The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Viking
- 発売日: 2011/10/04
- メディア: ハードカバー
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<4つの力という視点>
前回挙げた5つの時代区分はエヴァン・ルアードのものだが,やや強引だ.例えばフランス革命にはイデオロギーの匂いもある.そして別の見方ももちろんある.
ピンカーが次に紹介するのはマイケル・ハワードの見方だ.彼は啓蒙主義,保守主義,ナショナリズム,ユートピアイデオロギーの4つの力により説明しようとしている.
《フランス革命とその反動》
- ナポレオンには4つの要素すべてがある.
- ナポレオン後の反動は,2つの反啓蒙主義:「歴史に耐えたものを良い」とする保守主義と,ロマンティックナショナリズムに別れる.
- フランス革命後の200年は啓蒙主義と2つ反啓蒙主義の合従連衡として捉えることができる.
- 1815年のウィーン会議は保守主義の勝利だが,啓蒙主義の影響も大きい.(神の全てに超越する権威を否定し,戦争を不可避とは見なくなった.また条約関係を基本とする考え方は後の国際連盟,国際連合,EUの先駆けでもある)
- その後「ロマンティックナショナリズム」が台頭し,帝国に対する民族の自律を主張する.これは国民国家という概念から保守主義と結びつき,片方でヘーゲル的な観念論に結びついた.これが自律のための闘いを崇高で不可避とみるプロシアの根幹.これは後のナチへつながる.
- そしてヘーゲル的な観念論が階級とつながって共産主義となった.
- 英米の啓蒙主義はこれに反対しきれなかった.人権尊重は表面的なアナロジーで民族自決に結びついてしまった.これは実は非常に危険な考え方で,最終的に数千万人の犠牲を出すことにつながった.
民族自決はどう危険だったのか
- どこにも領土と民族が綺麗に区分けされたネイションなるものはない.人は動き,入り混じり,フラクタル的になっているのだ
- 「国境と民族分布の境界は一致しているほうがいい」という考えは,民族浄化,自民族の住む地域の併合要求への動機になってしまう
- さらにどんなひどいリーダーでも,国際関係で国家と認められれば自国民を自由に扱えることになるという形で,国際機関の基礎を掘り崩した.
《ロマンティックミリタリズムと第一次世界大戦》
- さらにロマン主義は「ロマンティックミリタリズム」を生んだ.これは「戦争目的ではなく戦争そのものが神聖で美しい」という考え方であり,ヒロイズム,自己犠牲,男らしさを賛美し,個人主義や世界主義の堕落を浄化すべきだと主張した.今では信じがたいが多くの思想家が当時これを支持しているのだ.
- この2つのロマン主義は互いに強化しあい,英仏におくれて帝国を目指すドイツで盛んになった.英仏でも戦争賛美の風が生じた.
- そしていくつかの不幸な偶然により第一次世界大戦になった.
- 第一次世界大戦後,ロマンティックミリタリーナショナリズムは,イタリアと日本でファシズムと拡張主義を育て,ドイツではさらに人種差別が加わりナチズムを産んだ.リーダーたちは現代西洋の頽廃を非難し,自分たちが世界の一部(地中海,東アジア,欧州大陸)をコントロールすべきだと主張した.
- そしてロマンティックミリタリー共産主義がロシアと中国に起こり,その拡張主義を止めようとした米国と冷戦状態になった.
《ピンカーによる補足》
ピンカーは,このマイケル・ハワードによるまとめには欠落があると指摘している.第一次世界大戦後,そのすさまじい被害に世界はたじろぎ,大戦は馬鹿げた戦いだったという認識が広がり,ロマンティックミリタリズムへはもはや以前ほど支持されなくなったのだ.
その反戦気分,厭戦気分,そしてそれが「長い平和」につながった経緯についてピンカーはこう書いている.
第一次世界大戦は結局「国の名誉」のために戦ったことになる.皇太子を殺されたオーストリアは侮辱的な最後通牒をセルビアに送りつけた.友人を侮辱されたロシアが立ち上がり,さらにドイツが,英仏がという連鎖が生じ,チキンゲーム的なエスカレートが制御できなくなったのだ.
このおろかしさを最も良く風刺したのがマルクス兄弟の「Duck Soup」であり,そして名誉がバカバカしいと理解されたあとも気づかない独裁者を皮肉ったのがチャップリンの「独裁者」なのだ.
この厭戦気分はドイツにあってもそうで,リーダーの中にベルサイユ条約によって失われた領土を再征服しようと考えたものはほとんどいなかった.しかしヒトラーだけが例外だったのだ.彼は,誰も自分を止めようとしないと確信し,世界の厭戦気分を利用し,自分は平和を愛していると言い,様々な状況を利用し,突っ走ったのだ.
その結果,55百万人が死に(正確に言うと日本の東アジアへの君臨のための死者も含まれているが),世界は平和に向かうチャンスをもう一度手にした.
これが「長い平和」に向かう前史ということになる.
