実験家としての側面を概説している.
次のカートシンガーのエッセイはなかなかしゃれたもので,サンフランシスコ郊外のカボチャ畑における意図せざる人為淘汰に触れた後,老化にかかるメダウァー,ウィリアムズの考察を紹介し,さらに遺伝変異の多様性を解説し,優生学がなぜ実践的にも無意味であるのかを示すという構成になっている.


カール・ジンマーは微生物の進化実験をレポート.ドーキンスの「進化の存在証明」でも紹介されたレンスキによる一連の実験*1の他,パルソンによる遺伝子間の相互作用を示した実験(大腸菌をグリセロール培地に適応させ,その際に固定された遺伝子を全て同定し,祖先型ゲノムに実験で生じた変異とは別の順序でインサートし表現型の差を見るというもの),アダムズによる大腸菌を同じ条件で培養したときに2系統の生態的パートナーに分岐する同所的種分化共進化実験,レイニーによるシュードモナスが酸素の濃度勾配をつけた培地で多様化することを確かめた実験,スチュアート・ウエストによるシュードモナスで血縁淘汰による利他戦略を確かめた実験,ヴェリサーによる粘菌での血縁淘汰の実験などを紹介している.詳細はそれぞれ面白い.


ダニエル・リーバーマンは化石人類や類人猿からヒトの二足歩行の起源について何がわかるかについてを解説してくれている.ここではサピエンスの超長期追跡によるハンターのニッチが重要な出来事として考察されている.


次は編者でもあるジョナサン・ロソス.大アンティル諸島に生息するアノールトカゲの多様性について.ここにはアノールが400種以上も生息している.まず様々な生態ニッチにあったタイプが独立して何度も進化していることを分子系統樹から確かめる.また体型の表現型がどのような運動能力に効いているのかを調べる.著者をこれについて「リザードオリンピックを開いた」と表現している.予期しない結果もあったそうだ.例えば幹にいるアノールに比べて枝にいるアノールの後脚は短い.著者はこれは小枝のような狭いところをより速く走れるのだろうと考えたが,実際にはそうではなく,踏み外すリスクが小さいという効果があったそうだ*2
そこから本題に入る.大アンティル諸島のアノールは4回適応放散を繰り返しているが,この様相はどのようなものだったか.共存種はリソース競争をしているのか,重複を避けるようにシフトしているか,シフトの結果新しい環境に適応しているかを調べようというものだ.著者たちはこれを小さな島に2種の個体群を導入する自然実験によって行う*3.結果は劇的で数年で集団間の形態差は開く.研究は進行中で,最後に著者たちは,「まず表現型は環境条件を受けて可塑的に動き,そこで新しいニッチに入って遺伝的に適応していく」という仮説をDNA分析を組み合わせて検証するリサーチを今後行っていきたいと結んでいる.


エドモンド・ブローディーはオレゴンにいる毒イモリと,それを食べるガーターヘビについてのエッセイを寄稿している.この毒イモリの毒性は大変強く,フグ毒と同じテトロドトキシンが主成分だ.著者はこのように強い毒性はヘビの補食に対する防御とヘビ側の毒耐性の共進化の結果ではないかと考えつき,それについて調べはじめるのだ.まずヘビの耐性に遺伝性があることを確かめ,次に耐性がある方が有利であることを見いだす*4.地理的分布を見ると双方が重なっていないところには毒性・耐性ともなく,重なっているところでは,毒性・耐性が高いところ,そうはなっていないところと多様になっている.さらに調べると,ホットスポットが2つあり,そこから勾配を持って分布している.これを分子系統地理的に解析し2カ所で独立に進化したことを確認する.平衡状態はどうなっているのかを調べると,予想に反して共進化を生じたところの一部地域ではヘビが勝っているらしい.これは明らかに平衡ではなく,著者は今後様々な動態があり得るだろうとコメントしている.また著者は毒と耐性の至近的メカニズム,遺伝子との関連を調べている.これによるとヘビ側には単純な変異で大きく耐性が上昇するものがあり,これが先ほどの進化動態に影響を与えているのだろうと示唆されている.研究の流れは大変面白く,またもともとこの毒イモリの毒を最初に調べたのは著者の父親でこのリサーチは父子協同で行ったという物語性もこのエッセイを読ませるものにしている.


