「The Better Angels of Our Nature」 第5章 長い平和 その2  

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined

The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined


20世紀が最悪の世紀だというドグマを落とした後,ピンカーは戦争の統計をより詳しく見ていく.


<死の統計>


まずリチャードソンが1820から1950までの戦争の統計を扱ったときの技術的な問題に触れている.

  • 史記述は数にいい加減
  • 戦争の数え方は簡単ではない.それは分裂し合着する,時に止まり再開する.それは離散的な実体ではない.
  • 死者には様々なものがある.
  • 史記述のギャップ,死者数300以下のものがミリタリーホライズンの下に隠れる


リチャードソンは,平均的に正しければ良いという割り切りのもと,死者の数,戦争の数についてはシステマティックに扱い,死者の範囲は殺意の有無で切り分け,詳細の記述のないものは除いた.この結果315のケースが残り,死者数を対数スケールで区分して(1〜3人がスケール1,4〜31人がスケール2,32〜315人がスケール3,316〜3162人がスケール4・・・),これを分析した.



さてリチャードソンの発見を見てみよう.


《棄却された仮説》

  1. 共通言語は戦争を減らす
  2. 豊かな国は貧乏な国を攻める傾向がある,あるいは逆の傾向がある.
  3. 戦争には軍備競争が先立つ


《いくつかのマイナーな発見》

  1. 長期的に続く国は戦争を好まない
  2. 国境線の両側で内戦のなりやすさは異なることがある
  3. 戦争は隣の国と起こりやすい.大帝国はほとんどの国が隣になるために世界中で戦う
  4. 特定の文化,特に軍事イデオロギーは戦争の頻度に影響を与える.


そしてリチャードソンはいくつかの重要な発見をした.それは戦争のタイミング,大きさにかかわるものだ.



[論点1:戦争のタイミング]


なおピンカーはここで「ヒトの心がポアソン分布を理解できない」「ランダムなものにパターンを見てしまう」ことについてちょっと寄り道していて,進化心理学者らしく面白い.
前者について例としてあげられているのは「平均して1月に1回生じる事件がある日に生じたとして,次にその事件が生じる確率が最も高い日はいつか?」という設問に対し70%が「どの日も同じ」と答えてしまうというものだが,確かによく考えないとこう答えてしまうだろう*1.どちらかというとポワソン分布の理解というより設問の趣旨の理解しにくさ*2という気もしないではない.ランダムなものにパターンを見てしまうことについても様々な例が取り上げられている.


《タイミングについてのリチャードソンの発見》

  1. 開戦のタイミングはランダム
  2. 終戦のタイミングもランダム
  3. その確率パラメータは変わる(サイクルは検出されていない)
  • 開戦確率は1820〜1950年の間どう変動したのか:リチャードソンの分析ではスケール3ー7でトレンドはないか,微妙な減少トレンドという結果になっている.
  • 終戦確率:戦争のスケールによって次の年に終わる確率が異なる.大きな戦争ほどすぐには終わらない.(スケール3だと0.43,スケール4ー7では0.235).ただし戦争の継続にモメンタムはない.


では20世紀前半の大戦争の連続は単なる偶然だったのか.
このデータでは20世紀前半に大戦争の開戦確率が上がっていた(イデオロギーの世紀)のか,単なる偶然だったのかは決められないというのが結論だ.
ピンカーは第一次世界大戦第二次世界大戦は関連している1つの事件だったかもしれないことを指摘し,別の観点として第二次世界大戦があのような大きな戦争になったのについてヒトラーの性格が大きなファクターになっている(つまり偶然の要素が大きい)という歴史家の見方も紹介している.


[論点2:戦争の大きさ]


《大きさについてのリチャードソンの発見》

  • 戦争の大きさと頻度は冪乗則に従う:パラメーターは死者の数が10倍になると頻度が1/3になるという値になっている.


ピンカーは冪乗則について概説した上で,こうまとめている.

  • すると戦争の典型的な大きさというものはないことになる.それはスケールフリーでシックテイル.つまり極端な大きさを持つものがありうるのだ.


では何故そうなっているのだろうか.ピンカーはかなり丁寧に考察している.

*1:ちなみに正解は翌日.これは平均1ヶ月に1度生じる事象の間隔が何日である確率が最も高いかという問題として考えればわかりやすい.ポワソン分布ではこれは時間間隔に対して指数関数になることが知られている.式はf(t) = λe-λt あるいは次のように考えてもいいだろう.設問から「次に」という条件を取るとそれが生じる確率はどの日も同じだ.「次に初めて」という場合には,間隔が延びると「それまで一度も生じない」という条件付きになって確率が下がっていくのだ

*2:「どの日も同じ」という解答は設問の「次に」を見逃してしまったという解釈がもっともありそうだ.「30日後」と答えた場合にはランダムな状況が理解できないという誤解っぽくなるだろう.