ピンカーのまとめは西欧史の流れが見事に捉えられていて,読んでいて面白い.残念ながら中国史や日本史は取り上げられていない.中国史や日本史では統一政権の時代があるのだが,西欧ではついに統一はなかった(古代ローマ帝国もライン川の向こうを取り込めなかったし,ナポレオンもヒトラーもそれにははるかに及ばない).これが戦争の統計や啓蒙主義・反戦気分の盛衰とどのような関係にあるのかは興味深いところだろう.
中国では春秋戦国の分立・乱世から秦漢の統一帝国という流れがサイクルを持つ長い長いバックグラウンドとして幾度も繰り返され,明清の時代にも大きな状況の変化はなかったということなのだろうか.最終的に清の時代に列強による植民地支配の最前線となるが,結局啓蒙主義はそこに根付くことはなかった.そして民族自決のロマンティックナショナリズムの蒋介石政権とユートピアイデオロギーの毛沢東政権が台頭して相争い,いまもユートピアイデオロギーと拡張主義の系譜を持つ政権の元にあり,引き続き啓蒙主義は分が悪いということになるのだろう.
日本は応仁の乱以降,ホッブス的な争いの戦国時代を持ち,その後徳川政権が全国を統一し,天下泰平を実現する.明治維新により(清と異なり)列強の植民地化を免れるが,ドイツ的なロマンティックナショナリズムにとらわれ,第一次世界大戦の被害なく途中の反戦気分がないまま第二次世界大戦の敗北まで突っ走る.そしてそのあまりの被害の大きさに一気に強い反戦に転じて今日にいたる(そしてその反戦のバックグラウンドは欧米的啓蒙主義とは少し傾向が異なる)というところなのだろう.
ピンカーはこののち第二次世界大戦後の分析に進む.
関連書籍
マイケル・ハワードの本
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- 作者: Michael Howard
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The Invention Of Peace And The Reinvention Of War
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Liberation or Catastrophe?: Reflections on the History of the Twentieth Century
- 作者: Michael Howard
- 出版社/メーカー: Bloomsbury USA Academic
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邦書では以下のものが入手可能だ.
- 作者: マイケルハワード,Michael Howard,奥村房夫,奥村大作
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その原書はWar in European History(第一版は1975,改訂版は2009でこの文庫はこの2009年版が元になっている)
- 作者: Michael Howard
- 出版社/メーカー: Oxford Univ Pr
- 発売日: 2009/04/15
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この本ではもともと冷戦のさなかに書かれたもので,戦争を以下の時代に分けている.
- 封建騎士の戦争
- 傭兵の戦争
- 商人の戦争
- 専門家の戦争
- 革命の戦争
- 民族の戦争
- 技術者の戦争
1〜4までについては上記の整理では前史ということで省略されているのだろう.
最初の時代は封建領主と騎士階級による局地的な争い,さらに重騎士が有効であった15世紀のフランスまで
次に戦術に優れた隊長に率いられた傭兵が重騎士を打ち負かして,(スイス傭兵やランツクネヒトなどの)傭兵が戦争の主戦力になり,イタリア式築城術により防御側が優勢であった時代
次は重商主義によりオランダ,スペインらが争った時代
4番目がグスタフ・アドルフからフリードリヒ大王にいたる軍事革命の時代となる
フランス革命前の整理としては前回のルアードによる「王朝の継承戦争,宗教戦争,主権国家の戦争」という見方と対比させると技術,戦争の様相により重点を置いていることがわかる.
また最後の「技術者の戦争」というのは戦車,爆撃機,大陸弾道弾,核爆弾などが戦争を決める時代という趣旨だ.第一版が冷戦の中で書かれたためにやや暗いトーンになっている.
2009年版はエピローグが拡張されて,以下の内容が書かれている.
- 第二次世界大戦後,ヨーロッパは植民地の放棄を余儀なくされた.それは様々な出来事を生じさせ,中東は未だに不安定だ.
- 冷戦期間中,ヨーロッパは世界の戦争の第一線ではなくなったが,それは核の影響が大きかった.ヨーロッパ諸国が持つ通常戦力は,単にソ連の侵攻を数日間遅らせるだけのものになり,もはや世界政治の中で影響力がなくなった.
- 冷戦終結後,ヨーロッパがコミットできる国際機関に主導権を与えようとしたヨーロッパの思惑はうまく進んでいない.EUに軍事的次元を与えようとしたフランスの試みは失敗し,NATOの拡張は意思決定を複雑にしただけだ.象徴的なのがユーゴスラビア解体後の混乱に対するNATOの無力さだ.
- 超大国となったアメリカは資本主義を後押ししようとする意図と技術的優越性によりベトナム,イラクに介入したが,文化的反発によってうまくいっていない.
- ヨーロッパはもはや自ら戦争を引き起こすことはなくなったのかもしれないが,戦争と無関係になったわけではない.
この本は技術的な側面と戦争の動機の側面が統合されて書かれておりなかなか読んでいて面白い本だ.上記の3冊は訳されていないようで,ちょっと残念である.