ナオミ・ピアースとアンドリュー・ベリーは有機化合物の要素としての窒素原子の希少性(空中窒素分子を分解するエネルギーコストを含む)がいかに植物や植物食の動物の進化生態に大きな影響を与えているかを解説している.植物食動物側の1つのオプションは大量に食べるというものだ.そして例えばアリとの共生が見られるアブラムシやシジミチョウの幼虫は大量に食べるためにアリを用心棒に雇い,希少な窒素を多く含む甘露をアリに与えているとみることができる*5.これはエネルギー源としての炭水化物より窒素こそが重要という視点の転換を読者に迫るものだ.


ルーク・ハーモンは島嶼性のヤモリの適応放散について.まず生物地理学の祖ウォレスに敬意を表しウォレス線に絡む分子系統地理の話を振り,その後にインド洋の諸島におけるヤモリの適応放散の話をしている.ロソスのアノールのケースとの違いにも触れていて面白い.


ダグラス・エムレンのエッセイは甲虫のツノについて.クソコガネ48種の分子系統樹を作り,どの部位のツノがどのように発達していったかを見ると.25回も独立に新しい形態が進化し,その後も多様化している.このツノは基本的には幼虫の餌である糞に開けた穴を防衛するための武器だが,なぜ多様化するのだろうか.著者たちは様々なリサーチにより,どの部位がツノとして成長するかは,同時期に発達する器官の成長とのトレードオフになっていることを確かめ,生態により重要な器官が異なる*6ためにツノが多様化するのだということを示すことに成功する.これは謎が綺麗に解決していてエレガントなエッセイだ.


マーレーン・ズックとテリー・オールは性淘汰理論の学説史についてのエッセイを寄稿している.ダーウィンの洞察,ウォレスの反対,ベイツの支持,マイヴァートの批判,メンデルの法則の再発見,現代的総合とフィッシャーのランナウェイ理論という流れを解説した後.なぜこの重要な理論がその後1970年代まで主流の生物学者から無視され続けたのかを考察している.
ズックは1つの要因として多くの生物学者には性役割についての社会的な論争に巻き込まれたくなかったという心理があったのだろうと推測している.そしてそれはフィッシャーが性淘汰的な優生学的言説を行っていたという背景もあると指摘している.つまり性淘汰理論は優生学の没落に巻き込まれたというわけだ.その後1970年代から性淘汰理論はなぜメスが選り好むのかという考察を深めて復活し,精子競争,隠れたメスの選択という理論につながっていくとまとめられている.


マイケル・ライアンはツンガラガエルの性淘汰を扱っている.パナマのツンガラガエルはオスのコールを聞いてメスがオスを選ぶのだが,オスのコールには2成分あり,メスは複雑なコールを好む.そしてそのコストは器官の成長コストやコールのエネルギーではなく,コウモリによる補食リスク(寄生バエによる寄生リスクもあるようだ)の増大らしいという内容だ.ただ優秀なオスが本当にコウモリ補食によりうまく対処できるのかどうかについてはコメントがなく,やや説明としては謎の残るものになっている.


デイヴィッド・レズニックのエッセイはグッピーの進化実験について.トリニダード島の河川の上流の渓谷にはグッピーとその補食魚のキリの2種の魚のみ生息する.生活史戦略理論から予想される通り,補食魚のいるところのグッピーの方がより若く繁殖を始める.そしてこれが実際に適応として生じるかを実験して実証に成功するのだ.このエッセイでは実験の苦労がいろいろと語られていて面白い*7


