
The Better Angels of Our Nature: Why Violence Has Declined
- 作者: Steven Pinker
- 出版社/メーカー: Viking
- 発売日: 2011/10/04
- メディア: ハードカバー
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長い平和が核の平和でないとすると何故それは生じたのだろう.ピンカーは民主制によるものではないかという議論を検証する.ここではまず定性的な議論を振り返り,統計的な議論に進むというステップを取っている.
<長い平和は民主制の勝利か?>
ピンカーはまずカントの議論を紹介している.カントは民主制国家はより非暴力的だと論じた.
- 民主制は国内で法の支配を持つ.これが国際関係にも倫理的に適用されやすくなる.
- 民主制国家同士では,国内政治プロセスが同じなので相互理解がより可能. 個人の使命感や宗教により動かない.
- リーダーに説明責任があるので,あまりアホな戦争をしかけない.
では本当に民主制は長い平和と関係しているだろうか
《トレンド》
まずトレンドは合っている.
- 実は多くのヨーロッパ諸国の民主制の歴史は驚くほど浅い.東欧は1990年代まで共産主義独裁,スペイン,ポルトガル,ギリシアは1970年代まで軍事独裁,ドイツイタリアは1930年代と40年代にファシスト独裁を経ているし,フランスですら,間に帝政や専制政を挟んで5回のトライでようやく定着した.(ピンカーは1970年代までは民主制の将来に悲観的な人も多かったとコメントしている)
- 現在では民主化が進み,ヨーロッパで完全な民主制と言えないのはロシアとベラルーシだけだ.ピンカーは世界中の民主制国家,専制国家,アノクラシー国家*1の数の推移グラフをつけている.民主制が一気に増えるのはソ連崩壊にいたる1980年代後半からになっている.
《歴史の法則》
次にブッシュとブレアが広めた「民主制国家同士は戦争をしない」という法則があるという主張がある.この主張は様々な議論を呼び,精査されている.
懐疑派の挙げる反例
- 古代ギリシアの戦争
- ポエニ戦争
- アメリカ独立戦争
- フランス革命のあとのいくつかの戦争(1793-99:vs英国,スイス,オランダ)
- 1812〜1815年の米国と英国間の戦争*2
- 1849年のフランス・ローマ戦争*3
- 南北戦争
- 米西戦争
- ボーア戦争
- 1947年の第一次インド・パキスタン戦争
- レバノン内戦(1978),イスラエル・レバノン戦争(1982)
- クロアチア独立戦争(クロアチアvsユーゴスラビア)
- コソボ戦争(NATOvsユーゴスラビア)
- イスラエル・レバノン戦争(2006)
擁護派の反論
懐疑派の反論
- 民主制の定義を狭くして行けば民主制国家同士の戦争が少なくなるのはあたり前だ.そもそも戦争は大国同士でなければ隣の国との間にしか生じない
- 冷戦後は民主制国家同士は単にアメリカの同盟国だったという説明の方がいいのではないか
- 民主制国家だからといってカントのいうようにナイスではない:英,仏,オランダの植民地戦争,冷戦時のアメリカの(軍事政権を後押しするような)他国介入.
擁護派の再反論
《統計的な議論》
このような定性的な議論の決着はつかない.では統計的にみるとどうなっているのだろうか.ピンカーはラッセルとオニールの分析を紹介している.これは多重ロジスティック回帰により「民主制国家は,他の条件が同じならば,より戦争をしにくいか」を調べたものだ.この解析では,戦争だけでなく武力を伴う争いを含め1816-2001年の2300のデータを扱っている.
結果はクリアーにYESだった.
- ペアの片方が専制国家だと戦争オッズは2倍に
- 両方とも民主制国家だと戦争オッズは1/2に
- 民主制国家は戦争を仕掛けないだけでなく,関わろうとしない.
- 単に同じ体制同士で戦争しないということではない,専制国家同士にはそのような傾向はない.
- 民主制の平和は,単にアメリカの平和の副産物ではない.実際にパクスアメリカ,パクスブリタニカの傾向は見られない(パワー独占時に戦争が少ないわけではない)
- 新興民主制国家(90年代以降のバルト三国,中欧,80年代以降のラテンアメリカ)もこの傾向の例外ではない.
- 唯一の制限要因は,これらの傾向は1900年以降になって現れているということだ.
ピンカーは,ここで「だからといって専制国家に侵攻して民主制を植えつければいいというものではない」と慌てて付け加えている.
このような傾向があるとすれば,ネオコン好みの結論に飛びつく保守派もいるからだろう.では何故うまくいかないと考えるのか.ピンカーは次のように整理している.
- 民主制は外からだけでは根付かない.それは単なるルールではない.
- 政治的な暴力を嫌う文明化された態度(特に政敵を暗殺しない)ことが必要.それがないと(国家間戦争よりましとは言え)内戦に陥ってしまう.
- また上記の解析は相関であって因果ではない.つまり民主制が平和の単純な原因とは限らない.それはマシュー効果(金持ちがますます金持ちになる)の一つかもしれない.民主制国家は,より豊かで健康で教育程度が高く交易にオープンなのだ.
そしてピンカーの考察は「因果」に進む.
なお所用あり,ブログの更新は2週間ほど停止する予定です.