デイヴィッド・ケラーは利他行為にかかる包括適応度理論についてエレガントなエッセイを寄稿している.
まずミツバチのワーカーの針についての適応を説明する.盗蜜するクマなどにダメージを与えるために,針には返しがつき内蔵ごとクマに残り毒物を注入し続けられるようになっており,刺すとその個体も死んでしまう.ここでなぜ致死性の形質が進化できるのかが問題になる.
そして実はミツバチのオスも交尾をすると内蔵がメスに残りオスは死んでしまうのだそうだ.ケラーはこれはもともと配偶者防衛のためのプラグだったのではないかと推測している.そして現在ではほとんど機能していないが(ミツバチの女王は複数回交尾で有名)少しでも効果があれば適応として残ることが説明できるだろう.なぜならオスがもう一度交尾できるチャンスはほぼゼロであり,その後の生存はほとんど適応度上昇に役立たないからだ.
そしてワーカーの針も同じように考えることができる.彼女はもはや繁殖しないのだから,姉妹である女王の適応度が少しでも(死亡することによりクマを撃退することができる可能性が上昇する利益と,生存して手伝うことによる利益の差として)ネットで上昇するならこのような器官は適応として進化しうる.ここからケラーは,針は真社会性の問題のごく一部だと議論を進める.ここで分封時の意思決定の面白い問題にちょっと寄り道した後,ハミルトンの包括適応度理論を簡単に解説している.
次は包括適応度理論の応用としての3/4仮説について.ケラーは「この仮説はエレガントだが,現在では広く受け入れられてはいない」とコメントしている.それは(1)多くの真社会性昆虫では姉妹間の血縁度は3/4より低いこと,(2)オスの繁殖虫への低い血縁度が考察されていないこと,(3)半倍数体でない真社会性昆虫も存在すること(もっともハミルトンはシロアリについては血縁淘汰的な説明に成功しているとコメントしている)などの問題があるからだ.
また3/4仮説についてはその後もそれでは説明できない例が多く見つかる.半倍数体のアザミウマで見つかった真社会性はオスもワーカーだった.そしてクローンのアブラムシの真社会性では兄弟姉妹との血縁度は1だが子供とも1だ.さらに多くの倍数体性物(甲虫,エビ,ハダカデバネズミ)で真社会性が見つかった.さらにケラーは鳥や哺乳類で見られるヘルパーも基本的には同じだとコメントしている.
しかしだからといって包括適応度理論が重要でないわけではない.3/4仮説はあくまで個別問題へ応用した1仮説に過ぎないからだ.ケラーは,さらに3/4仮説は「もしb, cが同じ程度なら真社会性のなりやすさは血縁度で決まる」という形にすれば正しい説明になると主張している.
すると血縁度の他にb, cが重要だということになる.これに効いてくるのは何だろうか.まず考えられるのは分業だが,これはコロニーがかなり発達した後でないと効いてこないので起源の説明としては物足りない.ケラーは「防衛可能な要塞」と「生命保険」の2つをあげている.「防衛可能な要塞」については古くはアレクザンダーが指摘し,Nowakたちも指摘しているところだが,「生命保険」の説明は面白い.これは大人の平均寿命が子育てには短すぎる場合に,一部の個体にリスクを集中させて子供の育つ可能性を上げるというものだ.ケラーはこれはかなり重要だっただろうとしている.
そして血縁度は引き続き重要だとも強調している.非血縁個体のためのbは進化には効かないからだ.ではその証拠はあるのか.ケラーは「社会性昆虫のコロニーは血縁集団であること」「コロニー間の違いについて識別し攻撃すること」さらに「コンフリクトの存在」を挙げている.そしてコンフリクトについて詳しく解説する.まずトリヴァースによるワーカーコントロールと性比の問題を取り上げる.現在では種内のコロニー間での血縁度と性比の比較リサーチでさらに深く確認されている.これはリスキーな予測が実証され,血縁度が非常に重要なファクターであることを示しているとともに,コロニー内でコンフリクトがあるということをはっきり示している.だから真社会性昆虫のコロニーを超個体として捉える見方は不完全なのだ.
そしてケラーはコロニー内のコンフリクトという視点から見て初めて理解できる真社会性昆虫の生態をいくつか取り上げている.分封が生じて女王がいなくなったしまった後のミツバチのコロニーでは何が生じるのだろうか.それは新女王を決めるためのメスの繁殖虫同士の殺し合いだ.これは新女王個体間のコンフリクトであり,コロニーとしては無駄だが,個体から見た包括適応度で説明できる.またミツバチではあるメスの幼虫を女王にするかワーカーにするかは既存ワーカーが決めるが,一部のハチでは女王になるかどうかを自分で決められる.このときにどのような比率で繁殖虫になるのだろうか.これもコロニーとしての効率よりも個体から見た包括適応度による説明の方が実際の比率にフィットするのだ.
ケラーの解説は,このような女王になるかどうかのコントロールがどのように決まるのか,多数回交尾の進化,ワーカーのポリシングなどの興味深い問題を取り上げ,いずれも血縁度が議論の中心になることを示している.さらに多細胞生物の起源と個体内の細胞間・細胞内器官間の血縁度,粘菌,ヒトの社会の考察にも包括適応度が重要であることを指摘してエッセイを終えている.
これは内容的に非常に深いエッセイで,読んでいて大変面白い.明示的にはコメントされていないが,NowakたちのNature論文への華麗な反論としても読めるように仕上がっている.*8


アクセル・メイヤーのエッセイはニカラグアの火口湖に住むシクリッドについて.アフリカの大地溝帯のシクリッドと同じで,ここのシクリッドも短い期間の間に適応放散しているようだ.そして種内に色彩の多型がある.メイヤーは,まず生態的同所的種分化と思われる例を見つける.またそれまで同種内の色彩多型と考えられていたシクリッドが実は同種好みによる交配隔離が成立している別種であることを発見する.なかなか発見にいたる詳細が面白いエッセイだ


ホピ・ホークストラはシロアシマウスの色彩適応についてのエッセイを寄せている.アメリカ南部に住むシロアシマウスは生息場所に合わせて色彩が異なっている.ある地域での色彩変化(浜辺の白い砂に合わせた白色化)にかかる遺伝子を同定*9した後,近隣の同種内の遺伝子を調査し,白色への進化が何度も独立して生じていることを示したもの.色彩変化が本当に適応か(補食リスクが変わるか)の実証あたりの苦労話,またマンモスの古代DNAからシロアシマウスと全く同じ遺伝子変異が見つかる話(要するに分子単位での収斂現象)が面白い.


テッド・デーシュラーとニール・シュービンはティクターリクの発見物語を語っている.ここでは様々な魚類と両生類の特徴がモザイクになっていることを細かく説明している.調査地の決定,資金調達まで含めた発掘の苦労話が面白い.


最後のハリー・グリーンのエッセイは本書の中では異色のもので,「野生」とは何か,それをめぐる現代社会の偽善を,実際に野生の世界の中でのハンティングの経験を語りながら示していくというものになっている.


本書の中心になっているのは,実際に現在進行中でリサーチを行っている進化生物学者たちのリサーチ物語だ.これらリサーチの第一線からの報告は臨場感があって迫力がある.また一般向けエッセイということでリサーチの意義や面白い周辺の話を交えて飽きさせず,しかしポイントを外さずに興味深い議論が展開されているものが多い.カラー図版も豊富に添付されていて大変充実したエッセイ集になっていると思う.過ぎ去ったダーウィンイヤーに思いをはせながらじっくり読み進めるにふさわしい本だ.




なお所用あり本ブログの更新は10日ほど停止します.


またけさほど本ブログのカウンターが100万の大台を超えました.ご訪問いただいた方々に改めて御礼申し上げます.




 

*1:レンスキは冷凍保存した大腸菌サンプルにワルハラとかアヴァロンとか名前をつけ,「When Needed They Shall Revive」というラベルを貼っていたそうだ.

*2:なおまだわからないこともあるそうだ.「なぜ草地にいるアノールの尾は長いのか」

*3:実験で外来侵入種を作るのかと一瞬考えてしまうが,小島では数年に一度大型のハリケーンが来るたびに個体群は全て崩壊してリセットされるのだそうだ

*4:まずイモリに食いついてから1時間かけて飲み込むのだが,耐性が低いヘビは途中であきらめてはき出すそうだ

*5:ここでは土壌に窒素養分を加えると,植物だけでなくアブラムシやアリにどのような影響が出るかも考察していて面白い

*6:糞を見つけるのに嗅覚を使うか視覚を使うか飛行に頼るかなど

*7:特に生存率の測定は大変だったようだ

*8:正確に何時書かれたかはわからないが,本エッセイ集の刊行が2011/1なのでおそらくNowak et al.論文の直後に書かれたものだろう

*9:色彩とDNAの相関解析をしたあと,その変異がどのようにメラニン合成を阻害するかを同定する